第70話 地下迷宮のふたり

「本日皆様にお集まりいただいたのは他でもありません」

「堅苦しい挨拶はいいから本題から話しなさいよ!」


 ある日の要塞村。

 そこは村のことで住民たちが話し合う、会議室の役割を果たしている部屋。


 その部屋に集められたのは合計で五人――エステル、クラーラ、マフレナ、ジャネット、アシュリーの女子陣である。

 そして彼女たちを呼び出したのは意外にもフォルだった。


「フォル、どうして私たちを集めたの?」

「なんというか……かなり偏った人選のようですが」

「わふぅ……アシュリーちゃん分かる?」

「え? わ、私は全然見当もつかないかな……」

「変なことをしようというならあんたといえどこの剣で真っ二つにするわよ?」


 五人はそれぞれ違った反応を見せる。

 それをフォルは頷きながら眺めていた。表情は読み取れないが、あるとするなら満足げな笑みに包まれた顔だろう。


「実を言うと……みなさんにご相談があるのです」

「相談? 何よ、一体」


 剣を鞘にしまったクラーラが尋ねると、フォルは少し首を垂れた。そして、クラーラたちへ本題を明かした。


「本件は男性より女性の方が相談相手に適任と判断し、このような人選に至りました」

「だからトアさんがいなのいですか……それで、相談内容とは?」

「最近……アイリーン様に嫌われてしまった気がするのです」

「アイリーンに?」


 エステルはクラーラへ視線を移す。

 その表情はエステル同様に「そんなバカな」といった感じに呆れていた。ジャネットも同じ感じだが、マフレナはよく分からず首を傾げる。アシュリーはそもそもアイリーンとの交流がまだ少ないのでピンと来ていないようだ。


「嫌われたって……避けられているとか?」

「なんというか、態度がよそよそしいというか」


 いつになく歯切れの悪いフォル。

 アイリーンによそよそしくされたことが相当堪えているようだ。


「う~ん……アイリーンちゃんって、私がここへ来た時から特にフォルと仲が良かった印象だから、嫌われたとは思えないけど」

「何か理由があるんじゃないの? ……変なことをしようとしたとか?」

「アシュリーちゃん、変なことって何?」

「ええっ!? そ、それは……」


 マフレナの純粋な質問に赤面してうまく答えられないアシュリー。そんな微笑ましいやり取りに背を向けているクラーラは、再び剣の柄へと手を伸ばそうとする。

 それをなんとか阻止しようと、フォルはすぐさま返答する。


「そのような事実は断じてありません。僕とアイリーン様は大変健全な関係を築いていましたので」

「私と出会った当初のあんたに今のセリフを聞かせてやりたいわ」


 クラーラをからかって兜を吹っ飛ばされていた頃からは想像もできない言葉だった――もっとも、今も頻度は減ったが、定期的にクラーラの一撃を食らって兜を吹っ飛ばしており、もはや一種のルーティーンになっていた。

 話を戻して、エステルがもう少し切り込んでみる。


「何か、そうなったきっかけみたいなものに心当たりはないかしら?」

「きっかけというか……そう感じるようになったのは僕の《中の人》の日記を読んでからですね」

「中の人……アラン・ゴードルって兵士の日記ですね」


メガネをクイッと指先で持ち上げたジャネットの言うアラン・ゴードルとは、フォルを普通の甲冑として愛用していた兵士の名である。


「あの日記を読んで以降、なんとなくアイリーン様の僕への態度に変化が起きたというかなんというか」

「ああもう! 煮え切らないわね! もっとハッキリしなさいよ!」

「そうは言いますが……」

「というかクラーラさん……それ、もしかして御自分に言い聞かせていませんか?」

「言い聞かせてない!」


 ジャネットからの指摘を即否定したクラーラだが、正直、心当たりはアリアリだった。

 気を取り直し、クラーラは高らかに言い放つ。


「とにもかくにも、アイリーンに会って真相を聞きだすしかないでしょ!」

「的を射ていますね。ですがそれは不可能です」

「は? なんでよ?」

「……答えを聞くのが怖いじゃないですか」


 フォルのあまりに人間臭い理由に、エステルとクラーラとジャネットは思わず噴き出す。マフレナに「変なこと」をどう説明したものか悩むアシュリーは、うっかり聞き逃してしまったためマフレナと共に蚊帳の外状態に。


「あんたの口からそんな言葉が聞ける日が来るなんて、思わなかったわ」

「自分でもとても驚いています。……しかし、何も泣くほど笑わなくてもいいのではないでしょうか」

「わ、悪かったわよ」


 クラーラは呼吸を整え、エステルへと視線を移す。その行為から、クラーラが自分たちに何を提案しようとしているか瞬時に読み取ったエステルはフォルの説得へと移行した。


「でも、フォル……会わなければ何も始まらないわ。私はトアとのことを今でも後悔しているのよ? もっと積極的に話しておけばよかったって」

「積極的……」


 そのフレーズが、フォルの中で引っかかりを生んでいた。


「もっと自分から行かなければならないというわけですね」

「それも大事だと思いますが……もう少し経験豊かな人物にアドバイスをいただいた方がいいかもしれませんね」

「経験豊かな人物? 例えば誰?」


 クラーラに問われて、ジャネットは「例えば……」と辺りをキョロキョロと見回す。するとそこにちょうどいい人材が。


「ちーっす。トアはいるかい?」


 エノドア自警団に所属するフェルネンドでも屈指の伊達男エドガー・ホールトンだった。


「いつも武器を作ってくれるドワーフ方にお礼の品を持ってき――」

「エドガーくん!」


 ある意味、女性以上に女心を巧みに操れるエドガーの登場に湧きたつ面々。とりあえず古い付き合いのあるエステルがアドバイスを求めることに。


「な、なんだ? どうしたっていうんだ、エステル」

「私に女の子のことを教えてほしいの!」

「……はあ?」


 慌てて重要な部分を省きまくった結果、とんでもない発言となってしまう。それに気づいたエステルはハッとなって赤面。そのまま後退し、フォル自身が直接悩みをエドガーへと打ち明ける。さらに、エステルたちの視点からも意見が聞きたいとその場にいた全員からふたりの印象について聞いて回る。


「ほぉ……なるほどねぇ」


 フォルからの相談を受けたエドガーは頷きながらしばらく考え込む。そして、ある結論に至り、それを伝えた。


「そのアイリーンって子とは会ったことないから明言はできないが……たぶん、中の人の日記が見つかったことが原因じゃねぇかな」

「と、いうと?」


 ズイッとフォルが顔を近づける。それを押しのけて、エドガーはさらに続けた。


「日記が見つかる前から、フォルとそのアイリーンって子が憧れていたおじさまは別人だと分かった。でもきっと、その子の中ではそこまで消化しきれていなかったと俺は思うね」

「う~ん……つまりどういうこと?」


 腕を組み、唸っていたクラーラがさらなる情報を求める。


「端的に言えば、日記が見つかり、明確にフォルとおじさまとやらが区別できるようになってしまった――その結果、これまでとフォルを見る目が変わったってことだろ」

「見る目……」

「ま、実際のところは本人から聞くのが一番だな。今のは俺の経験から分析した考察みたいなものだからな」

 

 エドガーは明るく笑って、「ほら、行ってこいよ」とフォルの背中を押した。


「エドガー様……ありがとうございます」

「あんたにはトアが世話になったみたいだからな。適性試験を終えてからのトアはいつも通りに振る舞っているようで影があった。それが今じゃこれだけの美少女や伝説の八極からも頼られる要塞村の村長だ――これはあんたのおかげでもあると俺は思っているけどな」

「……僕は何もしていません。むしろ僕の方が助けられています。そもそも、こうして振る舞えているのはマスターのおかげです」

「あいつはそうは思ってねぇよ、きっと。俺だってそうだ。この前、エノドアの町で久しぶりに剣を交えたんだが、技のキレや威力はフェルネンドにいた頃よりもさらに磨きがかかっていた……それはこの村での生活がさせた成長でもあるはずだ」


 心からそう思っていた。

 一周年を記念する宴会準備のためにトアをエノドアへ釘付けをする役目を担ったエドガーはトアの成長に要塞村が大きく関わっていると感じていたのだ。


「さあ、行ってこいよ。俺のライバルを復活させてくれた男の晴れ舞台になることを祈っているぜ」

「大袈裟ですよ」


 エドガーと握手を交わしたフォルは、エステルたちと共に地下迷宮へと向かった。



  ◇◇◇

 


 地下迷宮は相変わらず冒険者たちで賑わっていた。

 看板娘のアイリーンはそんな冒険者たちと楽しそうに会話をしている。そこへフォルがやってきて目が合うと「あ」と声を出して引っ込もうとするが、ここでフォルが行動に出た。


「アイリーン様!」


 フォルが叫ぶと、地下迷宮第一階層はシンと静まり返った。


「僕が知らず知らずのうちにあなたを怒らせるようなことをしてしまったのなら謝ります。ですので、どうか――」

「あなたは何も悪くありませんわ!」


 今度はアイリーンが叫ぶ。


「悪いのはすべてわたくしです。あの日記が見つかってから……おじさまを見るとなんだかうまく話せなくなって……」


 もじもじと話すアイリーンの様子から、マフレナを除く女子組の間で「まさか」という空気が流れる。


「あ、あの、おじさま……これからはフォルさんとお呼びしてもよろしいでしょうか?」

「何も問題はありません。むしろ名前を呼ばれる方が親しみを感じますので、是非ともそうしていただけると」

「! は、はい!」


 アイリーンがフォルを避けてきた理由――それは「おじさま」から「フォルさん」と名前で呼びたいが、恥ずかしくてなかなか提案できなかったからであった。

 

「今回の件についてはみなさんに多大なご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

「別にいいわよ。私たちは同じ村に住む仲間なんだから」

「そうよ、フォル。困ったことがあったらまた私たちに相談してね」

「改装や整備の際はいつでも工房へ来てください」

「わっふぅ! フォルさんの悩みは私たちの悩みでもあります!」

「わ、私も、微力ながらお力になれると思います!」


 クラーラに兜を小突かれながら言われ、さらに他の女子からも同じような言葉を贈られたフォルは少し戸惑ったように言う。


「同じ村に住む仲間……自律型甲冑兵である僕には大変ありがたい言葉です」

「それを言ったらわたくしなんて幽霊ですのにとてもよくしてもらっていますわ」


 ふたりにいつものやりとりが戻り、エステル、クラーラ、ジャネット、マフレナ、アシュリーの五人はホッと胸を撫で下ろすのだった。




「しかし、僕を名前で呼ぶだけなのになぜアイリーン様はあそこまで気に病んでおられたのでしょうか」

「……あんたのその鈍さは二代目の主人譲りね」

「?」

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