第424話 オーレムの森・新たな命⑤ エルフ族の未来

 その日のオーレムの森は盛大な宴会で盛り上がった。

 かつては物静かな印象を受けていたエルフたちであったが、トアたち要塞村の面々と交流を重ねていくうちにすっかり宴会の準備や進行もうまくなっていた。

 

「いや~、ここの酒はいつ飲んでもうまいな!」

「まったくじゃな。特殊な醸造法を用いておるから、こうした宴会の席でしか振る舞われないというのがちと惜しいが」

「うむうむ。地下迷宮の自室に常備しておきたいが、致し方なし、だな」


 すでに出来上がっている八極ふたりは飲酒トークが弾んでいる。

 一方、トアたちもおいしい料理とオーレムの森特製果実ジュースに大満足。エルフたちと談笑をしながら宴会を楽しんでいた。

 すると、その時、


「あれ?」


 トアはあることに気づく。


「クラーラがいない……?」


 エルフたちとのトークで盛り上がっている他の女子組は気づいていないようだが、どれだけ辺りを見回してみても、クラーラの姿がない。


「ま、まさか――」


 異常事態の発生か。

 トアは急いでアルディに知らせようとしたのだが、


「あっ」


 その途中で、宴会場を離れていくクラーラの姿を目撃する。

 トアへは背を向けている格好のため表情までは読み取れないが、その瞳にはどこか寂しげに映った。

 心配になったトアはクラーラを追いかけて宴会場をあとにする。




 たどり着いたのは村から少し離れた場所にある泉。

 この森で暮らすエルフたちにとっては貴重な水源となるため、とても大切にされているその畔に、クラーラはポツンとたたずんでいる。


「一体何をしているんだ……?」


 どうも様子がおかしい。

 トアが声をかけようとした時だった。


「いい加減、出てきたらどう?」


 クラーラは泉に向かってそう口にする。

 一瞬、トアは自分への言葉なのかと思ったが、どうやらクラーラのすぐ近くの木の陰に隠れている者へ告げたようだ。

 その正体は、


「ど、どうするよ、兄貴!」

「さ、さすがは姉御の一番弟子なだけはある」


 半透明のマッチョふたりが木の陰から姿を現す。


「! あれはもしかして――」


 トアが思い出したのは、かつてマフレナから教えてもらったG(ゴースト)・S(ソウル)・B(ブラザーズ)の存在。八極のひとりで死霊術士のジョブを持つ死境のテスタロッサの使い霊である兄ケビンと弟ダビンのふたり組だ。


 あのふたりがいるということは、


「死境のテスタロッサが近くにいるのか!」

「えっ? ト、トア!?」


 慌てて出てきたトアがケビンとダビンへそう問うが、ふたりは揃って首を横へと振った。


「姉御ならいねぇぜ」

「俺たちは言伝を頼まれただけだからな」

「「言伝?」」


 トアとクラーラが同時に首を傾げる。

 すると、兄ケビンがコホンとわざとらしく咳払いをしてから話し始める。


「『これからもオーレムの森を頼む』――だそうだ」

「本当は自分の口から伝えたいはずだが、律儀に追放処分を守って森には近づいてすらいない……」

「そういう奥ゆかしいところも可愛いじゃねぇかよ」

「まったくだぜ、兄者!」

「「あーっはっはっは!!」」


 幽霊とは思えない豪快な笑い声のふたり。

 と、


「おっといけねぇ! こいつを忘れるところだった!」


 兄ケビンはペシッと自分の頭を軽くはたいた後、木の陰に隠しておいたある物をクラーラへと手渡した。


「これ……新しい髪飾り?」

「姉御が選んだ物だ」

「きっと似合うだろうってニヤニヤしながら選んでいたぞ」

「……嬉しい!」


 クラーラは早速髪飾りをつけてみる。

 赤い星型の髪飾り。

 クラーラの金髪によく映える。


「似合っているよ、クラーラ」

「ありがとう、トア♪」


 クラーラの喜びぶりを見届けたゴースト・マッチョふたりは背を向けた。


「さて、俺たちはお役御免だ」

「縁があったらまた会おうぜ」

「えぇ」

「ぜひ」


 トアとクラーラが別れの言葉を告げた直後、ふたりの体は徐々に薄くなり、夜の闇へと消えていった。


「さあ、会場へ戻りましょう」

「そうだな」


 テスタロッサからの贈り物を手にしたクラーラは、満面の笑みでトアの手を握る。


「……まあ、私たちは私たちのペースでやらせてもらうわ」

「えっ? 何?」

「何でもないわ。ほら、早くいかないと食べ物がなくなっちゃうわよ?」

「それは困るな。よし。ちょっと急ぐか」

「えぇ」


 ふたりは笑い合いながら、夜の森を駆けていった。

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