第88話 ヒノモトから来た男

 パーベル沖数キロ地点。

 武装した三隻の船が海を漂っている。


「死体は見つかったか?」

「いえ……それが、あのパーベルという港町が思ったより警戒が厳重で」

「昨夜の嵐の影響もあるのでしょう」

「ちっ! せめて首だけでも持って帰らねば信用を得られんぞ」


 その中でも一際大きな船に乗る屈強な男。丸太のように太い腕を組み、部下ふたりからの報告に眉をひそめた。

 男はある筋からの依頼を受けてジア大陸ヒノモト王国のウラガという町から出港した船を襲ったストリア大陸の人間だ。

 

「まさかあそこまで荒れる嵐になるとは……悪運の強い女だ」


 舌打ちをし、忌々しげに遠くに小さく見えるパーベルを睨む。

 依頼内容は船に乗っている少女を殺害すること。当初の計画では船に乗り込み、乗組員諸共殺害してから沈没させる予定だった。しかし、船の進路をふさぐために放ったはずの砲撃が直撃し、浸水。コントロールを失った船は暴風雨で荒れる夜の海の彼方へと消えていってしまった。

 なので、依頼を受けた男たちは翌日から捜索を開始。今はその第一陣が戻ってきたため捜索状況の報告を受けていたところだった。

 しかし、どうにも芳しくない結果だったようで、リーダーを務める男はガクッと項垂れていた。

 直後、今度は別の部下が慌てた様子で報告にやってくる。


「た、大変です!」

「なんだ?」

「う、海の上を……人が走っています!」

「はあ?」

「ま、真っ直ぐこっちに向かってきていて!」

「急に何を言ってやがる」

「し、しかし」

「少し黙れ。ただでさえややこしい事態だというのに、しょうもない情報で引っ掻き回すようなマネは――」


 訳の分からない報告をしてきた部下を叱り飛ばそうとした次の瞬間、轟音と共にすぐ近くにあった三隻のうちの内の一隻が巨大な水柱に呑み込まれ、海の藻屑と消えた。


「な、なんだ!?」

「き、きっとヤツです! さっき海の上を全力疾走していたヤツの仕業ですよ!」


 そんなバカな――と一蹴しようとしたが、男の脳裏にある可能性が浮かび顔が引きつりだした。

 今回の件の依頼元はヒノモト王国。

 あの国自体はそれほど巨大な国というわけではない。セリウスやフェルネンドに比べればあらゆる面で小さくひ弱い。


 だが、あの国にはたったひとりだけ常軌を逸した存在がいる。


 実を言うと、男にはずっと気がかりになっていることがあった。

 戦いを仕掛けた船はヒノモト製の船にしては大きかった。海を職場として暴れ回る、いわゆる海賊を生業としている男にとって、各国の造船技術事情には詳しいという自負がある。だからこそ、あの船の仕様が気になっていた。

 あれはただの商船ではないのでは?

 そうだとしたら、そんな船に手を出した自分たちは――そんな思考が頭を巡っているうちに二隻目の船が一隻目と同じように水柱をあげて吹き飛んだ。


「か、頭……」

「ぐっ……に、逃げるぞ! もしかしたら俺たちの船を襲っているのは――」

「それはちと困る」


 男たちは聞き慣れぬ声にビクリと体を強張らせる。

 恐る恐る振り返ると、船のへりに見知らぬ男が仁王立ちしていた。黒髪に黒い瞳という典型的なヒノモト王国出身者の特徴を兼ね備えており、服装はヒノモト王国で一般的に着用されている伝統的なもの。どう見てもヒノモト人だ。


「某はヒノモトのサムライだ。ある人物がよからぬ連中に狙われていると殿から一報を受けて護衛にきたのだが……知らぬか?」


 腰を落としてそう尋ねるヒノモトから来た男。

 だが、この男がすでに二隻の船を沈めていることから、どのみちこの船も沈めるつもりなのだろうと悟った海賊の頭は腰に携えていた剣を抜き、不意打ちで斬り捨てようとする。


「死ねぇ!」


 首を跳ね飛ばそうと剣を横へ振ったが、男の体に触れた直後、剣は粉々に砕け散ってしまった。


「何ぃ!?」

「随分と手入れを怠っていたようだな。この程度で砕けるとは」


 手入れとか以前に、男の体に触れた瞬間粉々になったことが問題だ。いくら手入れをしていないとはいえ、今の手応えはまるで巨大な岩石を相手にしているような感覚であった。

 

「……それより、挨拶代わりに刃を向けるとは礼儀知らずにもほどがある」

 

 男は剣を構える。

 正確にいえばそれは剣ではない。片刃で刀身が反っている――いわゆる刀と呼ばれるものであり、これもまたヒノモト王国の伝統工芸品だ。その美しさから、ストリア大陸の国々では献上品としても人気が高い代物であるが、あまり使いこなせる者がいないということで、部屋に飾り、見て楽しむ鑑賞用としての意味合いが強かった。

 その刀で、男は今自分が乗っている三隻目の船をぶった斬った。

 船員たちは皆海に放り出され、パニック状態に陥るが、そこは腐っても海の男。木片にしがみついたり泳いで逃げたりとそれぞれの手法で命をつなぎとめる。


「某は殺生を好まぬゆえ、今日のところはこれで勘弁してやる。だが、今後は獲物を選別することだ。さもなくば……次は容赦なく叩き斬る」


 一方、斬った男はそう言い放ったあとで「ちとやりすぎたか」と反省。

 

「しまった……これではあの方の居場所が分からぬ」


 男は胸元に手を突っ込み、そこから小さな宝石が挟まった髪飾りを取りだす。金色に輝くその光はかなり眩しく、男は思わず目を細めた。


「こいつの光が失われていないということはまだ生きているという証し……船には気配を感じなかったことからすると、どこかに漂着しているようだな。よし。とりあえずあそこにある港町で情報を集めるとしよう」


 男は刀を鞘にしまうと、水面を猛烈なスピードで駆けていった。


  ◇◇◇

  

 要塞村は緊張に包まれていた。

 どういった経緯でここまで流れ着いたのか、多くの謎を残す座礁船から合計で八人が救助されたが、全員が意識を失っている状態のままだ。

それでもまだ息はあるため、要塞村にある広間に寝かせ、ローザが治癒魔法を使ってなんとか一命をとりとめたという状況である。

 一応、調査ではこの八名しか存在を確認できなかったが、あの大きな船を八人で操っていたとは到底思えないので、本来はもっと大勢が乗船していたのだろう。その大半が、昨夜の嵐で海に投げ出されてしまったようだ。

 念のため、川沿いにも生存者がいないか追加調査が行われることとなり、銀狼族や王虎族からメンバーを選出してすでに向かわせている。

 一方で、トアたちは怪我人の回復を待ちながら、今回の件について少し気になる点があるのでその相談をしにローザの部屋を訪れていた。そこには同じく八極である黒蛇ことシャウナの姿もあった。


「トアか。ご苦労じゃったな」

「まだ解決には至っていませんから気は抜けませんけど」

「立派な心構えだ。しかし、ここには頼りになる仲間も多い。せっかくだからここで少し休んでいくといい」

「あはは、じゃあそうさせてもらいましょう」


 トアはシャウナの言葉に従って腰を下ろすと大きく息をつく。

 そしてこう切り出した。


「実は、さっきの船内調査の時から気になっていたことがあるんです」

「なんじゃ?」

「あの船はヒノモト王国から来た――と聞いて、ちょっと思い出したことがあるんです」


 真剣な眼差しを向けるトア。

 ローザとシャウナは俄然興味が湧いたようだ。


「なんだい、思い出したことって」

「……いたんですよね?」

「いた? どこに誰がおったんじゃ?」

「八極に……ヒノモト王国の出身者が」

「「あ」」

「今回の事件に……八極の一角を担う《百療のイズモ》が関わっている可能性はあるでしょうか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る