第68話 神樹の異変【後編】
産まれた赤ちゃんは女の子で、母子ともに健康な状態だという。
「まあ、正確な診断ではないが問題ないだろう」
シャウナをはじめ、出産に立ち会った女性陣すべてがそう判断した。一方、初めて間近で出産を経験したエステルは感動のあまり涙を流していた。
「大丈夫、エステル」
「う、うん……うまく言えないけど、赤ちゃんが産まれるって凄いことなんだなって改めて感じたわ」
ニアムの出産はエステルに大きな影響を与えたようだった。
一方、アシュリーとサンドラの姉妹も新しい妹の誕生に歓喜し、瞳を輝かせながらその小さな顔を覗き込んでいた。
「とりあえず、彼らにはしばらくここに住んでもらうということでいいだろうか」
「問題ないですよ」
「おお……寛大な御心遣いに感謝します!」
三人の娘の父となったエイデンは腰を直角に折り曲げてトアに感謝する。だが、当のトア本人は「あ、頭を上げてください!」と謙虚な態度だった。
「さて……これから先の住処も決まったことだし、そろそろ真相を語ってもらおうかな」
トアの背後からエイデンに向かってそう告げるシャウナ。エイデンも自分たちの習性を知っているだろう黒蛇の獣人族であるシャウナの言葉に観念したのか、「分かりました」と力なく告げて語る覚悟を決めたようだった。
◇◇◇
――その前に、村の住人たちへ挨拶をするということで全員に集まってもらい、その前で父エイデンと娘ふたりが自己紹介をする。
ただ、この時も長女アシュリーは顔面蒼白でまともに言葉が出ず、代わりに妹のサンドラが姉の自己紹介を担当した。彼女が村人と普通に会話ができるようになるにはまだしばらくの時間を要するだろう。
さて、いつもならば新メンバー加入を祝う歓迎会が開かれるのだが、今回は出産を終えたばかりの奥さんと産まれたばかりの赤ちゃんがいるということで自粛の流れとなり、村人たちから贈り物をするということで決定。
村人との交流が一段落すると、娘ふたりは先に神樹へと戻り、父エイデンはトアの私室へと呼ばれた。そこにはトアの他、話を聞くためシャウナとローザも同席することに。
「君たち冥鳥族の習性からするに、去年までは違う場所に住処を持っていたのだろうが……なぜこの神樹へ住処を移したんだい?」
「それは……私たちは元々、ここよりずっと南にある小さな孤島を住処にしていました」
シャウナの見立て通り、彼ら親子は本来別の場所に住処を持っていたようだ。
「それならばなぜこの神樹へ来たのじゃ?」
「……その孤島が消滅してしまったからです」
「しょ、消滅!?」
予想外の答えに、トアたちは顔を見合わせる。
「消滅とは穏やかではないな。一体何があったんじゃ?」
ローザが追及すると、エイデンはわずかに震えだした。
「今思い出しても恐ろしいです……あれはまさにバケモノそのものでした」
「バケモノ?」
エイデンの反応に、トアは既視感を覚えた。
あの怯えよう――まるで幼い自分が魔獣と遭遇した時のようではないか、と。
「まさか……エイデンさんたちの住処があった島は――魔獣に襲われたんですか?」
「そうです。とてつもなくバカデカい魔獣でした」
トアだけでなく、ローザやシャウナも同じような考えに至ったようで、納得したように頷いていた。
エイデンは自身が遭遇した魔獣の生態について語る。
「ヤツは……我々の住処がある島を食っていました」
「島を食うじゃと?」
「はい。その島に住む生物を島ごと食べていたのです。あの時、もう少しでも私たちの到着が早まっていたら……」
トアには身震いをするエイデンの気持ちがよく分かった。
今から十年前――厳密にいえば、十年と一年になるが、その昔、トアも故郷の村でそれくらいの超大型魔獣と遭遇した。
トアとエステルを残して村人は全滅。
その魔獣を討伐するため、フェルネンド王国聖騎隊に入った。
「…………」
思い出すのは――あの凄惨な光景。
人はこんなにもあっさりと死ぬものなのかと恐怖し、神はなぜ自分たちにこのような仕打ちを与えたのかと怒りに震えた。
「トア……大丈夫か?」
「! は、はい、ローザさん……大丈夫です」
過去の記憶がよみがえり、顔色の優れないトアを気遣うローザ。だが、トアとしても、村長という立場上、このまま退室するわけにはいかなかった。
「その後のことを教えてください、エイデンさん」
「わ、分かりました。――我々は魔獣に勘付かれないよう細心の注意を払ってその場から立ち去り、ここまで逃げてきたのです」
「食事中というのが幸いしたな。もし空腹状態だったらあっという間に食われてしまう」
いつになく真面目なトーンで話すシャウナ。ローザもそうだが、ふたりとも魔獣の脅威については詳しいようだった。
「とにかく、無事でよかったですよ。こうして赤ちゃんも無事に生まれましたし」
「本当に……あなた方には感謝してもしきれません。この恩は必ず返します。私にできることがあるのならなんでも言ってください!」
「そう堅苦しく捉えんでもいいじゃろう。まあ、この村で生活する以上は働いてもらうことになるがのぅ」
「お任せください!」
気合十分のエイデン。
これならばすぐにでも村人たちと打ち解けられるだろう。
残る問題は――ただひとつ。
◇◇◇
エイデンとの話を終えたトアは残された最後の問題を解決するため、その元凶とも言える人物を探していた。
すると、神樹近くに造った要塞村中央広場にエステル、クラーラ、ジャネットの三人を発見したが、全員何やら一点を見つめている。さらに接近してみると、三人の他にエイデンの娘であるサンドラもいた。
「何してるんだ?」
トアが尋ねると、四人は一斉に「しー!」と人さし指を口に添えて「静かに」と忠告。
何事かな、とトアも視線を前方に送ると、そこには小さなテーブルが置かれており、その上には料理好きのエルフ族メリッサ特製のチーズケーキがあった。
ますます意味が分からなくなるトア。
だが、その謎はあっさりと解明された。
「来たわよ!」
クラーラは小声だがそれでもハッキリと聞き取れるボリュームで全員に告げる。
トアも注意して視線を送っていると、物陰からこっそりと様子を窺うアシュリーの姿が飛び込んできた。
「お姉ちゃんは甘いものに目がないからあのチーズケーキにもきっと食いつくわ!」
熱弁を振るう妹サンドラ。
「そんな……珍獣を捕獲しようっていうんじゃないんだから」
「しかし、そうでもしないとそもそも接触自体が難しいんですよ。話しかけようとすると空を飛んでいってしまいますし」
本作戦の立案者でもあるジャネットがため息を交えながら言う。
エステルたち年齢の近い女子勢が率先してアシュリーに声をかけていったのだが、そのたびに翼を広げて大空へと舞い上がってしまい仲良くなるどころではなかったのだ。
「それはそうかもしれないけど……」
「お姉ちゃんはきっときっかけさえあればみなさんと仲良くなれるはずです!」
必死に訴えるサンドラ。
トアとしても、男性が苦手としながらも自分を助けてくれた優しく、そして勇敢な心を持ったアシュリーは、きっかけさえあれば要塞村にもきっと馴染めると確信していた。問題はそのきっかけづくりなのだが。
「何かもう少し健全な方向で接触を――」
「あっ! ちょっと待って!」
トアの提案を遮ったのはクラーラだった。何やら非常事態が発生したようなので視線を戻すと、そこにはケーキに関心を示すアシュリーとそこに近づく人影が。それは、
「わっふぅ! こんにちは、アシュリーちゃん!」
マフレナだった。
「!?」
アシュリーは翼を広げて大空へ舞い上がろうとする――が、それよりも先にマフレナが声をあげた。
「凄い! 綺麗な翼だね!」
「え?」
満面の笑みでアシュリーの翼を褒めるマフレナ。その無邪気さに、アシュリーは釘付けとなった。
「私はマフレナっていうんだ! あなたと同じ獣人族だよ。よろしくね!」
「……よ、よろしく」
アシュリーは差し出されたマフレナの手を握り、自然な笑みを向けていた。
「お、お姉ちゃんがあんなにあっさりと人に笑顔を向けるなんて……」
これには妹のサンドラも驚きを隠せない様子だった。
「結局、天然には勝てないってことね」
肩をすくめながら、クラーラは苦笑いを浮かべる。
「策を弄するより、正面突破が一番ということですか」
「でも、それはマフレナくらい真っ直ぐな性格じゃないと難しいわね」
「まあ、これで少しは打ち解けやすくなってくれそうだね」
まだまだ課題は残っていそうだが、とりあえずアシュリーの対人関係はマフレナを起点にして大きな改善の兆しが見られ、村長トアはホッと胸を撫で下ろすのだった。
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