第409話 「友人」の来訪
「ふあぁ~……」
エノドア自警団詰所に、夜番を終えたエドガーが帰って来た。
「お帰りなさい、エドガー殿」
「お疲れ様」
そんなエドガーを迎えたのは同じ自警団のメンバーであるタマキとモニカのふたりだった。
「あれ? クレイブとネリスは?」
「ネリス殿なら、奥の部屋でお休みになっていますよ」
「クレイブはミリアに連れられてエルフのケーキ屋さんへ行ったわ」
「ははは、義妹に取られちまったな」
「べ、別にそういうわけじゃ……」
クレイブに想いを寄せるモニカにとって、兄にベッタリの妹ミリアはもっとも身近で強力なライバルと言える。
三人が楽しげに会話をしていると、そこへ近づく女性が。
「ちょっといいかしら」
声をかけられ、三人は同時に振り返る。
「「「!?」」」
その女性を視界に捉えた途端、三人はその美しさに息を呑んだ。年齢は二十代中頃か。女性の扱いに慣れているはずのエドガーでさえ、声を出すのをためらってしまうほどの美人である。
「? どうかしたかしら?」
「――っ! い、いや、なんでも。それで、聞きたいことっていうのは?」
ハッと我に返ったエドガーが尋ねると、
「要塞村へ行きたいのだけれど、ここからどう行けばいいのかしら?」
女性はそう質問した。
これに対し、すぐさまモニカが答える。
「要塞村でしたら、この先をずっと真っ直ぐ進むと着きますよ。エノドアの中央通りからは曲道なしで行けるんです」
「そう。ありがとう」
女性はそう告げると、着ていた高そうなコートを翻し、スタスタと歩いていった。
「は、はあ……なんか無駄に緊張したわ」
「まったくだぜ……」
「あのエドガー殿をここまで緊張させる女性がいたとは……」
「どういう意味だよ、タマキ。――しかし、あの美人、どこかで見たことがあるような……」
「まさか……前に口説いた女とかじゃないでしょうね?」
「ちげぇよ、モニカ。それにしても……あんなとんでもない美人が、要塞村に何の用があるっていうんだ?」
タマキとモニカも、エドガーとまったく同じ疑問を抱いていた。
果たして、女性が要塞村を訪れる理由はなんなのだろうか。
◇◇◇
その日、要塞村は突然の来客に騒然としていた。
突如市場に現れた、とんでもない美人。
村民、商人、客の誰もが、その美しさに圧倒されていると、市場の責任者であるナタリーと偶然居合わせた村医ケイスは声を震わせる。
「う、嘘でしょ……大女優のマリン・カレッサじゃない……なんだってこの要塞村に?」
「あ、あたし、サインもらわなくちゃ!」
大興奮するふたり。
すると、そこへ騒ぎを聞きつけた村長トアとエステル、さらにマフレナもやってくる。
「!? マ、マリン・カレッサ!?」
「な、なんであの有名人がここに!?」
人間界ではちょっと名前の知られたマリンを、トアとエステルは知っていた。
と、その時、
「やっと会えたわ――マフレナ!」
大女優マリンが、マフレナの名前を大声で叫んだ。
「「「「えっ!?」」」」
驚くトアたち。さらに、
「わふっ!? マリンさん!?」
「「「「えぇっ!?」」」」
一番接点がなさそうに思えたマフレナが当たり前のように名前を返したので、トアだけでなくケイスやナタリーも大いに驚いた。
その後、マリンを村長室へと案内し、マフレナとの関係を教えてもらう。
マリンは劇団の公演がひと段落ついたため、以前エノドアを訪れた際に約束していた要塞村訪問をようやく実現できたと嬉しそうに語る。
マフレナも、最初は少し戸惑いを見せていたが、しばらくすると仲良くマリンとの会話を楽しんでいた。
その裏で、要塞村ではナタリーが中心となり、大宴会の準備が進められていた。
「大女優の舌を満足させられる料理を頼むわよ、フォル」
「お任せを」
各方面に協力を仰ぎ、急ピッチで宴会の準備は進められた。
迎えた夜。
要塞村は喧騒に包まれた。
騒ぎの中心にいるマリンは、「こんなに楽しい食事は初めてよ」と大満足。
夜通し騒ぎ倒したのだった。
◇◇◇
翌朝。
「さて、名残惜しいけど、そろそろ行かなくちゃ」
早朝の時間帯だが、マリンは次の仕事があるからと、出発の準備を整えていた。
「本当に楽しい一日だったわ。ありがとう、マフレナ」
「わふふ~♪ また来てください!」
「えぇ、是非。この村を、私のバカンス候補一番手とさせてもらうわ」
マリンとマフレナは固い握手を交わし、再び会うことを約束したのだった。
こうして、大女優の束の間の休息は幕を閉じたのである。
数日後。
ケイスが新聞を片手にトアのもとへとやって来る。
なんでも、その新聞の記事のひとつに、大女優マリン・カレッサが要塞村のことについて語っているものがあるという。
要塞村の名前や場所を話したわけではないが、「さまざまな種族が協力をし合い、平和に暮らしている、まさに現代の理想郷」と紹介していた。
大女優マリン・カレッサは、近いうちに再びバカンスで要塞村を訪れるだろう。その時は、もっと盛大におもてなしをしないとけない。
記事を読みながら、トアはそんなことを思うのだった。
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