第255話 懐かしい味

「はあ~……さすがにちょっと疲れたわ」


 屍の森を歩くクラーラは、額の汗を腕で拭うと、手近にあった大きめの岩に腰を下ろしてそう言った。


「ちょっと休憩にしましょうか」

「わふっ! そうしましょう!」

「今日はいつもより気温高めですから、体調には気をつけていきましょう」


 クラーラのひと言をきっかけに、エステル、マフレナ、ジャネットの三人も座り込み、持ってきたドリンクを飲んで一休み。


 四人が森へやってきたのは、この時期にしか採れない山菜を収穫するため――というのは半分口実であり、本来は別の物を手に入れるため森へ来ていた。




 事の発端は前日。

 マリアムの突然の来訪から始まった。


 親交を深めているセリウス王国とヒノモト王国――その両国の王家と関わりがあるトアに、式典と舞踏会の招待状が贈られた。

 マリアムがパーベルへ戻った後も、トアはずっとそれを引きずっているようだった。

 心情としては、光栄であり、喜ばしいと思う反面、自分のような者が出席してもいいのだろうか、クレイブ、エドガー、ネリスのように、名家の出身ではなく、田舎村の木こりの息子である自分が――という葛藤があった。


 むろん、招待状を贈ったセリウス側の意図としては、そういった家柄によるものとは別にある。廃棄された無血要塞をベースにした要塞村の名を大陸中に轟かせ、各国王族からも一目置かれるほどの存在にまで成長させた村長としての手腕と、大戦後、人間との接触を拒み続けてきたエルフやドワーフといった種族、さらに、英雄である八極からも信頼を置かれているその人柄を高く評価しての招待であった。


 それでも、トアとしてはあくまでも「みんなで作り上げてきた村」という意識が強いため、自分ひとりが高評価を受けることに戸惑っている様子だった。

 

 そうした深い悩みの中にいるトアを救おうと、エステルが発起人となって、トアが大好物だというある食材を求めて森の中へと入ったのである。




「トアが舞踏会ねぇ……なんだか私まで信じられない気持ちだわ」

「わふぅ、そういえば、『ぶとうかい』ってなんですか?」

「う~ん……分かりやすくいえば、みんなで食事をして踊る――かな」

「わっふぅ! つまり宴会ですね!」

「それはちょっと違いますよ、マフレナさん。と言っても、私も具体的にどんなことをやるのかは知らないんですけど」


 エステル以外の三人は、正直なところ、トアがあそこまで深く悩んでいる意味を理解しかねていた。人間の政治にこれまで関与した経験がないため、仕方のないことなのだが。


 一方、舞踏会のもつ重要性を理解しているエステルにとっては、トアの悩みについて理解できるため、三人にも分かりやすいよう説明していった。


「――と、いうわけで、トアが悩んでいる最大の理由は、セリウスの王族関係者や貴族、そして、ヒノモトからいらっしゃる要人の方々の中に、自分が入っても大丈夫なのかっていう点なの」

「トアなら問題ないんじゃない? ……パパが言っていたわ。今みたいに他の種族と自然に交流できるのは奇跡だって。その奇跡を起こしたのは間違いなくトアなんだから、招待されるだけの実績はあるわよ」

「わふっ! 私もお父さんから聞きました!」

「私も父から似たような話を聞きましたよ」


 アルディ、ジン、ガドゲル――人間界ならば要人クラスであっても不思議ではないこの三人の子どもであるクラーラ、マフレナ、ジャネットが言うと、とても説得力があるなぁ、とエステルは素直にそう思った。


「……そうよね。トアはもっと自信を持つべきよね」

「堂々としていればいいのよ」

「それくらいの偉業を成し遂げた人でもありますし」

「わふわふっ!」

「戻ったら、みんなでそのことをトアに伝えましょう。――その前に、トアを元気づけるためにも、目的の物をゲットして振る舞ってあげないと」

「「「おー」」」

 

 女子四人は気持ちも新たにして、さらに森の奥へと入っていった。



  ◇◇◇



「はあー……」


 夕暮れが迫る頃。

 トアはナタリーから市場について、進捗状況の説明を受けると、自室へと戻り、ベッドへと仰向けになって天井を眺めながら深いため息をついた。


 原因はもちろん舞踏会について。

 明日の鑑賞会については、招待状の中身を見る限り、それほどかしこまったものではないようで、パーベル市長のヘクターをはじめ、見知った顔も出席していた。


 だが、セリウス王都にある城で行われる舞踏会は、そういうわけにもいかない。招待状にはヒノモト王家の人間が一週間ほどセリウス王国に滞在し、国内を視察したり、行事への参加を予定しているらしく、舞踏会はその締めくくりで行われるようだ。

 つまり、短いとはいっても、一応は準備期間がある。

 その間に、トアは舞踏会に参加しても問題ないようにマナーをマスターする必要があった。


「もうちょっと期間があればなぁ……」


 マリアムの話では、ツルヒメの「トア村長に会いたい」という希望から、急遽参加が決まったらしいので、そうした事情も向こうは汲み取ってくれるのだろうが、だからといって無策で行くわけにもいかない。


 マナー講師役に、元王族であるケイスに依頼をしており、明日の鑑賞会後から特訓を始めることになっているが、不安は尽きなかった。

 そこへ、


「トア、ちょっといいかしら」


 部屋をノックする音と、エステルの声がした。


「ああ、大丈夫だよ」


 ベッドから飛び起きて、エステルを迎え入れる――と、入ってきたのはエステルひとりだけではなかった。


「クラーラ? それにマフレナにジャネットも……みんなどうしたの?」


 女子四人は何やら固まって、それぞれ目配せをすると、トアへある物を差し出した。


「っ! こ、これは……」


 四人が差し出し物はケーキだった。

 それも、このケーキはただのケーキではない。


「母さんのケーキ……?」


 今となってはほとんど薄れてしまっている両親との記憶。その中でも特に強く残っているのが、毎年の誕生日で母が作ってくれる果実たっぷりのフルーツケーキだった。

 四人が持ってきたケーキは、それを見事に再現してある。

 恐らくエステルから情報を得たのだろうが、見た目は完璧に母のケーキだった。

 

「で、でも、どうしてこれを……」

「トアを元気づけようって、みんなで考えたのよ」


 照れ隠しのつもりか、そっぽを向きながらもクラーラはそう答えた。


「わふっ! みんなで協力して作りました!」

「トアさんに元気を出してもらいたくて……」

「みんな……ありがとう。ありがたくいただくよ」


 早速一口食べてみる。

 すると、さらに驚くべきことが。


「おいしい……というか、あの時に食べたケーキと同じ味だ」

「そうなの。苦労したんだから」


 エステルがドヤ顔で語る。


「で、でも、ここじゃ手に入らない物だって――あ、リディスか!」

「残念ながらハズレよ。食材は私たちが現地で調達してきたんだから!」


 今度はクラーラがふんぞり返った。


「げ、現地って……」

「屍の森では、条件が合った年だけ、トアさんたちが住んでいたシトナ村と同じ果実が育つらしいんです」

「わふっ! その条件の合う年というのが、今年だったんです」


 ジャネットとマフレナも自信ありげに語る。

 それを聞き、トアは自分のためにそこまで苦労してくれた四人へ、言葉にできないほど深い感謝の気持ちを抱いていた。


「……本当にありがとう、みんな。なんか、うまい言葉が思い浮かばないけど、本当に嬉しいよ」

「そう言ってもらえたら、私たちも嬉しいわ」


 エステルの言葉に、他の三人は深く頷いた。


 そんな四人が作ったフルーツケーキを食べていると、これまでの不安が払しょくされていった。頑張るぞ、というヤル気が漲ってくる。


みんなの――そして、この村のためにも。


 決意も新たに、トアは鑑賞会と舞踏会への参加に意欲を見せ始めたのだった。

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