第337話 男の決意

「さあて、今日はどうするかなぁ……」


 鉱山の町エノドア。

 その治安を守るために結成された自警団に所属するエドガー・ホールトンは、休日をどう過ごそうかと悩んでいた。


「まずは……あそこへ行って考えるか」


 最近のエドガーにはあるルーティーンがあった。

 それは、朝の見張り番がない時や、午後からの出勤の際にやっていること。ちなみに、場所は要塞村市場で行う。そのルーティーンとは、


「おいっす、セドリック」

「やあ、エドガー」


 要塞村市場にあるエルフの喫茶店。

 エドガーの性格を考慮すると、落ち着いた渋い雰囲気のここよりも、エノドアにある可愛いエルフたちがやっているケーキ屋さんに足を運びそうなものだが、予定がない日はここで静かな時間を過ごすことが多かった。


「相変わらずここのコーヒーうまいなぁ。マスターの腕がいいのかね」

「ありがとう。きっと、豆がいいんだよ」

「そういえば、オーレムの森から取り寄せているんだよな?」

「あ、ああ、うん……」


 エドガーが「うまい」といってよく注文するコーヒーは、以前、セドリックもドン引きした《あの製法》で作られた物。うまいといって喜んでくれるエドガーに、その衝撃的な真実は告げられなかった。


「そ、そういえば、今日は君に会いたいという人がいるんだ」

「えっ? 俺に会いたい? ……まいったなぁ。それならもっと服装に気を遣ってくるべきだったぜ。で、誰だ? エルフか? 銀狼族か? 王虎族か? それともまさか人魚族?」


 女の子に会う前提で話を進めるエドガーであったが、


「僕です」


 その声は、すぐ隣から聞こえてきた。

 

「えっ?」


 エドガーが横を振り向くと――誰もいない。

 視線を少し下げると、そこにはメガネをかけたひとりの少年が。


「お、おまえは確か……シスター・メリンカのところの……ティム?」

「はい」


 現れた少年の名前はティム。

 彼はフェルネンド王国にいた時、トアやエステルと同じくシスター・メリンカの教会に預けられた子どもだ。エドガーとも面識はあったが、あまり話したことのない子だった。


「どうして俺に会おうと?」

「実は……お願いしたいことがあって」

「お願い?」

「はい!」


 ティムは大きく息を吸った後、



「僕を――男にしてください!!」



 そう叫び、店内を騒然とさせる。


「お、おい……おまえそれ、意味わかって言っているのか?」

「当然です! 僕はエドガーさんのように強くなりたいんです! だから、僕を鍛えて一人前の男にしてください! 僕はいずれ、セリウス王国騎士団に入ろうと思っているんです!」

「あ、ああ、そういうことか……なあ、ティム」

「なんでしょうか!」

「あまり誤解を招くような発言を控えるように、な。でないと、どっかの誰かさんみたいに変な噂を立てられるから」

「? は、はあ……」



  ◇◇◇


 ――エノドア自警団駐屯所。


「へっくし!」

「お兄様!? 風邪ですか!?」

「いや、問題ない。きっと、誰かが噂をしていたのだろう」

「どうせエドガーかモニカでしょ。わかりきったことを聞かない」

「ネ、ネリス殿……」



 ◇◇◇



「おまえの心意気は伝わったが……強くなりたいなら村長のトアの方が適任じゃないか?」

「トア村長は……いろいろ規格外というか……」

「……そうだったな。すまん。聞いた俺が悪かった。じゃあ、質問を変えよう。なぜおまえは強くなりたい?」

「そ、それは……」

 

 ティムの視線が微妙にずれる。

 その先にあるのは店の窓――が、目的は窓ではなく、その向こう側に移るひとりの少女へと視線が注がれていた。

 そこにいたのは、


「なるほど……アネスか」


 エステルが親代わりを務めている精霊女王アネス。

 かつて、神樹の魔力を得るために要塞村へ攻めてきたことがあったが、その際はトアがこれを返り討ちにし、魔力を消費し切ったアネスは子どもの姿へと変わってしまった。現在、あの時のような歪んだ思考に育たないよう、育成中である。


 どうやら、ティムはアネスのことが好きで、アネスにいいところを見せたいがために強くなろうとしているようだった。


「……うし! まあ、そういうことなら、少しトレーニングしてみるか」

「は、はい!」


 女子にいいところを見せたいという気持ちはとても共感できるので、早速一緒にトレーニングをすることになったのだが、


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」


 運動が大の苦手であるティムにとって、聖騎隊養成所仕込みのトレーニングはハードルが高すぎた。


「ちょっと飛ばしすぎたか……なあ、ティム」

「ひゃい……」


 ぐったりするティムに、エドガーが語りかける。


「鍛錬はまだちょっと早かったようだ。……それと、騎士団には前線で戦う以外にも、情報収集や回復士として仲間をサポートする役目を担う者もいる。ただ強ければいいってわけじゃないんだよ」

「エドガーさん……」

「そう焦るな。ちょっとずつ鍛錬して体を慣らし、もう少し大きくなったら本格的に稽古をつけてやるよ」

「はい!」


 大きく返事をして、ティムは模造剣で素振りを開始した。

 いつか、セリウス騎士団に入って、大切なあの子を守れるようになるために。




 翌朝。


「ういーっす」

「おはよう、エドガー。休日は楽しめたか?」

「まあな。……なあ、クレイブ」

「なんだ?」

「ちょっと今から模擬戦でもしないか?」

「構わないが……珍しいな。おまえの方から誘ってくるなんて」

「まあ、あれよ。後輩にとって、高い目標であり続けなくちゃなぁっと思ってね」

「? よく分からんが、やるからには手加減はしないぞ」

「望むところだ」

 

 エドガーとクレイブは互いに模造剣を手にし、駐屯所にある稽古場へと向かうのだった。

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