第87話 調査
嵐が過ぎ去った翌日は、まるでそれまでの荒れた天候が嘘であったかのように見事な快晴となった。
トアは雲ひとつない青空を掴むように手を伸ばし、大きく息を吐く。
すでに村人たちはそれぞれの仕事に向かって準備を進めていた。といっても、本日は主に暴風雨の後片付けがメインだ。
トアも早速リペアとクラフトによる修繕作業に取りかかるべく歩きだした――その時、トアの動きを止めるように声をかけられた。
「村長ぉ! ちょっといいですかぁ!」
声の主はオークのメルビンだった。
彼をはじめとするモンスター組は漁が可能かどうか川の増水具合をチェックしに行ったのだが、あの慌てふためく様子からするに何かよろしくない事態が発生したようだ。
「どうしたんだ、メルビン」
「川に異変が起きているのです!」
「異変?」
彼らが漁場としているキシュト川に何やら異変が起きたというのだ。より詳細な情報を求めたのだが、彼らは「とにかく見てもらえれば!」とトアへ川に来てくれと要望を出す。
「分かった。すぐに行くよ」
トアは数人の仲間に声をかけると、メルビンたちと共にキシュト川へと急いだ。
「これは……」
川へたどり着いたトアたちはそこに広がる光景に開いた口が塞がらなくなった。
前日の大雨により川は増水。いつもは水面に陽射しが反射してキラキラと輝のだが、本日は土砂の混じった薄茶色に水が猛スピードで流れている――そこまではトアたちでも想像できる情景であった。
問題の元凶はトアたちの反対側の岸にあった。
「あれって……船よね?」
「確実に船ですね」
同行したエステルが確認するように尋ねると、その横に立つがすぐさまそう返事をする。さらにローザが続いた。
「パーベルに停泊予定じゃった船が昨夜の嵐で操縦できなくなりここまで流れてきたか、或はもともと停泊しておった船が暴風によりここまで流されたか……いずれにせよ、あれはただの商船というわけではなさそうじゃのぅ」
愛用の杖をクルクルと回しながら、ローザは鋭い眼差しを打ち上げられている船を見つめていた。
ローザの指摘はトアも考えていたことだった。
フェルネンド王国聖騎隊養成所にいた頃、海洋実習で港町を訪れた際に何隻か商船を見たのだが、目の前に横たわる大きな船はそのどれにも当てはまらない、独特なデザインをした船であった。
「まさか王族が乗っているとか?」
「王族って……王様ってことですか!?」
「王様とは限らないかもしれないけど……とにかく偉い人が乗船しているかもしれないわ」
「うん……俺もそう考えていたとこだよ」
クラーラとマフレナの会話にトアが割って入る。
「どう見ても普通の船じゃないし……もしかしたら別大陸から来た船かもしれない」
「だとしたら、船がなくなって船員たちは困っているかもしれないわね」
「パーベルに持っていこうにも、さすがにあそこまで崩れておると復元は難しいじゃろう。一から造った方が早そうじゃ」
「とりあえず、あの中に人がいないかどうかチェックしてみます」
そう言った直後、フォルの兜の目の部分が赤く光りだした。これまでにない行動に驚いた一同を代表し、トアが尋ねてみる。
「な、何やってんだ、フォル」
「ジャネット様が考案した追加装備です。サーチ機能と呼ばれるもので、これにより一定の範囲内なら建物の中にいようが、そこにある種族別に生体反応の数を正確に把握することが可能です」
「いつの間にそんな機能を……」
「嵐が発生し、ジャネット様がエステル様の部屋に招待される直前まで改修作業が行われていたのです。もっとも、誰かさんの飛び膝蹴りで危うく台無しとなるところでしたが」
「……悪かったって謝ったでしょ」
昨夜の件を思い出し、頬を赤らめながらそっぽを向くクラーラ。
しばらくの間、クラーラはこのネタでフォルにいじられそうだ。
「まあ、ともかく、ジャネット様の回収により新機能を搭載して生まれ変わった僕……差し詰め《フォルMk―Ⅱ(マークツー)》とでも言いましょうか。まだまだ新機能は他にも搭載されていて――」
「いいからさっさとそのサーチ機能っていうので船の中に人がいるのかいないのか探しだしなさいよ!」
フォルの新機能お披露目はお預けとなったが、とにかく新装備サーチ機能の対象を座礁している船に限定する。
「! な、なんということでしょう」
サーチを始めた途端、フォルから驚きの声が漏れる。
「その反応からすると、船の中にはもしかして……」
「はい、マスター……生存者がいます。全員人間です」
「で、でも、ここからは確認できないわ」
「わふぅ……外に出てきている人がいません」
「船の中で怪我をして動けないでいるのかも!」
「クラーラの言った可能性が高いと見て間違いないな。メルビン! あるだけの船を出してくれ! みんなであの船に向かうぞ!」
「はい!」
トアはメルビンに船の準備をするよう指示を飛ばす。
準備といっても、木造の小さな船なのでオールを使って対岸に行くだけだ。準備をしている間、トアはこの状況をパーベルのヘクター町長に知らせる必要があると考え、町長と面識のある冥鳥族のアシュリーに現状報告へ向かうよう依頼。さらに数名のゴブリンに村へ戻って応援を頼むよう指示を飛ばす。
そうこうしているうちに準備は整い終わり、トアたちは急いで座礁した大型船内部へと入り込んだ。
そこで複数のグループに分かれ、手分けして船内を捜索することに。
「内装も……この辺りの船のものとは違うな」
「そのようですね。やはり他の大陸から来た船のようです」
この世界に人が住む大陸は全部で五つあると言われている。
トアたちの住むストリア大陸はその中で二番目に大きな大陸だ。
「マスターならば、この船をどこから来た船と想定しますか?」
「ここだけで判断するのは難しいけど、恐らくジア大陸辺りかな……さらに言うならヒノモト王国かも」
「ほう、さすがに鋭い勘をしておるのぅ」
トアとフォルが残骸をかき分けながら進む中、杖と共に愛用している箒に腰を下ろしてふよふよと浮遊しながら進むローザが感心したように言う。
「ワシの見立てとしてもトアと同じじゃ。これはヒノモト王国から来た船じゃろう」
「ジア大陸のヒノモト王国……確か、このストリア大陸からは北に位置する島国でしたか。僕のいた旧帝国でも何度か話題にあがっていた国ですね」
「そうじゃ」
「あそこって、食事や服飾とか、かなり独特な文化を持った国ですよね」
「知っておるのか?」
「養成所時代にヒノモト出身の同期がいたんですよ。……うん?」
ヒノモト王国という単語が出てから、トアの頭に何か引っかかりがあった。
なんだろう。
凄く大事なことのような気がするのだが、うまく言葉に表現できないというか――
「! マスター! あそこに人が倒れています!」
フォルが指さす先に倒れていたのは――女の子だった。
外見から察するに、トアたちとさほど変わらない年齢のように思える。ヒノモト王国の人間は年齢以上に幼く見えるとも伝え聞いていたので、もしかしたらもっと年上なのかもしれない。黒髪を豪華な装飾が施された髪留めでまとめており、その服装もまたこの辺りでは見かけない独特なデザインではあったが、素人目にも明らかに高価な物だと分かる、露骨に派手な装飾があった。
――などと、悠長に考えている場合ではなかった。
少女は足や腕から出血をしている。
近寄って見ると、致命傷となり得そうな大怪我までは負っていないようだが、それでも意識を失っている以上油断はならない。
「フォル、この子を外へ運ぼう」
「分かりました」
「待て待て。怪我をしておるならワシの魔法で運ぶ。お主たちは別の場所に向かった連中の援護に回るのじゃ」
「はい。では、この場はお任せします」
ローザからの助言を聞き入れ、トアとフォルは少女を任せて船のさらに奥へと進む。するとフォルがあるものを発見した。
「マスター、あれを」
「怪我人がいたか?」
「いえ……ただ、少し気がかりなものが」
そう言ったフォルの視線の先には大きな穴が開いていた。船体にこれだけの穴が開けば浸水して沈没は免れない――この船が操縦不能に陥ったと思われる原因はこの穴だろう。
「道理で水浸しなわけだ。だけど、なぜこんな穴が……」
「そのことについてですが……あの穴の周囲に焼け焦げた跡のようなものが」
「! ま、まさか……」
トアはフォルへと視線を移し、フォルは静かに頷いた。
「この船は――砲撃を受けた可能性が高いです」
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