第59話 鉱山の町エノドア
「よし!」
クレイブたちが元同僚や(偽)八極を相手にオーストンの町で決死の突破作戦を繰り広げていた日から一夜が明けた。
風邪を引いていたトアだが、エステルたちの献身的な看病もあって今やすっかり元気になっていた。
「これならもう大丈夫かしら」
「ええ。そうみたいね」
「わふっ! では早速新しくできる鉱山の町を視察しに行きましょう!」
本来はフォルのテストも兼ねていたので、町へ行くのはトアとフォルのふたりだけの予定だったが、看病をしてくれた三人組も心配だからとついてくることになった。
新しい鉱山の町へ向かう道中、数匹のモンスターと遭遇。病み上がりという理由でトアは戦闘に参加せず、エステル、クラーラ、マフレナ、そして新機能搭載により魔力切れの心配がなくなったフォルがすべてを蹴散らした。
「この辺りは今まであまり来たことがなかったけど、結構モンスターがいるんだね」
「しかもあまり遭遇したことのないタイプばかりです」
戦況を見守っていたトアがそう分析すると、それにフォルが追加情報を乗せた。
「相変わらずエステルの魔法って凄いわね」
「そんな、クラーラの剣術だって……ただ、それよりも強烈なのが……」
「まあ、あれは初見だとビックリするわよね」
「わふっ?」
エステルは初めて見る金狼状態のマフレナに驚いていた。
狩りをする時はさすがに通常状態で行うため、今回のようにモンスターとガチで戦い合う時くらいでしか披露しないためだ。
そうした小競り合いを何度か繰り返し、たどり着いたのが件の鉱山だ。
「うおぉ……」
初めてその鉱山を目の当たりにしたトアは思わず感嘆の声をあげる。
デカい。
率直にして最大の印象がそれだった。
正確な標高は耳にしていない。しかし、天を貫くその高さはこれまで見てきたどの山よりも大きかった。
「こ、こんな山がそれほど離れていない位置にあったなんて……」
「鋼の山より大きいわね」
「私もこんなに大きな山は初めて見たわ……」
「わふぅ……」
「私の記憶にも該当するものはすべてあの山よりも小さいですね」
初めて見る鉱山の迫力に呆然としながらも、五人は先行しているジャネットたちドワーフ族と合流するため町を目指した。
◇◇◇
鉱山の町として建設予定の場所は周囲に比べてわずかに盆地となっていた。
そこに、まだ住人のいない家屋が並んでいる。
家屋だけではなく、集会場などの共有施設なども随時建設しており、町のあちこちではドワーフたちの活気溢れる声が響いていた。
「凄いな。まだ短期間だっていうのにもうこんなに完成したのか」
「話では鋼の山にいるドワーフも総動員しているようです」
「町をひとつ丸々造るってわけだもんねぇ……あの人たちが燃えないわけないわよね」
鋼の山のドワーフと面識のあるクラーラやフォルはその性格を知っているため、彼らが嬉々として今回の町造りに協力したことが読める。
だが、エステルやマフレナのように初めて出会う者たちの印象は違っていた。
「わ、わふぅ……町を丸ごとひとつ造っちゃうなんて」
「私たちには想像できないスケールね」
いつもは要塞村に関係のある建造物などを手掛けている彼らが、生まれ故郷である鋼の山に住むベテランドワーフたちと手を組んで町を完成させていくというスケールの大きさに圧倒されているようだった。
町へ到着したトアたちを最初に出迎えたドワーフは要塞村の住人でもある少女――ジャネットであった。
「トアさん! それにみなさんも!」
ジャネットはトアたちの到着を歓迎するため駆け寄る。
「昨日、差し入れを持ってきてくれたオークのメルビンさんから体調を崩したと聞きましたけど、もうお加減は大丈夫ですか?」
「問題ないよ。みんなの看病のおかげで回復したから」
健在ぶりをアピールし終えたトアは早速町の様子について尋ねた。
「新しく鉱山で働く鉱夫さんたちの様子はどう?」
「経験者も多く、体力には自信があると豪語する方たちばかりなのでそちらの心配は大丈夫と思います。あとは技術的な面ですかね。ただ、とても向上意欲のある方々なので体得するのは時間の問題かと」
「町の建設については?」
「こちらも概ね予定通りです。来週には一部住居への移住も開始する予定です」
「本格的に操業するのはいつくらいになりそう?」
「父がファグナス様と打ち合わせた際には一ヶ月後を目途にすると言っていたそうです。今のペースを維持できれば問題なく間に合うはずです」
つまりはあらゆる面で順調だ、ということらしい。
「そうそう。先ほど、ファグナス家の執事さんたちがこちらへいらして、あと数時間後にファグナス様が到着されるそうですよ」
「ファグナス様が?」
「ええ。なんでも、新しい町の治安を守るための自警団メンバーが今日到着するようなのですが、その人選はファグナス様の肝煎りで決まったそうですよ?」
自警団のメンツはファグナス自らが選んでいるらしい。
「ファグナス様が選んでいるのならそれだけで信頼ができるよ」
トアの他四人も深く頷く。
今や要塞村の中でファグナスの信頼度はかなり高い値となっていた。
そんなトアたちのもとへひとりの男が近づき、声をかけた。
「おお! あなたが噂の少年村長ですな!」
威圧感さえ覚える分厚い筋肉に輝くスキンヘッドの偉丈夫。
武骨な手でトアに握手を求めてきたこの人物の正体をジャネットが教えてくれた。
「ああ、ご紹介しますね。こちらはシュルツさんといって、この鉱山の町エノドアの町長を務める方です」
「初めまして! よろしくお願いします!」
ニコニコと微笑む町長シュルツ。
なんでも、彼は東にある某国の鉱山で長年に渡り鉱夫たちのまとめ役を担ってきたが、そこが閉山となり、行き場をなくしていた。そこへ、その豊富な実績と誠実な人間性を高く評価したファグナスにここを紹介され、やってきたというわけだ。
――ちなみに、トアが手配犯であるということをシュルツは知っていた。
しかし、ファグナスからトア・マクレイグという少年がどのような人物であるかを懇々と説明されたこと、そしてこうして直に会い、その人間性を確かめたことで、手配書の件が手違いであると理解したようだった。
シュルツとの自己紹介後は、鉱山で働く予定の者たちと挨拶を交わしていった。
この町にとって最初の取引相手が要塞村となる。
とはいえ、要塞村では現金を使用しているわけではないので、物々交換が主流となる予定でいる。なので、彼らが本格的に鉱産資源を流通させる相手の一番手としては最も近い位置にあるロドンの町となるだろう。
「はあ……さすがにちょっと疲れたな」
ドワーフたちが休憩所として利用している建物で、トアはようやく一息ついた。
職人たちとの挨拶が終わると、到着したファグナスとも町の様子や今後について少しの時間であったが話し合った。
この時、ファグナスからある提案がもたらされた。
「要塞村で育てている野菜や果実や家畜、それに漁で得た魚などをここで売ってはもらえないか? もちろん、君たちの生活を最優先してもらった上での話だが」
トアはこれを承諾した。
食糧問題については今のところ問題ないし、現金が手に入ることで村人たちも自分の好きな物を買えるようになるだろう。
そうした話を終えると、さすがに疲れからため息が漏れた。エノドアへ到着してからというもののずっと視察やら会談やらで休みなく動き回っていたため、トアの顔には疲労の色が濃く見える。
「お疲れ様、トア。はい、飲み物」
「ありがとう、クラーラ」
しかし、そんな村長の頑張りの甲斐もあり、エノドアの人々のトアの評判は上々のものになっていた。これから長い付き合いになるだろうこの町の人々こうして友好関係を築けたのはとても大きな価値がある。
だから、すぐにまた仕事がやってくる。
「トア村長。自警団の面々が到着したようだ」
ファグナスが呼びに来たので、トアは腰をあげて外へと出る。その後に、エステルたちも同行した。とりあえず、町の中心広場で落ち合うことになったらしいが、そこへ姿を現した三人組に、トアとエステルは絶句するほど驚いた。
「久しぶりだな、トア」
「元気そうね、エステル」
「バカンスどころか永住しに来たぜ」
クレイブ、ネリス、エドガーの聖騎隊同期の三人だった。
「さ、三人ともどうしてここに!? それになんかすっごいボロボロだけど一体何かあったの!?」
いろいろとツッコミたいトアは一通り喋り、自警団に入ることを希望したという三人の意思を聞くと、大きく深呼吸をし、自分の思いを口にした。
「またみんなと一緒にいられて嬉しいよ」
「私もよ」
トアとエステルが三人にダイブするような格好で抱きつき、クレイブたちはそれをしかと受け入れた。
その光景を眺めていたクラーラは踵を返して建物の中へと戻ろうとする。
「どちらへ?」
フォルが問うと、クラーラは小さく笑いながら答えた。
「友人同士、水入らずで語りたいこともあるでしょう」
「わふっ! 私たちはしばらく他所へ行っていましょう!」
「同意見ですね」
「……確かに、それが正解のようです」
同行者四人とも、もちろんトアとエステルの友人たちに興味はあるが、とりあえずそれは後にしておくと自重した。
再会を果たしたトアたちは、それからしばらくの間、思い出話に花を咲かせていた。
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