第79話 新しい試み
要塞村地下迷宮第一階層。
「いやはや、村長の大暴走を止めるためにみんなで地下へと潜ったが……間に合わなかったようで申し訳ない」
トア大暴走の翌日。
シャウナ率いる冒険者組は、成果なしに終わったことに対してやりきれぬ悔しさを感じていたが、元通りになったトアの姿を見てホッと胸を撫で下ろしていた。
「お騒がしてすいませんでした」
「謝るのはこちらだ。あの厄介な粉薬をさっさと処分しておけばよかったのだが……」
自分の不注意だったと再度謝罪するシャウナ。
トアとしては元に戻ったし、誰にも悪意があったわけではないのでこれ以上問題にするつもりはなかった。
ただ、気になる点はある。
「シャウナさん、何を持っているんですか?」
「うん? ああ、これかい?」
トアが気になっていたのはシャウナが手にしている白い麻袋だった。
「君を元通りにする手がかりを探している最中に見つけた物だ。そのまま放置しておいて後から場所が分からなくなったら勿体ないと思って一応持ってきたんだ」
シャウナがそう言うからには相当レアなアイテムなのだろう。
「これがそのアイテムだ」
麻袋をひっくり返してシャウナが木製のテーブルの上に出した物は――
「? ランプ?」
「ただのランプではない。これは《魔除けのランプ》だ。以前、帝国が研究していたという魔法アイテムにその名があったのを思い出してね」
聞き慣れないアイテム名に、トアは首を捻った。
すると、意外なところからヒントが舞い込んでくる。
「これが魔除けのランプですの? 完成品を見るのは初めてですわ」
そう言ったのは壁から上半身だけをニュッと出している幽霊少女アイリーンであった。
「知っているのか、アイリーン」
「ここにいた頃、随分と熱心に研究が進められていたアイテムのひとつですわ。確かその効果はモンスターを近づけさせないとか」
「モンスターを近づけさせない? そんなことが可能なんですか?」
トアは真相を確認するため一緒にくっついてきたローザへと尋ねる。
「シャウナの言う通り、帝国が開発しているという魔法アイテムにそのような効果を持つアイテムがあったのを薄ら覚えておるな。ただ、実用化には至らなかったと聞くが」
「じゃあ、これは失敗作ってことですか?」
「まだ分からんさ……だが、試してみる価値はあるな」
「でしたら早速やってみましょう!」
トアはフンスと鼻息も荒くふたりへ提案した。
「それについては異論ないが……なんだか張り切っておるな」
「さてはトア村長――このアイテムの有効に利用できる案を思いついたようだね」
「ちょっと前から『いつか試してみたい』って考えがあったんです。そのアイテムの効果が本物なら、それが実現しそうだなって」
「なるほど。ではその期待に応えなければならないな」
シャウナは軽くウィンクをすると、魔除けのランプを手にして外へと向かった。その際、一度だけトアの方を振り返ると、にこやかに微笑んでこう告げた。
「こいつの効果が本物かどうか実験をしてくる。成果報告は後日行うよ。二、三日中には戻るから、それまでは村を留守にする」
「わ、分かりました」
シャウナ自ら魔法アイテムの効果をチェックするという。
その申し出は素直にありがたかったので、ここはシャウナにお任せすることとした。
「それで、お主は何を企んでおるんじゃ?」
ニヤニヤと笑いながらローザに聞かれて、トアは自身が描く構想を伝えた。
「エノドアと要塞村をもっと交流しやすいようにしようかと」
「エノドアとの交流? それならばもうかなりしておると思うがのぅ」
「こちらからエノドアへ向かうことはあっても、エノドアの人たちがこの要塞村に来るってことはないじゃないですか」
「ふむぅ……エノドアの民をここへ招くつもりか?」
「はい」
屈託のない笑顔で、トアは告げた。
「道中は危険なハイランクモンスターがうようよおるからのぅ。もし、シャウナの持ち帰ったアイテムがその通りの効果を果たしたとするなら……」
「そのランプを街灯のようにエノドアと要塞村をつなげる道に設置しようかなと」
「そうなればエノドアと要塞村の間に街道ができるな」
「そうなんです!」
トアは珍しく興奮気味に語る。
「そうしたら、要塞村にいる人たちがエノドアで売られている商品をもっと手軽に入手することができますし!」
「だとしたら要塞村にも宿屋などが必要になってくるな。共同浴場もさらに増築するという方向性も必要じゃろう」
「あと、市場なんかも開けたらなって考えています」
村の発展について、トアは自らのアイディアをローザへと話していく。あまりにも熱く語りすぎてしまい、「しまった」と急停止。
「す、すいません……ちょっと取り乱しました」
「構わぬ。お主がこの村の未来を真剣に考えていると知れて嬉しかったぞ」
「……少しは村長らしくなれましたか?」
「その重責を立派にこなしておるよ。もっと自信を持て」
ローザに励まされて、トアは誇らしい気持ちになった。
そして、これからも村の発展に尽力しようと心に誓い、いつも通り、要塞内の修復作業へと戻って行った。
◇◇◇
三日後。
シャウナからの実験報告を受けたトアはファグナス邸に来ていた。
「何かあったのか?」
定期報告日以外にトアがファグナス邸を訪れることはこれまでになかった。それほど切羽詰まった状況か、それともいち早く報告したいほど喜ばしい事態か。
恐らく後者だろうとファグナス家当主のチェイスは睨んでいた。
八極ふたりを要する今の要塞村はお世辞抜きにそこらの小国よりも強い。しかし、村長をはじめとする村人たちすべてがあの要塞で静かに暮らすことを望んでいるわけではない。それをよく知っているから、チェイスは要塞村について特にあれこれ注文をつけず、生活に対しては自由にさせている。
――そんな御託を並べてはみたが、一番の判断材料はトアの表情だ。
「君のその隠し切れない笑顔……相当いい知らせが聞けそうだな」
「えっ? そ、そんなに顔に出てますか!?」
トアは自分の顔をペタペタと触る。
本人も気づかぬうちに笑みがこぼれていたようだ。
気を取り直して、トアはチェイスに村の今後についての話をした。
魔除けのランプを入手したことでエノドアとはより密な交流ができること、市場や宿屋などの新しい試みについても語った。
チェイスもトアの熱意を真正面から受け止め、耳を傾けていた。
「――という感じなんですが」
「あの八極のひとりである黒蛇のシャウナが保証するなら、その魔除けのランプの効果というのも本物なのだろう。君の思い描く街道とやらはどれくらいの期間できそうなんだ?」
「ドワーフ族のみなさんと打ち合わせたのですが、道の整備自体はそれほど時間はかからないかと。ただ、これまで一方的な接点しかなかったので、エノドアに住む人たちにとって要塞村は馴染みが薄いと思われます」
「名前は知っているし、エルフのケーキ屋みたいにエノドアの民と関わりのある者もいるにはいるが、まだまだ印象としては薄いだろうな」
「なので、エノドアの人たちにもっと要塞村のことを知ってもらおうと思っています」
「ほう……何か策がありそうだな」
チェイスから投げかけられた言葉に、トアは自信たっぷりの表情で頷く。
「エノドアの人たちを僕たちの要塞村に招待します」
「交流会を開くってことか。……いいんじゃないか? 要塞村の住人や中の様子を知ってもらうにはいい機会になる」
「では、早速エノドアから数名を招待したいと思います。同時に街道整備の方も進めていきたいと思います」
ファグナス家当主から直接許可を取りつけたトアは、早速ドワーフたちに報告をして本格的にエノドアと要塞村を結ぶ街道整備へと着手する。
――だが、エノドアとの交流会が思わぬところで騒動を巻き起こす引き金になるとは、この時のトアは知る由もないのだった。
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