第425話 副団長の休日と婚期
ある日の要塞村市場。
人々の関心を一心に集めている物があった。
「ほう……これはなかなか……」
そう唸ったのは休日を利用して要塞村を訪れていたエノドア自警団のヘルミーナ副団長であった。
ヘルミーナが覗いていたのはヒノモト人の商人・キスケが経営する、ヒノモト王国から取り寄せた商品を扱う店。そこの店先に置かれた小さな人形に興味を持った。
ヒノモト王国の伝統衣装に身を包んだ男女が、にこやかな笑みを浮かべて並んでいる。ヘルミーナは、無性にその人形が気になった。
「見事な造形だ……。店主、この人形は観賞用か?」
「えぇ。本来は先月行われた女性のお祭りで使用される人形です」
「女性の祭り? 相変わらず、ヒノモトの文化は独特だな」
そう言いつつ、手に取って人形をじっくり眺める。
「……店主、これはいくらだ?」
「そうですねぇ……少し傷んでいるところもありますから、ふたつで五千ギールでどうでしょう?」
「よし! その値で買った!」
ヘルミーナは即決。
「いい買い物だった」とホクホク顔で次の店へと向かった。
――それから約一時間後。
「おはようございます、キスケさん」
「朝から精が出ますね」
「おお! これはトア村長にフォルさん! おはようございます!」
フォルを連れ、いつもの見回りにやってきたトアがキスケに朝の挨拶をする。
これもまた、日常的な光景だ。
すると、
「あれ?」
「どうかしましたか?」
「いえ、さっきマフレナが可愛い人形があると言っていたので見に来たんですよ」
「あぁ、その人形なら先ほどヘルミーナさんがお買い求めになりました」
「ヘルミーナさんが?」
「意外ですね。トレーニング器具とかならまだしも、人形を求めるとは」
「……ヘルミーナさんだってそういうのを欲しがることはあると思うよ」
トアにとっては元上司でもあるヘルミーナ。
聖騎隊で一緒になる前、まだ教会にいた頃も、エステルやクレイブと共に稽古をつけてもらったこともある。そういった意味では、トアたちにとって姉にも近い存在であったと言えるだろう。
だから、なんとなくてはあるが、トアはヘルミーナが普段なら絶対にかかわりを持ちそうにない人形を購入したことも、「あの人ならあるかもな」くらいに思っていた。
とりあえず、他の店も見て回ろうとした時、
「あ」
何かを思い出したように、キスケが声を漏らす。
「? 何かありましたか?」
「そ、それが……まあ、これは言い伝えレベルですので、真相は眉唾物なんですがね」
そう予防線を張って、キスケは気になった点を口にする。
「あの人形なんですが……本来は今から一ヶ月ほど前に行われるお祭りで使用する物なんですよ」
「はあ」
「それで、お祭りが終わった後はすぐにしまわないといけないんです」
「? なぜ?」
「その人形を飾っている家の女の子は婚期が遅れると言われているんです」
「婚期が!?」
トアの顔面から血の気が引く。
「ま、まずい……」
「まずいですねぇ」
「す、すみません、私もすっかり忘れていて」
「真相を知ったら大暴れを始めて――エノドアは壊滅する恐れがあります!」
「さすがにそこまではしないと思うけど……厄介事に発展するのは間違いないかな」
苦笑いを浮かべつつ、トアとフォルはヘルミーナを追って駆けだすのだった。
結論として、ヘルミーナはその人形を自分の家ではなく自警団の詰所に飾ることにしたのであった。
「いや、これはこれで問題なのでは? なぁ、エドガー」
「やめとけ、クレイブ。触れてはいけない存在に触れると、災いが降って来るぞ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます