第364話 ジョブ談義
「トア、少しいいかしら」
ある日のこと。
エステルとマフレナを連れて市場を見回っていたトアのもとをシスター・メリンカが訪ねてきた。
「どうかしたんですか、シスター」
「実は、ジョブ診断ができるようになろうと思って……」
「ジョブ診断? ――ああっ! 例の!」
かつて、トアとエステルがフェルネンド王国で行い、その運命を大きく変えるきっかけとなった適性職診断。これは、《聖職者》のジョブを与えられた者が修行をし、認められると行えるようになる。
その《聖職者》のジョブを持つシスター・メリンカは、かねてより領主チェイス・ファグナスから適性職診断が行えるようになる修行をしないかと誘われていた。
もちろん、その話は村長であるトアにも伝わっている。
トアとしてはシスターの意見を最優先にするという姿勢を取っており、そのシスターは最初こそ誘いを断っていた。
というのも、シスターには導かなくてはならない子どもたちがいたからだ。
トアやエステルと同じように、両親を亡くして身寄りのない子どもたち。
今までは自分ひとりで守ってきたが、この要塞村へ来て状況は一変した。
学校もあることから、シスターは今までのように一日中子どもと一緒にいることはなくなった。
その時間が増えてから、シスターは何か新しいことへ挑戦したいという意欲を持ち始めていたのだ。
これまで、誰かのためにだけ生きてきたシスターが、初めて自分の意思でやりたいことを口にする。
それは、トアとエステルにとって歓迎すべきことであった。
「分かりました。ちょうど明日、ファグナス様のところへ月一の定期報告へ行く予定になっているので、その時に報告します」
「ありがとう、トア」
いつもの柔和な笑みで感謝の言葉を伝えるシスター・メリンカ。
村にある教会へと戻るその背中を見送りつつ、トアとエステルとマフレナの三人はジョブ談義を始めた。
「そういえば、マフレナのジョブってなんだろうね」
「わふっ? 私のジョブですか?」
「確かに……私たちの中で唯一ジョブが分からないものね」
トア――《要塞職人》。
エステル――《大魔導士》。
クラーラ――《大剣豪》。
ジャネット――《鍛冶職人》。
この四人は適性職診断を受けているためジョブが判明している。
だが、マフレナだけは未だに謎だった。
「獣人族は基本やらないものね」
「言われてみれば……それに、ジョブの能力に頼らなくても、マフレナは凄いからなぁ」
「わふふ~♪」
褒められて照れるマフレナ。
と、ここでエステルが何気なく浮かんだ疑問を口にする。
「獣人族といえば……シャウナさんもジョブが分からないよね」
「ああ……聞いたことないな」
「じゃあ、聞きに行きましょう!」
「そうね! なんだか凄く気になってきたし!」
「うーん、俺も気になってきた」
マフレナの言葉を受けて、早速本人に直接聞いてみようと、三人は地下迷宮へ向けて歩き始めた。
◇◇◇
地下迷宮は今日も冒険者たちでにぎわっていた。
「あら? 何か御用ですの、トア村長」
看板幽霊娘のアイリーンが、壁をすり抜けてトアたちのもとへとやって来る。
「今日はシャウナさんに用があって来たんだ」
「シャウナお姉様ですか? でしたら、今はローザさんとティータイム中ですが」
そう教えてくれたアイリーンが指差す方向には、楽しそうに語り合っているシャウナとローザの姿があった。
「シャウナさん、少しいいですか?」
「トア村長? それにエステルにマフレナまで……」
不思議そうにトアたちを眺めるシャウナに事情を説明。すると、意外な人物が食いついた。
「おおっ! よくぞ言ってくれた、トアよ!」
ローザだった。
「えっ? どういうことですか?」
「実はのぅ、以前ワシの紹介でシャウナに適性職診断をさせたのじゃが……うっかりその結果を聞きそびれていたのじゃ。そのことをずっと忘れておってなぁ……」
「なるほど。それは興味深いですよね」
「ちなみに、わたくしのジョブは《庭師》でしたわ!」
特に聞いたわけではないが元気に答えるアイリーン。
「どうなんですか、シャウナさん!」
「一体、どんなジョブなんですか!」
一方、瞳を輝かせながら迫るエステルとマフレナ。
「…………」
いつもなら軽く冗談を交えながら対応するシャウナだが、今日はどうも様子が異なる。静かにひとつ息を吐きながら、ゆっくりと語りだした。
「なあ、トア村長……人はなぜ同じ過ちを繰り返すのかな……?」
露骨に話題をそらすシャウナ。
「誤魔化すでない、シャウナ!」
「わたくしもシャウナお姉様のジョブを知りたいですわ!」
「わっふぅ!」
迫る魔女と幽霊と犬耳娘。
すると、
「あ」
ポン、と手を叩いて、エステルが口を開いた。
「もしかして、シャウナさんのジョブって――《保育士》だったりして」
「「「「保育士?」」」」
その場にいた四人は一斉に顔を見合わせると、思わず吹き出してしまう。
「エステルよ、それだけはないぞ」
「クールで強いシャウナお姉様にはちょっと似合いませんわね」
「わふぅ……」
「でも、どうして保育士だと思ったんだ?」
ピンと来ていない四人だが、エステルには思い当たる節があった。
「だって、シャウナさん凄く子ども好きだし、子どもたちと遊んでいる時はとても楽しそうにしているから」
言われてみれば、と四人は再び顔を見合わせる。
ともかく、その答えが合っているかどうか、シャウナ本人に尋ねようとした時、
「…………」
四人の視界に飛び込んできたのは顔を真っ赤に染めたシャウナだった。
「えっ……シャウナ、お主まさか……」
「本当に……」
「わふっ! 《保育士》だったんですか!?」
「……黙秘する」
それだけ告げると、シャウナは職場である地下古代迷宮へ逃げるように走っていく。
「待て、シャウナ!」
「お姉様! 答えてくださいまし!」
「わっふぅ!」
追いかける三人を見送ったトアとエステル。
「い、意外だったね」
「そうかしら? 私はアネスと仲良くなりたくて四苦八苦しているシャウナさんを見て前々からそうじゃないかなって思っていたよ?」
「……さすがはエステルだ」
幼馴染の洞察力に感心するトア。
きっと、エステルの前ではどんな秘密も無意味なのかもしれない。
そう思うと、なんだか喉の奥から乾いた笑みが浮かんでくるのであった。
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