第304話 水中の集落

 謎の商会を退けたとはいえ、本命の部隊はまだ残っているはず。


 だが、その本命部隊も、聖剣を持ち、圧倒的な力でねじ伏せたトアに、ネームバリューのある八極のローザ、さらにクラーラ、ジャネット、フォルと、集まった全員がとんでもない強さだったため、このまま撤退することも考えられた。


 とはいえ、楽観視もしていられないため、周囲への警戒を怠らず、デイロの案内で人魚族たちの集落がある場所まで移動を開始した。

 その道中で、トアたちは島を襲った集団の話を詳しく聞く。

 ちなみに、デイロとルーシーは魔法で足を生やした状態になっている。


「一体何者なんですか、あいつらは」

「皆目見当もつかない。父も同じような返答だった」

「父? ――そういえば、海淵のガイエルは病に倒れているとルーシーが言っておったな」

「そうでした! ガイエル様はご無事ですか!?」


 慌ててガイエルの容体について尋ねるルーシーだが、それを聞いたデイロは苦笑いを浮かべて答えた。


「ルーシー、父上はただのギックリ腰だ。病というほどのものではない」

「へっ? そうだったんですか?」

「なんだ、知らなかったのか?」


 どうやら、ガイエルが病で倒れたというのはルーシーの早とちりだったようだ。


「じゃ、じゃあ、人魚族の代表がデイロさんに代わったっていうのも――」

「いずれはそうなるだろうが、今はまだ、ただの代理だよ。でも、人間たちの交流を進めたいと提案したのは私だが」


 何やら情報が錯綜しているようだが、とりあえず、人魚族が人間との良好な関係を望んでいるという点に間違いはないようだ。


 しばらく歩いていると、島の中心部へとたどり着いた。


「うわあ……」


 その光景に、トアのぼんやりと開いた口から感嘆の声が漏れる。他の四人も同じように、眼前に広がる美しい景色を呆然と眺めていた。


 島の中心部は大きな円形をした湖のようになっているが、デイロ曰く、地下で海とつながっているため、海水なのだという。さらに、そこには大勢の人魚族の姿があり、やってきたトアたちを見て、向こうも驚いた表情をしていた。


「みんな! 要塞村から村長のトア殿と仲間たちが来てくれたぞ!」


 デイロがそう呼びかけ、さらに自分たちの危機を救ってくれたと説明すると、人魚たちは一斉に歓声をあげてトアたちを迎え入れてくれた。


 ただ、人魚族の姿はあっても住居らしきものはない。

 人間のように足を生やせるのは一部の人魚族限定のことらしいので、そうなると――


「デイロさん」

「なんだ?」

「もしかして……人魚族の住まいはこの湖の下ですか?」

「そうだ」


 やはりか、と顔が引きつるトア。

 さすがに水中は――と、思っていたトアだったが、


「――――」

「えっ?」


 耳元で、誰かが囁いたような気がした。

 次の瞬間、トアの全身をまとう神樹のオーラ――その金色のオーラが輝きを増したのだ。


「こ、これは……」


 一体何が起きているのか、クラーラやローザたちはもちろんトア自身にさえ分からない。だが、そのうちに、トアの心の中である思いが芽生えた。


「……大丈夫だ」


 そう呟くと、トアは勢いよく湖へと飛び込んだ。


「ちょ、ちょっと!」

「マスター!」

「トア!」

「トアさん!」


 突然の行動に驚いたクラーラたちはトアの名を叫ぶ。

 しばらくすると、水面がゆっくりと盛り上がって、


「ぷはっ!」


 トアが顔を出した。


「思った通りだ……」

「い、いきなりどうしたんじゃ?」

「ローザさん。――これを」


 手を差し出すトア。どういう意味だろうかと思いながら、ローザがその手を取ると、同じように金色の魔力がローザの全身を包んだ。


「な、なんじゃこれは!?」

「そのオーラに包まれている限り、水中でも呼吸ができるんですよ。しかも、コーティングされているみたいで、服も濡れていないんです」

「「「「ええっ!?」」」」


 ローザだけでなく、クラーラたちや人魚たちからも驚きの声が上がった。

 試しにローザが水へ入ってみるが、


「……お主の言う通りじゃな」


 ローザにも効果があることが分かったので、トアはクラーラ、ジャネット、フォルの三人にも同じように神樹の魔力で全身をコーティングする。


「な、なんだか不思議な感じね」

「どういった構造なのか……興味があります!」

「ワシもじゃ」

「大変なふたりに興味をもたれましたね、マスター」


 各々感想を述べつつ、水中での移動が簡単になったところで水の中に。


「それでは、ご案内しますね!」

「こっちだ」


 ルーシーとデイロに案内され、トアたちは海淵のガイエルが待つ人魚族の集落へと向かって泳ぎ始めた。

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