第362話 魔界の友だち

 魔導新書バルコガノフの野望は打ち破られた。

 ローサによって正しい手順を踏み、改めて葬られたわけだが、ジャネットのたくましすぎる妄想力が露見する結果となり、しばらくの間、村ではその手の話題を出すことがタブーとされたのだった。




 それからしばらくして。

 落ち着きを取り戻した要塞村は、今日も朝から市場に来る人々の喧騒に包まれていた。

 トアはフォルを連れていつものように村の様子を見て回る――と、屋上庭園のソファに腰かけてため息をつく人物を発見。


「あれ? メディーナ?」

「元気がないようですね」

 

 そこにいたのは、バルコガノフにさらわれたジャネットを救うため、共に本の世界へと入っていった魔人族のメディーナがいた。

 いつも元気いっぱいで、笑顔を絶やさないメディーナだが、今はそんな彼女に似つかわしくない、哀愁漂う暗い表情だった。

 これは只事じゃないと察したトアはすぐに話しかける。


「どうかしたのか、メディーナ」

「あ、トア村長……いえ、ちょっと従妹のことを思い出していたであります」

「従妹? ――あ」


 トアは悟る。

 メディーナは、神樹の力で魔界に飛ばされたトアが人間界に戻ろうと聖剣の力で次元の壁を斬り裂いた際、一緒についてきてしまった――それ以降、どうやってもあの時のように次元を斬り裂けなくなったことで、メディーナは故郷である魔界に帰れなくなっていた。


 八極のひとりで、魔人族の中でも屈指の実力者である、《魔人女王》のカーミラと通信ができてからは、同じく八極のローザを中心に魔界へと乗り込めるよう研究が進められているが、今のところ目立った成果は生まれていない。


 未だに魔界へ帰る目途が立っていないことで、メディーナはホームシックになってしまったのだろう。


「すまない、メディーナ……まだ魔界への道は――」

「そのことについては重々承知しているであります。そもそも、こちらへついて来たのは私の独断でありますし……」


 ――とはいうものの、やはり寂しそうなメディーナ。

 そんな彼女のために、トアたちができることといえば、


「その従妹って、どんな子なんだ?」

「えっと……ちょっと家庭環境が複雑なのですが、とても明るくていつも元気な女の子であります。あと、凄く力が強くて」

「ふむふむ。つまりクラーラ様のような方なのですね」

「あっ! 確かに! クラーラ殿そっくりです!」

 

 話し相手となることだった。

 トアとフォルはメディーナを挟むようにベンチの両サイドへと腰を下ろし、故郷である魔界の話をする。

 その際、知られざる魔界の一面が垣間見えた。


「えっ? じゃあ、その従妹の子って、こっちとは別の人間界へ行ったのか?」

「そうなんでありますよ。なんだか、そっちの上司に腕っぷしを随分と気に入られたようで」

「その方はメディーナ様が敬愛する八極のカーミラ様のもとでは働かなかったのですか?」

「誘ったには誘ったのですが……あの子は魔界に留まるよりも人間界へ行くことに興味が強かったようで」

「あっ、もしかして、メディーナ様が人間界へ来ようと思った理由とは、それが関係しているのではないですか?」

「実をいうと、そうなんであります。あの子が興味を持った人間界――いえ、人間という生き物を、自分も見てみたくなったのであります」


 話し込んでいるうちに、メディーナは徐々に元気を取り戻していった。

 どうやら、別の人間界へ行った従妹が頑張っている姿を思い出し、「自分も頑張らなくちゃいけないな」と考えを改めたらしい。


「でも、ひとつだけ許せないことがあるであります」

「許せないこと?」

「従妹が入った職場のトップは、自分こそが魔界を統べる王――魔王であると名乗っているのであります。魔界を統べるに相応しいのはカーミラ様なのに……」


 魔界の頂点は魔王か魔人女王か。

 メディーナはそこが気にかかっているようだ。


「こうなったら、トア村長殿の聖剣で魔王をぶった斬ってもらうしか……」

「いや、やらないからね!?」

「冗談でありますよ」


 冗談というメディーナだが、明らかにその目は本気だった。



 ともあれ、元気を取り戻したメディーナは仲間たちと一緒に夕食をとり、楽しそうに過ごしていた。

 そして、トアとフォルは魔人族にも郷愁という概念があることを知ったのだった。

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