第258話 ダンス特訓と来訪者

 エステルたち「トア、オネェ化問題」について議論を交わしている間も、ケイスとの舞踏会に向けた猛特訓は続いていた。


「はあ、はあ、はあ……」

「じゃあ、ちょっとここで休憩にしましょうか」

「い、いえ、まだやれますよ……」

「膝がガクガクじゃないの。朝からぶっ通しで踊り続けてきたのだから無理はないけど。とりあえず、呼吸を落ち着かせましょう」

「は、はい」


 トアは崩れるようにその場へとしゃがみ込むと、持ってきたフォル特製ドリンクをがぶ飲みする。

 これまで、聖騎隊養成所でさまざまな厳しい訓練を乗り越えてきたトアだが、このダンスの特訓はそれとはまた違った方面での厳しさがあった。


「もう少し期間が空いていれば、じっくりマスターできたのだけど……」


 教える側のケイスも苦悩の表情だ。

 教え子のトアは、ハッキリ言って優秀だ。物覚えがよく、センスもある。さらに、毎日鍛錬を怠らずに鍛え続けていたため、体のキレも抜群。それでも、やはり圧倒的に練習時間が足りなかった。


 ――と、その時、なんだか背後から視線を感じたので振り返ってみると、


「? マフレナ?」

「わふっ!?」


 ダンスの特訓場として使用している部屋のドアが少し開いており、そこからこちらの様子を覗き込むマフレナの姿があった。


「俺に何か用があった?」

「あ、え、えっとぉ……」


 いつもの天真爛漫さは鳴りを潜め、なんだかしどろもどろになっている。

 

「ああ、ちょうどよかったわ。マフレナちゃん、もし時間があるのなら、トア村長の特訓相手になってくれないかしら」

「わふっ?」


 なんとなく、マフレナがここへやってきた理由を察したケイスは、そのマフレナにトアのパートナー役をしてくれないかと願い出た。


「確かに、一緒に踊ってくれる人がいてくれたら、より本番に近い形で練習ができますね」

「わふっ!? お、踊るんですか!? わ、私、やったことないですよ!?」

「大丈夫よ。トア村長がエスコートしてくれるから」

「頼むよ、マフレナ」

「わふぅ~……」


 トアにお願いされたら、断れるわけがない。

 結局、マフレナはトアの特訓に付き合うこととなり、生まれて初めてのダンスへ挑戦するのだった。


「マフレナちゃんはリラックスしていればいいのよ」

「わふっ……そう言われても……」


 トアと密着し、がっちりと手を握られている状態では、さすがのマフレナでもリラックスは難しい。


「あと、疲れたら遠慮なく言って頂戴ね。――練習相手はまだあと三人いるみたいだし」

「「えっ?」」


 ケイスがチラッとドアの方へと視線を送る。

 すると、確かに人の気配を感じた。


「もしかして……」

「わふっ! みんなも様子を見に来たみたいです!」


 すでにバレているようだ、と観念したのか、ドアを開けてエステル、クラーラ、ジャネットの三人が姿を見せた。


「し、心配になってつい……」

「ごめんね、トア」

「覗き見したことは反省しています……」


 口々に謝罪する女子三人。

 トアとしては、それだけ心配してもらってありがたいという気持ちの方が強かったが、あまりにも落ち込んでいたため、マフレナのように、ダンスの練習相手になってくれたらと申し出た。もちろん、三人はふたつ返事でこれを了承する。


「助かるわ~」


 女子組の協力で、ダンスの特訓がはかどると喜ぶケイス――が、今度は窓の外に何かの気配を察したようで、勢いよく振り返った。


「ケイスさん? ――っ!?」

「トア村長も気づいたようね……誰かが来るわ」


 いつになく緊張した面持ちのケイス。

 というのも、接近してくる気配は、エノドアやパーベルといった町のある方角ではなく、屍の森を突っ切ってくるルートであったため、ここへは初めてやってくる人物ではないかと推測したからだ。

 トアたちは練習を中断し、この要塞村を目指して接近してくる者の正体を見極めるため、外へ出た。


 すると、森の奥から馬に乗ってこちらへと近づいてくる者がいるのを発見する。


「……ひとりだけ?」


 トアがまず気になったのはその点だった。

 しかも、その馬に乗っている人物――若い男性の身なりから、恐らく貴族であると思われるが、護衛の人間が周りにいないというのも疑問点だった。


 その人物はトアたちの眼前数メートル先で馬を止めると、そこから降りてトアたちの方へと歩いてくる。顔からは険しさを感じず、むしろどこか感極まっているようにさえ見えた。

 その理由は、青年の放った次の言葉で判明する。


「ケイス兄さん……お久しぶりです」

「ええ、そうね……見違えたわよ、ジェフリー」

 

 直後、激しく抱擁するふたり。

 トアたちに加え、騒がしくなったことで集まってきた村民たちも、これには呆気に取られている様子だった。


「え、えっと、ケイスさん……? そちらの方は?」

「ああ、紹介が遅れたわね。この子はジェフリー。私の弟よ」

「ま、待ってよ、ケイスさんの弟ってことは――この人も王子様!?」

「はい。僕はセリウス王国第三王子のジェフリーです」


 ニコッと柔和に微笑むジェフリー王子。

 それとは対照的に、要塞村は「ええーっ!!!!」という村民たちの絶叫で包まれたのだった。

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