第256話 港町のサクラ

 鑑賞会の日。

 トアは要塞村の代表として、複数の村民と共にパーベルを訪れていた。

 招待されているのは要塞村だけでなく、エノドアもあるそうで、レナード町長と自警団のジェンソンとヘルミーナ、そしてクレイブが参加。さらに、獣人族の村からも、村長のライオネルをはじめ、護衛としてリスティとウェインも同行する予定らしい。

 ちなみに、要塞村からの面子は――エステル、クラーラ、ジャネット、マフレナ、フォル、ローザ、シャウナ、ナタリー、そしてケイスの合計九人。

 いつにも増して大所帯でやってきたパーベルは、これまたいつにも増して大盛況だった。

 もともと港町であるため、人の往来が多く、特に町の人口以上に押し寄せる商人たちで港付近はごった返しているのだが、今日は式典がある関係でいつも以上に人がいた。


 だが、要塞村ご一行がパーベルへ到着すると、喧騒は一瞬にして吹っ飛び、静まり返ってしまう。


「あ、あれが、噂に名高い要塞村の村長か……若いが、確かに威厳や風格を感じる……」

「エルフに銀狼族にドワーフを仲間に加えているという噂は本当だったのか……」

「枯れ泉の魔女に黒蛇……は、八極がふたりも同時にいる瞬間なんて、そうそうお目にかかれないぞ」

「お、おい、あそこにいるお方はセリウス王国第二王子のケイス様じゃないか!?」


 伝説的種族に英雄、そして王族――およそ村民とは思えないクラスの面子を率いて、トアはパーベル町長ヘクターの屋敷を訪ねた。


「よく来てくれた、トア村長」

「この度はお招きありがとうございます」

「いやいや、こちらこそ、急な誘いで悪かったね。そういえば、珍しくマリアムが冗談を言っていたんだ。トア村長はつい最近まで魔界に行っていた、と」

「? 行っていましたよ?」

「えっ?」

 

 どうやら、マリアムから魔人族メディーナのことを聞いたらしいが、ヘクターはただのジョークだと思ったらしい。


 その後、トアたちはヘクターと共に鑑賞会が行われる会場へと向かった。

 そこは港から少し離れた位置にある町の自然公園。

 到着したトアたちは、ヒノモトからセリウスへ、友好の証しとして贈られた品を見て、驚嘆した。


「これは……凄い」


 それは一本の木だった。

 もちろん、ただの木ではない。

 花が咲いているのだが、その花というのが淡い桃色をしていて、それが木全体を覆うように咲き乱れている。


「綺麗……」

「圧巻とはまさにこのことね」

「わっふぅ! とっても綺麗です!」

「こんな色の花を咲かせる木は、ストリア大陸にありませんね」


 エステル、クラーラ、マフレナ、ジャネットは各々感想を述べる。フォルやナタリー、それにケイスも興味深げに眺めていた。


「サクラか……久しぶりに見るな」

「もっとも美しく咲くのは、ちょうど今くらいの季節じゃったな」


 一方、シャウナとローザは以前にもこの木を見たことがあるらしく、驚きの感情が強いエステルたちとは違い、どちらかというと思い出に浸っているようだった。


「このサクラの木が、ヒノモトから贈られたものだよ。ここにあるのは一本だけだが、ヒノモトではこの木が列をなしているそうだ」

「一本でもこれだけ凄いのに、列になっているなんて……想像できませんね」


 初めて見るサクラの木に、要塞村のメンバーが盛り上がっていると、遠くから大勢の人の話し声が聞こえてきて、それはゆっくりとトアたちの方へと向かってきているようだった。


「どうやら、港まで迎えに行ったマリアムたちが戻ってきたようだ」


 ヘクターが言ったとほぼ同時に、その一団が姿を見せた。


「トア村長!」


 その先頭にいたひとりの少女が、トアを見つけるやいなや猛ダッシュで駆け寄ってくる。


「ツルヒメ様!?」

「お久しぶりです」

「ええ。その……だいぶ背が伸びましたね」


 一年前。

 刺客に襲撃され、嵐の中をなんとか生き延びて要塞村へとたどり着いたヒノモトの一団の中に、こっそりと隠れ潜んでいたツルヒメ。

 その後、八極のひとりである百療のイズモが救出のためストリア大陸へと上陸し、ひと騒動あったのちにヒノモトへと帰っていった――というわけで、こうして再会するのは、実に一年ぶりのことになる。


「みなさんもお久しぶりです!」

 

 トアとの挨拶を終えたツルヒメは、エステルたちのもとへ。

 入れ違うように、今度は男が近づいてきた。


「元気そうで何よりだ、トア村長」

「タキマルさん!」


 セリウス王国との外交を担当するタキマルだった。


「見事なサクラですね」

「要塞村の神樹には敵わぬが、こいつもなかなかのものだろう?」


 そう語るタキマルの手には、酒瓶が二本。

 さらに、後ろから続々とやってくる荷車には、同じように酒瓶と、さまざまな料理が乗せられていた。


「あれは?」

「もちろん、宴会用の料理と酒だ」

「え、宴会?」

「そうだ。我らヒノモトの民は、今の季節、このサクラを眺めながら外で酒を飲んだり料理を楽しむ花見という文化がある。今日はそれを、ストリア大陸のみなさんにも味わっていただこうと思ってね」


 鑑賞会などという大袈裟な名前がついていたから、てっきりかしこまった式典なのかと思いきや、実はヒノモト式の宴会であったのだ。


「あ、それから」

「まだ何かあるんですか?」

「いや……これはもうちょっと後で話そう」

「?」


 タキマルはまだトアに報告をしたいことがあったようだが、それは後日話すという。

 

 こうして始まったヒノモト式の宴会――花見は、後から合流したエノドアの一団も巻き込んで盛大に行われたのだった。

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