第305話 海淵のガイエル

 神樹の魔力によって、水中での自由な行動が可能となったトアたち要塞村一行は、ルーシーとデイロ、さらに大勢の人魚族たちに連れられて、カオム島中心にある湖の底へと潜っていった。


「空気を気にせず、水の中をこんな自由に移動できるなんて凄いわね」

「えぇ。落ち着いて周りの景色も楽しめますし」


 初めての海中散策に、クラーラとジャネットは浮かれ気味だった。同じく、ローザも海中散策というのは初めてらしく、前のふたりほどではないが興味深げに周囲を見回していた。ちなみに、フォルは重量があるため湖の底をのんびりと歩き、たまに横切る魚たちと戯れながら進んでいた。

 

 それからしばらくして、


「おぉ……あれが人魚族の村か」


 トアたちの前に、とうとう人魚族の村が見えてきた。

 人魚族の村は大きな岩が複雑に入り組んだ構造をしていた。まるで天然の要塞ともいえる風格が漂っている。


「す、凄い……」


 トアのすぐ横で、クラーラが静かに呟く。

 確かに、目の前に広がる人魚族の村のスケールは、トアの想像を遥かに超えるほどのものであった。

 近づいていくと、村の入口と思われるところに門があり、そこにはひとりの人魚族の女性と大きなウミトカゲがいた。


 トアたちは、その女性に見覚えがあった。


「お久しぶりです、トア村長」

「っ! き、君は――エノドアとの道路整備の時に会った人魚族!?」

「覚えていてくださったんですね」


 村の入口でトアたちを出迎えてくれたのは、以前、エノドアと要塞村を隔てる川を渡るための橋を造っていた際、偶然出会ったウミトカゲの妻を名乗った人魚族だった。


「あの時は名乗りもせずに戻ってしまい、申し訳ありませんでした」


 深々と頭を下げる人魚族の女性とウミトカゲ。

 だが、当然、トアたちはそんなことを気にしてなどいない。


「いえいえ、大丈夫ですよ。気にしないでください」


 そう言ってから、トアたちは改めて自己紹介。


 人魚族の女性はリリーと言い、ウミトカゲの旦那の方はロードルという名前だということがここで発覚する。


「それでは、こちらへ――ガイエル様がお待ちです」

「! ガイエルか……」


 この中で唯一、人魚族の長である海淵のガイエルと面識があるローザは、表情をキュッと引き締めた。

 かつて、あの伝説の勇者ヴィクトールにその実力を認められ、ローザたちのいる八極入りを打診されたというガイエル。そのエピソードだけで、どれほどの力を秘めている人物かは容易に想像がつく。


 トアたちはデイロ、ルーシーに加え、新しくリリーとロードルを伴い、人魚族の村を進んでいく。家屋は入り組んだ岩を利用した天然のもので、人間のように木材などを使用した建築物は見当たらなかった。


 独特の雰囲気が漂う人魚族の村。

 その中において、ひと際大きな岩に近づくと、それはまるで玉座のように加工されており、派手な装飾が施されている。

 そこに座っている者こそ――



「よく来てくれた」



 人魚族の長である海淵のガイエルだった。


 長い白髪と白髭。

 さらに、その身長はかなり大きく、少なく見積もっても四メートル近くあった。

 これも人魚族とのスペック差なのか。


「久しぶりじゃな、ガイエル」

「うん? ……おおっ! 其方はローザ・バンテンシュタインか! 以前会った時とまったく見た目が違うから分からなかったぞ!」

「まあ……いろいろあったんじゃよ」

 

 ローザは小さく笑い、ガイエルは大きく笑う。

 対照的な両者の反応だが、ガイエルの視線がトアを捉えた時、すぐに真面目な表情へと変わった。


「君がトア・マクレイグだね?」

「は、はい」

「遠路遥々よく来てくれた」

 

 そう言って、ニコリと微笑むガイエル。

 柔和なその笑みに、トアはなんだか拍子抜けといった感じ。


「どうかしたかい?」

「い、いえ……正直なところ、もっと怖い人かと」

「はっはっはっ! もちろん、邪な考えで近づこうとする者には厳しく対処するが――君にはまるでその気配がない」


 豪快に笑い飛ばすガイエル。

 その様子は、どことなく領主のチェイス・ファグナスを彷彿とさせた。


「今回、君たちに来てもらった目的は……ルーシーから聞いているかい?」

「はい。人間との交流を盛んにするとのことで」

「その通りだ。息子であるデイロの発案で、正直不安もあったが……あの枯れ泉の魔女がついているとなれば、信頼できる」


 それは、共に帝国と戦い、人柄をよく知っているからこその信頼といえた。


「そんな君が村長を務める村にお願いがあるんだ」

「なんでしょうか?」

「うむ――うちの村の若い衆を何人か、要塞村へ移住させたいと考えている」


 思わぬ提案に、トアたちは顔を見合わせた。

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