第71話 使者
この日、トアはエノドアにある鉱山を訪れていた。
「どうだい。サイズは申し分ないし、何より品質は良好。一般に流通している鉱石と比べても抜群の代物だ」
「確かに……でも、こんなにたくさんいただいていいんですか?」
「もちろんだ! 君ならばきっと有効活用してくれるだろうからな」
要塞村村長のトアは新しく鉱山長に就任したシュルツから日頃の礼だと数多くの鉱石を譲ってもらった。
この鉱石には魔力が込められており、それが生み出す効果はさまざまある。魔力を与えることである鉱石は熱を放ち、ある鉱石は飲料水が溢れてくる。魔法が使えない者でもそれに類似した力を得ることができるので、こうした鉱石は市場価格も高くなる。
それを、普段世話になっている礼だということでいくつかタダでもらえることになった。
ちなみに、差し出された鉱石の種類は全部で七種類ある。
「これだけの種類があると目移りしちゃいますね」
「何言っているんだ。そこにある物は全部持っていてくれ」
「! い、いや、それはさすがに――」
「いいから持っていってくれよ。これは俺だけじゃなく、この町の誕生に一役買ってくれた君への感謝の気持ちなんだから。受け取ってくれ」
シュルツに肩を叩かれながら言われると、さすがに断れない。というか、ここにある鉱石をすべていただけるのならそれはそれで大変喜ばしい。
「ありがとうございます。村にいるみんなも喜びます」
「ふははっ! 自分よりも村人が喜ぶ方を優先させるか! トア村長がそんな性格だから、あの村はいつも明るく賑やかなのだろうな!」
バシバシと今度は背中を強烈な勢いで叩かれるトア。思わず口からいろいろ飛び出しそうになるが、それをなんとか耐えた。
そこに、この鉱山のある町の最高責任者とも呼ぶべき男がやってくる。
「トア村長、それにシュルツ鉱山長、ちょっといいですか?」
パッと見は可憐な女性にしか見えないエノドア新町長のレナードだった。
「レナード町長?」
「何かありましたかな?」
「実は……僕に面会をしたいという方がいらしているのです」
レナードは自信なさげに言った。
その態度だけで、彼が何を望んでいるのか、トアとシュルツはすぐに読み取った。
「では我々も同席しましょう。よろしいか、トア村長」
「僕がいても大してお役に立てないでしょうけど」
「いえ! そんなことはありません! ありがとうございます!」
「あと、もし都合が合えばフロイドさんにも声をかけてみるといいかもですね」
「フロイドさんにはもう声をかけてあります!」
ヤル気は十分なのだが、まだまだ経験の浅いレナードは心細いようであった。経験豊富なフロイドやいかついシュルツ、そして伝説的種族を束ねるトアが加わることで面会をスムーズに進めようということらしい。
面会の場は町長の家に決まった。
エノドアに入るには自警団のいる駐屯地を通り、そこで許可証を発行させる必要がある。しかも用件は町長との面会ということもあって、自警団長のジェンソンとクレイブがその人物を町長の家まで送り届け、そのまま監視の意味も込めて町長宅に滞在。
ただ、その人物を見る限り怪しい動きをしそうにはないだろうとトアやフロイドたちは考えていた。
「はじめまして、港町パーベル町長ヘクターの秘書を務めております、マリアムと申します」
礼儀正しくお辞儀をしたのは二十代前半の若い女性。
長い緑色の髪をお下げにして垂らし、明るい表情でレナード町長たちを見つめていた。
町長のレナードも挨拶をするが、やはりマリアムからは女性扱いを受けてしまい、「申し訳ありません!」と平謝りされることに。
もはや見慣れた光景なのでトアたちはそのやりとりを無視して話を進める。
「港町パーベルか……よく聞く名だな」
「有名なんですか?」
「大臣時代に何度か耳にした記憶がある。評判のいい町だよ。町長のヘクターという男も、まだ若いが民のために汗と涙を流せる男だと評価されていた」
場の混乱を避けるため、トアは要塞村の村長であること、フロイドはフェルネンドの元大臣という身分を伏せ、あくまでも同席者という立場を貫いているので自然と小声になってしまう。あと、レナードとシュルツもパーベルという町の名は知っているようだった。
「その港町パーベルの町長秘書が、なぜこんな山奥の町へ?」
「最近、この町の話題がよく上がっています。なんでも、高品質の魔鉱石を大量に発掘しているのだとか」
どうやらパーベル側の狙いは魔鉱石らしい。
「私たちパーベルは場所柄、他大陸の商人たちともやりとりがあります。このエノドア鉱山で採れる魔鉱石でもっと多くの顧客を獲得しませんか? 私はそのお手伝いを提案するためにやってきました」
「で、顧客獲得ねぇ……その見返りは仲介料ってわけですかな」
フロイドが言うと、マリアムは隠すことなく「そうです」と答えた。
「ですが、それはあくまでも常識の範囲内における契約。あなた方が損をすることはありませんので御安心ください」
「……そうですか」
納得したような口調だが、明らかに表情は腑に落ちないといった具合だ。元大臣の職業病なのだろうか、そう簡単にうまい話を鵜呑みにはしないフロイドであった。
とはいえ、魔鉱石の購入者が増えるのは町としてはありがたい話だ。
もっとも、魔鉱石の種類によって「兵器転用」も可能であり、それを国外へ出すのはもっとも避けなければいけない問題であった。
レナードは言葉を慎重に選びながらマリアムから話を聞きだした。
その際、いくつかの問題点が浮上した。
「あなた方が魔鉱石を欲しているというのは伝わりましたが、この件を領主であるファグナス様には通してありますかな?」
「もちろんです。提出が遅れてしまいましたが、こちらにファグナス様直筆の紹介状があります」
マリアムから差し出された手紙に目を通すフロイドとレナード。どうやら本物のようだ。
「ふむ……なるほど。では品物の運搬はどうするつもりですか?」
「それはかなりリスクが高いと思われます。――なので、できれば中継地点が欲しいと思うのです」
「中継地点?」
フロイドが思わず聞き返すと、マリアムはニッコリと微笑んだ。
「そうです。その中継地点でも物のやりとりを行いますし、人が来ればそこも経済が活性化するのではないかと。この近辺を流れる川を進めば、パーベルにすぐ到着できますし」
「その川っていうのは国際河川のキシュト川か?」
「はい。私たちはそこを拠点にしてこのエノドアとの関係を深めたいと思っています」
マリアムはそう強く語った。
その表情に、「騙してやろう!」とか「思いのままに操るぜ!」という裏の感情はまったく読み取れない。
これに対し、レナードは、
「分かりました。ですがこれはかなり大事な案件――なので、明日にでもパーベルに直接出向き、ヘクター町長と直に会談をしたいのですが、よろしいでしょうか」
「それがいいだろうな。よろしいか、マリアム殿」
「もちろんです!」
フロイドの言葉に、マリアムは力強く返事をする。
「パーベルに向かうのにいろいろと準備が必要になってくる。移動手段は――」
「私たちが乗って来た船があります。あ、きちんと渡航許可はセリウス王国からいただいているので」
「抜かりなし、ということか。では、明日の朝の出発でよろしいですかな?」
「僕の方はそれで構いませんよ」
町長レナードから許可が下りたので、エノドア一団がパーベルに向かうのは翌日の朝と決定した。
「ではマリアム殿はうちの宿屋に泊まっていくといい。お代はいらないから安心してくれ」
「そ、そんな! 料金はきちんと支払いますよ! そのための資金もヘクター町長からいただいているので!」
「ははは、律儀な人だな」
最終的には和やかなムードで面会は終了となった。
港町パーベル。
そこの町長ヘクターの使いだと言う女マリアム。
評判の良い男から持ち掛けられた商談はエノドアのさらなる発展につながっていくのか。それとも――
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