第306話 思わぬ提案

「人魚族を要塞村に!?」


 まさか、いきなりそういった話になると思っていなかったトアは、思わず聞き返してしまった。


「うむ。聞くところによると、そちらのエルフのお嬢さんにドワーフのお嬢さん」

「えっ? わ、私たち?」


 いきなり指名されたクラーラとジャネットは驚き、顔を見合わせている。


「君たちの名前はクラーラとジャネットだな?」

「ど、どうして私たちの名前を知っているんですか!?」


 ジャネットが尋ねると、ガイエルは蓄えた白髭を撫でながら答えた。


「君たちの父上――アルディとガドゲルは古い友でね」

「そ、そうなんですか!?」

「し、知りませんでした……」


 どうやら、それについては娘であるクラーラとジャネットも初耳らしい。


「人間以外の種族とは、大戦時に少し交流があってな。あのふたりが信頼し、自分の娘を預けるくらいだ。それに、人間の中では数少ない友であるローザもついている。君ならば信用できる」


 ガイエルの双眸はトアを捉えていた。

 穏やかだが、秘めた迫力のようなものが、その視線には込められていた。最初はそのプレッシャーに押されていたトアだが、すぐに微笑み返して話し始める。


「分かりました。俺としても、人魚族とはこれから末永く、友好な関係を築いていきたいと考えています。要塞村へ戻り、人魚族のための部屋を用意しましょう」

「おおっ! 感謝する、トア村長!」


 四メートルの巨体がグイッと近づく。

 性格的な面もそうだが、その体格もまた凄い迫力だった。


 というわけで、早速、要塞村へ移住する人魚族の選抜が行われることになったのだが――トアには気がかりなことがあった。


「ガイエルさん、さっきデイロさんを襲おうとした連中ですが……」


 俺はここまでに至る経緯を、被害に遭ったデイロさんも交えて説明した。


「……国家指導のもとで行われた侵略行為ではなさそうだな」

「実は、あの連中の仲間と思われる者たちが、今各地で問題を起こしているようなんです」


 ヘルミーナの結婚詐欺騒動しかり、カラスのマークをつけた謎の商会による被害は、ここのところ急増しているとナタリーが言っていた。

 トアは、彼らがまた仕返しにやってくるのではないかと心配しているのだ。


「忠告痛み入るぞ、トア村長。――だが、心配はいらない。まだまだワシも戦えるしな」


 たくましい胸筋をドンと叩いて、ガイエルは高らかに言い放つ。


「ガイエルよ……自信があるのはいいことじゃが、ワシら要塞村とこうして友好関係を結んだ以上、抱え込むようなマネはするでないぞ? もし何かあったら、ワシの水晶へ呼びかけるのじゃ」

「うむ。その時は頼りにさせてもらう」


 完全に危険が去ったというわけではないが、今後は周辺の警備を強化することと、緊急時にはローザへ連絡し、要塞村の面々も駆けつけると約束した。


「さて、そうと決まったら今夜は早速大宴会といこうか!」


 真面目な話だったので、神妙な面持ちだったガイエルだが、それが終わると一気に明るい調子を取り戻し、仲間たちへ宴会の準備をするよう指示を飛ばした。


「今日はゆっくりしていってくれ!」

「ありがとうございます」


 こうして、宴会に呼ばれることとなったトアたち――と、その時、


「そうだ! トア村長、こいつを友好の証しとして君に渡そう」


 ポン、と手を叩いて、ガイエルは岩の隙間に手を突っ込んで何を取り出した。

 それは、美しいシルバーの輝きを放つ宝石だった。


「ガ、ガイエルよ……これはもしや――【シルバー・オーシャン】か!?」


 珍しく、ローザが動揺しながら宝石を指差す。


「その通り。この世に四つだけしか存在しない、神鉱石のひとつだ」

「「「せ、世界に四つ!?」」」


 その希少価値の高さに、フォルを除く三人は驚愕。唯一驚かなかったフォルだが、どうやらサーチ機能を駆使して宝石の成分調査を行っているようだ。


「これはまた珍しい宝石ですね」

「珍しいどころの騒ぎじゃないわよ!」


 クラーラのツッコミでフォルの兜が飛ぶ――が、水中なのでいつもの勢いはなく、ふよふよと浮かんでいるようになってしまう。


「そ、そんな貴重な物を――」

「受け取ってくれ、トア村長」


 さすがにここまで言われて断るのは逆に失礼となるかも。

 そう思ったトアは、深呼吸をひとつ挟んでから、【シルバー・オーシャン】を受け取った。



「四つの……宝石……すべてを集めたら……そしたら……」


 

 トアは小さく呟き、宝石を強く握りしめたのだった。

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