第257話 トアの異変
鑑賞会終了後。
トアはケイスを師として、一週間後の舞踏会へ向けた特訓を開始した。
「あたしって、剣とか魔法とかよりもダンスが好きだったよねぇ」
と語る、元第二王子で現要塞村常駐のオネェ医師ケイス。
今のトアにとって、実に頼もしい存在だった。
そんなわけで、ここ三日ほど、トアはケイスと共に行動をしていた。
特訓開始から四日目の早朝。
「さあて、今日も朝から鍛錬よ!」
まだ朝霧が残る中、日課となっている朝の鍛錬に挑むクラーラ。
要塞の中庭で、いつものように軽めのメニュー(素振り千回)から入っていこうとしたのだが、どうやら先客がいたようだ。
中庭の方から、「ブン、ブン」という空気を斬る音が聞こえてくる。
「あ、トアね」
クラーラの心がちょっと弾む。
というのも、最近のトアは特訓&特訓の日々で、あまり話すことができなかったからだ。今なら、誰の目を気にすることなくトアを独占できる――そう考えたクラーラは小走りに中庭へと向かった。
すると、やはり思った通り、トアが素振りをしていた。
「おはよう、トア」
「やあ、おはよう、クラーラ」
「私も一緒に素振りしていい?」
「もちろん」
こうして始まったふたりの剣術特訓。
そのうち、各部屋から村民たちが起きだしてきて、気がつくと辺りはすっかり明るくなっていた。
「そろそろ切り上げようか」
「そうね」
人が増えてきたことで、朝の特訓を終了しようとした――その時、
「きゃっ!」
小さな悲鳴が、クラーラの耳に飛び込んできた。
「……え?」
まるで女の子のような反応を示したのは――間違いなくトアだった。
「ト、トア?」
「うん? ――ああ、ごめん。剣を掴もうとしたら、柄のところに虫がいてさ」
「そ、そうだったんだ」
何でもないように振る舞うクラーラ。もしかしたら、さっきのトアらしからぬ反応は自分の聞き間違いだったのかもしれない。
そう思い始めていたのだが、
「トア村長~」
「あ、ケイスさん」
「…………」
ケイスの登場により、事態は一変する。
「あら? クラーラちゃん、顔色悪いわよ?」
「……いえ、大丈夫です」
いつになく低姿勢のまま、クラーラは退散した。
◇◇◇
「由々しき事態よ」
その日の午後。
一通りそれぞれの仕事を終えてから、クラーラはエステル、マフレナ、ジャネットの三人に円卓の間へ召集をかけていた。
議題はもちろん今朝の「衝撃! トア、オネェ化か!?」である。
最初は三人とも「そんなバカな」というリアクションだったが、ここ数日のトアの言動に中に「もしかしたら」と思わせるものがいくつかあったようで、徐々に表情が曇っていった。
「わ、わふぅ~……も、もし、トア様が男性しか好きになれなくなっちゃったら……」
「…………」
「ジャネット様、『それはそれでアリね』みたいな顔はやめてください」
「し、してません!」
「このままでは、今巷で噂の《ドワー腐》になってしまうのではないかと、息子として心配しております」
「なんですかそれ!?」
「……まだ実子になることをあきらめてなかったのね、フォル」
「ていうか、呼んでもないのになんであんたがここにいるのよ!」
クラーラの回し蹴りが、いつの間にか参加していたフォルの頭部を蹴り飛ばす。
「僕は純粋にみなさんを心配してやってきたのですよ」
壁に突き刺さった頭を回収したフォルは、真剣な口調で女子たちに訴える。
「正直に言って、今回のみなさんの対応はいささか甘いと感じています」
「「「「!?」」」」
いつになく厳しい口調のフォル。
これにはエステルから反論が出た。
「そ、そうは言っても、トアとケイスさんは今師弟関係みたいなものだし、トアの中身が変わったわけでも――」
「師弟関係だけで済めばいいのですがねぇ」
含みを持たせたフォルの言い方――それは、その場にいた全員を不安に陥れた。
「今、マスターは人生の岐路に立っていると言って過言ではないでしょう」
「き、岐路? どういう意味ですか!?」
マフレナが尋ねると、フォルはゆっくりと語り始める。
「このまま、ケイス様の世界へ浸ってしまえば――」
……………………
…………………………
………………………………
「ケイスさん! 俺はあなたが好きだ!」
「トア村長……こんなおじさんでいいの?」
「ケイスさんがいいんです!」
「ふふ、嬉しいわ、トア村長」
「ケイスさん……」
「ちょっと待ったぁ!!!!」
「「!?」」
「トア……そんなおっさんよりも、幼馴染である俺を選ぶべきだ!」
「クレイブ!?」
……………………
…………………………
………………………………
「ちょっと! 最後の方で余計なのが混ざって訳分かんなくなったんだけど!」
「そうよね……同じ幼馴染なら……私を選ぶべきよね」
「そういう問題じゃない! あと、遠くを見つめない!」
「しかし、あり得なくはない未来かと」
「あり得てたまるかぁ!!」
クラーラ、渾身の右ストレートが炸裂。
結局、会議は紛糾し、まとまりを見せそうになかったが、エステルの提案した「ケイスとの特訓に日替わりで誰かが付き添う」という妥協案が採用されることとなった。
◇◇◇
要塞村から少し離れた森の中。
その中でも、少し小高い丘になっている場所に、その人物はいた。
「あそこが……要塞村か」
愛馬の手綱を握る手に力が入る。
真っ直ぐに、要塞村を見つめて、青年はさらにこう呟いた。
「今行きます――兄さん」
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