第363話 マフレナと謎の女性

 鉱山の街エノドア。

 魔鉱石の採掘が安定化してきた現在では、誕生時よりも人口が大幅に増加しており、また最近では領主チェイス・ファグナスの考案により、街の拡大も検討されているという。


 そんなエノドアの街を、ひとりの少女が歩いている。


「わっふっふ~♪」


 上機嫌に鼻歌を歌いながら、エノドアの中央通りを行く銀狼族の少女マフレナ。

 今は大の親友であるエルフ族のクラーラがバイト(という名の手伝い)をしているエルフのケーキ屋さんへ行く途中だ。


「何を食べて何を飲もうかな~♪」


 時刻は間もなく午後のティータイムに入ろうかというところ。

 マフレナはケーキ屋で何を注文しようか、そればかりが頭をよぎっていた。

 と、その時、路地裏へとつながる狭い通りから人が飛び出してきてぶつかってしまう。


「きゃっ!?」

「わふっ!?」


 お互いに尻もちをつくマフレナと飛び出してきた人物。


「あっ、ご、ごめんなさい、私ちょっと急いでいて」

「だ、大丈夫ですよ」


 腰をさすりながら起き上がったマフレナは相手へと視線を移す。

 顔はフードを深々と被っているためよく見えないが、浅黄色の長い髪にスカートっぽい格好から、恐らく女性――それも、二十代中頃の大人の女性だと思われる。

 どうやら相当慌てているようで、尻もちをついたマフレナを心配しつつも、周囲への警戒は怠らず、キョロキョロと見回している。


「あの……あなたの方こそ大丈夫ですか?」

「へ、平気――っ!?」


 フードに隠されて表情は今ひとつ読み取れないが、女性は間違いなくマフレナを見てとても驚いていた。

 確かに銀狼族は獣人族の中でも伝説的種族。

 だが、その存在を知らない者からすれば、犬の獣人族と変わらない反応を示す。現に、マフレナはエノドアやパーベルで似たような経験をしている。

 ところが、この女性はまるで違った。

 銀狼族だから驚いているというよりも、何か別の理由で驚いている――マフレナは直感でそう思った。


「ね、ねぇ、あなた!」

「わふっ?」

「ちょっとこっちに来て!」

「えっ? えぇっ?」


 マフレナは女性に腕を引っ張られ、人込みの中へと飛び込んでいった。



 女性とマフレナがたどり着いたのは賑やかな中央通りから少し離れた位置にある公園であった。

 ふたりは近くにあったベンチへと腰を下ろす。


「自己紹介がまだだったわね。私はマリン」

「わふっ! 私はマフレナと言います!」

「ごめんなさいね、マフレナ。無理やり付き合わせちゃって」


 そう言って、マリンはフードを取った。

 その顔は同性のマフレナが見ても「綺麗!」と断言でき、思わず見惚れるくらい整ったものであった。


「実は……あなたに確認したいことがあって」

「確認したいこと?」

「そう。突然こんなことを聞いて申し訳ないけど、どうか正直に答えてほしいの――あなた、人間を好きになったことある?」

「わふふっ!?」


 マリンのストレートな質問に、マフレナは一瞬だけ口ごもるが、その眼差しが真剣そのものだったため、素直に答えることにした。


「ありますよ。というより、今まさに大好きなんですが」

「!? ほ、本当!? その話、もっと詳しく聞かせて!」

「な、なんでですか!?」

「是非とも知りたいの! それが聞けないと――ま、まあ、いいから! 早く!」

「は、はい……」


 マリンの鬼気迫る猛追に押されて、マフレナは大好きな人――トア・マクレイグについての話を語った。

 照れ臭そうに話すマフレナの姿を、マリンはジッと見つめながら聞き入る。

 やがて、マフレナが説明を終えると、「ふぅ」と息をついたマリンはうんうんと唸りだしてポンと手を叩いた。


「なるほど……そういうことだったのね!」

「? どういうことですか?」

「人間同士の恋愛なら私自身も経験がある。だけど、異種族間と言ったらそれはない。……でも、変わらないのね。人を好きになるって気持ちに種族なんて」


 目を細めて遠くを見つめるマリン。

 それから、彼女はマフレナの手を取って「本当にありがとう」と礼を告げてから深々と頭を下げた。


「このお礼は必ずするわ! あなた、エノドアに住んでいるの?」

「い、いえ、私はこの先にある要塞村で暮らしています」

「要塞村……噂は耳にしているわ。是非とも行ってみたいと思っていたのよ! ねぇ、遊びに行ってもいい?」

「わふっ! もちろんですよ!」


 ふたりは再会を約束すると、同時に笑い合った。

 その後、マリンは「みんなのところに帰るわね」と言って公園をあとにした。


「マリンさん……元気になってくれたみたいでよかったです。――って、そうだ! クラーラちゃんとの約束が!」


 すっかり約束の時間をオーバーしてしまった。

 マフレナは慌ててエルフのケーキ屋さんを目指し、全力疾走でエノドアの街中を駆け抜けていった。



   ◇◇◇



 数日後。

 要塞村診療所。


「おはようございます、ケイスさん」

「おはよう、アシュリー♪」

「あれ? なんだかご機嫌ですね? その新聞に何かいい記事でもあったんですか?」

「そうなのよ! あたしが応援している有名劇団女優のマリン・カレッサが復帰したの!」

「確か、家出したとかでずっと捜索されていた人でしたよね」

「なんでも、次の上演作品の主役である『人間に恋をした獣人族の女』の演技で悩みがあったらしいって話は聞いていたけど……公演も無事に行われて大盛況みたいね。安心したわ」

「今年の女優賞を総ナメかとも書かれていますね。――でも、人間に恋する獣人族の女ですか……」

「なんでも、本人曰く、実際に人間に恋している獣人族にインタビューを行ったらしいわ。物凄い情熱ね」


 村医ケイスと看護師を務める冥鳥族のアシュリーがそんな話をしていると、


「わっふぅ!」


 外からマフレナの声が聞こえてくる。


「そういえば……うちにもいましたね。人間に恋する獣人族」

「えぇ……でも、まさか、ね?」

「ですよね」


 アシュリーとケイスは笑い合う。

 世界的な大女優を助けたマフレナであったが、当人はそんなことを知る由もなく、今日も元気に要塞村で暮らしていた。

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