第307話 人魚族移住計画

 人魚族の長であるガイエルから提案された、人魚族数名の移住計画。

 他種族が移住してくるというのは、要塞村でいうと日常茶飯事といえる事態なので、別段驚くことではない。

 ただ、地上で暮らしている者たちと違い、人魚族はその住居環境が大きく異なる。

 そのため、移住に向けた準備は、これまでのどの種族よりも入念に行う必要があった。




 宴会で大いに盛り上がった夜が明けた次の日。

 トアたちは一旦要塞村へ戻ることにした。


 人魚族の住居を用意するのに、これまでのような「空き部屋を改造する」といった手法では限界がある。そのため、人魚族が快適に暮らせる環境を用意する必要があった。

 ジャネットと相談したトアは、いくつかのアイディアを出し合い、それが実現できるかどうかの確認を行うため、戻る決定を下したのだった。


 人魚族サイドとしても、人選や準備で時間を要するとのことだったので、要塞村の準備が整い次第、使いを送って知らせるようにした。


「今後もよろしく頼むよ、トア村長」

「こちらこそ」


 トアとガイエルは固い握手――といっても、とんでもない体格差があるため、握手というより、手を添え合うといった形になった。


 こうして、カオム島で人魚族との交流を終えたトアは、今後の移住に向けた作業を本格的に始めるため、守護竜シロの背中に乗り、仲間たちと共に要塞村へと戻ったのだった。



  ◇◇◇



 要塞村へと戻ったトアは、早速、円卓の間に各種族の長たちを集めてカオム島での出来事と移住の話を伝えた。


 長たちも、急な話で驚きを隠せないようだったが、新しい仲間が増えること自体は歓迎していた。要塞村に住む種族の中でも、人魚族と交流を持っていたところはなく、初めての顔合わせを楽しみにしていた。


長たちへの報告を済ませると、今度は村のドワーフたちを集めた。

 人魚族の住居についての話し合いをするためだ。


「ルーシーの話だと、聖水があれば生活できるということだから、神樹の近くに新しく造ろうと思っているんだ」

「ふむ。では、根の浸かる地底湖から水を引っ張り上げる新しい井戸が必要となりますな」


 黒板に貼った要塞村マップを見ながら、ドワーフたちの兄貴分を務めるゴランがそう提案する。さらに、ジャネットが付け加えた。


「井戸というよりは水車の方がいいかもしれませんね」

「なるほど。それは確かに」


 水車による聖水の循環。

 それが決まると、今度は全体像を絞っていく。

 トアの考えとしては、要塞村の敷地から少しはみ出すが、それなりの水深がある人工湖を造ろうとしていた。


「やってくる人魚族はおよそ十から十五人だそうだから、そこまで大きくなくてもいい。水深は大体十メートルくらいかな」

「あまり向こうの人たちを待たせるわけにもいかないので、その辺りの作業はローザ様やエステルさんに協力をしてもらいましょう。魔法の力があれば、作業をグッと効率化できて、スピーディーになるはずです」


 ジャネットはそう告げると、すぐさまローザやエステルに協力を求めるため、円卓の間を出ていった。一方、フォルは「僕も一応魔法使えるんですけどね」と言い、部屋の片隅へ移動すると膝を抱えて座り込み、しょんぼりしていた。


 とりあえず、フォルは放置しておいて、トアはドワーフたちと打ち合わせを進めていくが――その際、トアは咳払いをひとつ挟み、話題を変えた。


「ああっと……ちょっといいかな。別件のことなんだけど」

「なんでしょうか?」


 ゴランが尋ねると、トアは少し照れ臭そうにしつつ、ガイエルからもらった宝石――【シルバー・オーシャン】を見せた。


「おおっ! なんと見事な!」


 その美しさに、ゴランはじめ、ドワーフたちがワッと詰めかける。トアは宝石を入手した経緯と、これをどうするのか――そうした内容を話したのが、

 


「ほ、本気ですか……村長」

「これにはさすがの僕も驚きです」



 宝石の使い方について話し終えると、ドワーフたちや立ち直ったフォルの間に流れる空気が一変する。ちょうどそのタイミングで、


「エステルさんとローザさん、協力をしてくるそうで――どうかしたんですか?」


 円卓の間に戻ってきたジャネットは、出ていく前と空気が変わったことにキョトンとしている様子だったが、ドワーフたちやフォルはそれを誤魔化し、すぐさま人魚族の新居造りへと向かった。


「さあ、俺たちも行こうか、ジャネット」

「はい♪」


 トアはジャネットの手を取り、円卓の間を出ていったドワーフたちやフォルを追って走りだした。

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