第78話 帝国の遺産【後編】

※明日は投稿をお休みさせていただきますm(__)m

 次回は明後日の7月4日(木)、いつもの時間に投稿予定です。




「というわけで、他の女性と接触する前に、なんとかマスターを止めたいのです」


 地下迷宮第一階層にて、フォルは緊急事態発生だとシャウナに呼び出されたローザに事の顛末を説明。ちなみにシャウナは手がかりを求めて名うての冒険者たちと共に地下迷宮に潜っていた。

 フォルはシャウナにしたように、帝国が過去に開発した士気上昇を目的とする粉末薬の失敗作を浴びたせいでトアがナンパ野郎になってしまったことをローザに報告する。


「問題なのはその言動が本心から来るものなのかということじゃな。内側に溜め込んでいた感情を吐きだしているだけなのかもしれぬが……いや、それとも単純に根っこから性格が変わってしまったのか?」

「恐らく後者の見立てが正解でしょう」


 今は唯一帝国側で軍事に関わりを持っているフォルの見解が頼みの綱。

 そのフォルはトアの性格が根っこから変わってしまったと告げた。


「確かに……元々トアはエステルのことが好きじゃったからな。もし自分の内面をさらけ出しているのなら、真っ先にエステルへ会いに行くはずじゃ」

「…………」


 ローザはそう仮説を立てたが、情報提供者であるフォルの反応は渋い。


「お主は何か別の考えをもっておるようじゃな」

「別の考えというか……懸念ですね」

「懸念?」


 フォルにはある不安があった。

 以前、トア自身からエステルへの想いを聞いているが……ここでの生活が長くなったことでその気持ちにわずかながら変化が起きていたら。エステル以外の女の子に気持ちが揺らぐようなことがあったとしたなら。

 そうした仮定を積み重ねていくと、あながち「内なる本音をさらけ出している」という方も的外れな考えではないと思えてしまうのだ。


「……いえ、なんでもありません。お騒がせしました」

「そうか。……まあ、いずれにせよ、トアを止める必要はあるな。ワシも出るとするか」


 ローザが重い腰を上げ、自らトア捕縛のため乗り出すという。


「お手数をおかけして申し訳ありません」

「何、たまにはこうした刺激的なイベントも悪くはない。それに、トアの実力を知ることもできる……楽しみじゃよ」


 ニヤッと口角を上げて指をパキパキと鳴らす世界最強クラスの幼女。

 頼もしい反面、その好戦的な態度が吉と出るか凶と出るか……多少の不安を残しつつ、フォルとローザは地下迷宮から外へと出た。

 そこでバッタリと思わぬ人物と遭遇する。


「おお! これはフォルにローザ殿ではありませんか!」

 

 めちゃくちゃテンションの高い銀狼族のまとめ役ジンであった。


「どうしたのじゃ、ジンよ。いつにも増して暑苦しいぞ」

「はっはっはっ! こいつは手厳しい!」


 近くにいるだけで汗が出てきそうなほどの熱量を持ったテンションに、フォルとローザは嫌な予感を拭い切れなかった。


「つかぬことをお聞きしますが、ジン様はなぜそんなに暑苦し……もとい、テンションが高いのでしょうか」

「よくぞ尋ねてくれたよ!」


 さらにテンションが高くなるジン。

 フォルとローザの不安はますます高まっていく。


「実は先ほどトア村長が私の愛娘であるマフレナへ何度も愛の言葉を囁いたのだ!」

「「…………」」


 予感が的中して固まる甲冑兵と幼女。

 そんなふたりの様子など目もくれず、ジンはついさっき起きた出来事について熱く語り始めた。


「金狼状態をキープするための特訓をしていると、いきなり村長が現れ、マフレナの方へ真っ直ぐ進むとこう言ったのだ……『マフレナ、今日も可愛いね。その煌めく銀髪と元気いっぱいの笑顔に俺はいつも癒されているよ』と」

「声マネとかしなくていいですから」

「その後もとにかくマフレナを褒めまくった……父である私の目の前で!」


 目を血走らせながら語るいろいろと拗らせた狼男。その迫力に、さすがのローザも引き気味だった。


「そ、それで、肝心のマフレナはどうしたのじゃ?」

「褒められすぎて恥ずかしくなったのか、金狼状態のまま部屋に閉じこもっています」

「なんとか無事……とは言いきれませんね」


 早速ふたり目の被害者(?)が出たようだ。

 ともかくマフレナだけでなくジンも誤解をしているようなので、これまでの経緯をサクッと説明する。


「そ、そんなことが……」

「というわけじゃから、その言葉が本心からどうかは判断しかねる」

「ぐぬぬ……すでに孫の名前を五通りほど考えたのに」

「ジン様、いくらなんでも気が早すぎます」

「大体、普段のトアの様子を見ていたら、そんな歯の浮くようなセリフがポンポンと出てくるとは思わんじゃろ」

「! い、言われてみれば……」


 とりあえず、ジンとマフレナの親子へは事情を説明し終えた。

 その後、アシュリーやルイスなど要塞村にいる女性たちの安否を確認していったが、意外にも全員がトアと接触しなかったと語った。


「こうなってくると……ただの人格改変というだけではなさそうですね」

「標的を絞っておるようじゃし、そう見るのが妥当か。しかし、ジャネットやマフレナへ甘い言葉を囁いおきながら、他の女子たちにはまったくそういった素振りがないというのは……何を基準に選んでおると思う?」

「皆目見当もつきませんね。ただ、流れからして次に接触を試みるのは……ほぼ間違いなくエステル様とクラーラ様だと思われます。なんの根拠もありませんが、そう思えるのです」

「じゃろうな。あのふたりは今どこにいる?」

「今日はエノドアにあるメリッサ様のお店の手伝いに行っています。そろそろこちらへ戻って来る時間ですね」


 エステルとクラーラは以前ドワーフたちと一緒になって造った時短用の橋を利用して戻ってくるはず。それは当然トアも知っているので、ふたりに接触するなら恐らくその場になるだろうと踏んでいた。

 そこでエステルたちを待っているだろうトアを接触する前に捕縛しようと、フォルとローザは目的の場所へと急いだ。

 


  ◇◇◇



 キシュト川にかかるエノドアと要塞村の距離を縮めるために建設された橋。

 そこでトアがエステルたちを待ち構えている可能性が高いと睨んだフォルとローザは目的地を目指しながら森の中でトアが潜んでいないか目を光らせる。

 だが、結局トアの存在は確認できぬまま橋の近くまで来てしまった。

 しかも、さらに事態は最悪の方向へと傾いていく。


「エステル様とクラーラ様……並んでこちらへ向かってきますね」

「帰宅時間に少しでもズレがあればと期待したのじゃが……」


 とにかくまずは説明をしなければ、とふたりが近づいていこうとした時――ふたりの前方十メートルほどにある茂みが大きく揺れたかと思うと、そこからトアが飛び出してきた。


「! し、しまった!」


 フォルたちを出し抜き、エステルとクラーラの前に立つトア。


「あら、トア。どうしたの?」

「私たちを迎えにきてくれたのかしら?」


 エステルとクラーラがそれぞれ突如現れたトアへそう話しかける。それに対し、トアはキザったらしく前髪をかき上げてふたりを見つめた。


「エステル……クラーラ……君たちは最高だ」

「「!?」」


 突然トアから絶賛されて硬直するふたりの少女。

 その後もペラペラと淀みなく褒め称える言葉が容赦なく放たれた。


「ああ……恐れていた事態が現実のものに……」


 その光景を眺めていたフォルは打ち震える。ここでトアがふたりを同時に褒めたなら、エステルとクラーラはどのような反応を示すだろう。トアの態度に対して嫌悪感を示すか、或は褒められているもうひとりに対して良からぬ感情が芽生えるのか。

 いずれにせよ、爽やかな解決が絶望的な未来が待っている。

 それがフォルの見解であった。

 ――しかし、実際はまるで違っていた。


「トア……あなた変な物でも食べたの?」

「だとすれば絡んでいるのはローザさんかシャウナさんってとこね」


 心配そうにするエステルと呆れるクラーラ。

 その反応は予想外だったのか、ジャネットやマフレナたちとは逆にトア自身に困惑の色が窺えた。その隙を、ローザは見逃さない。


「悪いな、トア。少しの間大人しくなっていてもらうぞ」


 ローザは背後からトア目がけて催眠魔法を放つ。トアは呆然としていたため、フォルの拘束魔法の時のように打ち消されることもなく、あっさりと眠ってしまった。


「ど、どうして……?」


 フォルは動揺していた。 

 トアへの好意は要塞村でも随一のふたりが、取り乱さなかったのか。しかも、フォルが疑問視をするのはそれだけではない。

 これについては直接確認しようと、エステルとクラーラに尋ねた。


「おふたりはマスターの身に異変が起きたことを察知していたようですが……なぜそれを見抜けたのですか?」


 真剣な口調で聞いてくるフォルに、エステルとクラーラは不思議そうに顔を見合わせたかと思うと「ぷっ」とほぼ同時に噴き出した。


「変なことを聞くのね、フォル」

「あんなのどう考えたっていつものトアじゃないでしょ」


 まともに対応できなかったジャネットやマフレナとは違い、エステルとクラーラは普段のトアとの違いを見極めていた。


「それをほんの一瞬で見抜くとは……感服いたしました」

「何よ、今日は随分と殊勝じゃない」

「エステル様とクラーラ様のマスターを想う愛の深さに僕は大変感銘を受け――」


 ドガッ!


 急に恥ずかしくなったのか、顔を真っ赤にしたクラーラの強烈な右ストレートは的確にフォルの頭(兜)を撃ち抜いた。




 その後、催眠魔法から目覚めたトアはいつもの調子に戻っていた。女性陣にしたことを何も覚えていなかったが、ジャネットやマフレナはしっかりと覚えているため、しばらくの間はぎこちない空気が流れるようになったのだった。




 ――ちなみに、トアの変貌が本心から来るものなのか、薬の効果でまったく別の人格になってしまうのか。その詳細は分からずじまいであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る