第22話 次なる産業
ジャネット作の武器と防具を手渡されたのは銀狼族最年長であり、地下迷宮の探索を進言したテレンスをはじめとする要塞調査隊の面々であった。
「こいつはいい! この武器と防具があれば百人力だ!」
八極の一角を担う鉄腕の愛娘である《鋼姫》ジャネットの力作に大満足のテレンスたち。彼らには今日も要塞の詳細な情報収集を行ってもらうべく出発をしてもらう。
「何か情報やアイテムを手に入れた際には必ず一報をください」
「任せておいてくれ!」
テレンスたち総勢十名の調査隊は勇んで要塞調査へと向かった。
「さて、私たちは狩りにいきましょうか」
「わふっ!」
テレンスたちに影響を受けたクラーラとマフレナが気合を入れる。最近、何かとこの二人はつるんで行動することが多い。最初こそマフレナはトアのボディガードをしていたのだが、ここ数日はその役割をフォルへと譲り、自分はクラーラと共に狩りへと出かけている。
本来、あのようにして地を駆け巡る方が彼女の性に合っているのだろう。
ただ、トアの身を守るという使命にも誇りを持っているらしく、すぐにまたトアのもとへと帰ってくるとは言っていた。
「今日は何をしますか?」
クラーラたちを見送った後、フォルから問いかけられてトアは悩む。
とりあえず、大地の精霊たちが運営している農地の視察は決定事項だが、それからは未定であった。やるとするなら、以前も案が出ていたキシュト川での漁業の計画だろうか。
「前に計画を立てていた漁業についてなんだけど」
「キシュト川の件ですね」
「うん。……そういえば、旧帝国では漁業が盛んだと書物で読んだ記憶があるんだけど」
「確かに盛んに行われていましたね。旧帝国では祝い事の際にさまざまな種類の魚を食べるという風習がありましたので、それ用に必要となる魚を獲って売りさばくという漁師は多かったです」
「じゃあ、漁の知識とかは――」
「情報はありますよ」
なんとも頼りになる甲冑兵だ。
「だったら早速、前に話をしたキシュト川へ行ってみよう」
「まずは現場を視察するというわけですね。お供します」
トアとフォルは新たな安定的食糧確保の実現に向けて動き出した。
◇◇◇
国際河川――キシュト川。
流域面積は大陸トップ3に数えられるかなり大きな川だ。国によっては大雨の日に洪水をもたらすとして災いの権化と恐れている。
しかし、本日は快晴。
洪水どころか波一つ起きていない穏やかな水面が広がっていた。
「綺麗だなぁ」
眺めているだけで吸い込まれていきそうな雄大さでありながら、太陽の光を浴びて輝くその様はまるで星を散りばめたようであり、トアとフォルを歓迎するように大きな魚が水中から飛び上がっていた。
「まさに手つかずの自然というヤツですね」
「うん。ここなら大漁が期待できそうだな」
漁のための船はドワーフ族へ依頼するとして、問題は漁を専門にする人材の確保だ。
銀狼族や王虎族は狩猟が本業であり、地の精霊たちは農業に専念している。
「う~ん……こうして考えてみると、うちの村で漁業に向いている人っていないんじゃないかなぁ」
「銀狼族や王虎族の女性にやってもらうという手もあると思いますが」
「そうなると子守り役が不足するかな」
日中、狩りで家を空けている男衆に対し、女性陣は身の回りの世話などで忙しく、とても漁に参加できそうではない。
「いい案だと思ったけど……ちょっと考えが浅かったな」
「もう少し熟慮してから今後の方針を出すというのも手ですね」
「そうしようか。……となると、目先の重要案件としてはドワーフ族による共同浴場の建築なんだけど」
「それについては明後日にも完成する見込みだそうです」
「さすがに仕事が早いな」
普通の人間が同じように作業をしたら確実に一、二ヶ月はかかる作業だが、ドワーフ族たちは持ち前の高い技術力と疲れ知らずな底なしの体力でサクサクと作業を進めている。建築知識のない素人のトアから見ても明らかに「凄腕」と認識できるほどだ。
「若きドワーフ族のみなさんは燃えていましたよ。『こんなに大勢の人たちに利用してもらえる場所を造れるのは名誉なことだ!』と」
「そう言ってもらえるとこっちもありがたいよ」
しばらく川のほとりで話をしていたトアとフォル。
すると、後方の森の中から何やら声が聞こえた。
それは人の声ではない。獣か或は――ハイランクモンスター。
「い、今のって……」
「マスター、下がっていてください」
フォルがトアの前に出る。
しかし、それをトアは許さない。
「待ってよ、フォル。俺だって戦えるよ」
「で、ですが」
「クラーラやマフレナほどじゃないけど、俺だって元聖騎隊の一員として厳しい訓練を乗り越えてきたんだ。それに、守られっぱなしというのは性に合わないし。それに、せっかくジャネットが剣を作ってくれたんだ。こいつを飾りにしておくのは勿体ないよ」
「……こうなると、あなたは何があっても退きませんからね」
「分かっているじゃないか。さあ、一緒に戦おう」
「かしこまりました」
トアに戦わせないという当初の目的は達成されなかったが、フォルの声色はどこか嬉しそうに聞こえた。
――しかし、茂みの向こうから飛び出してきた者を目の当たりにした時、トアとフォルは思わず固まってしまった。
「グガアアアアアアアアッ!!!」
鮮血をまき散らしながらトアたちの前に現れたのはモンスターだった。豚の顔に人間の体を持つオークだ。
「お、オークか?」
「オークはハイランクモンスターではないので、恐らく襲われているのでしょう」
確かに、オークは腹部にできた傷から大量に出血をしている。
この森では何も生息しているのがハイランクモンスターばかりというわけではない。中にはオークやゴブリン、リザードマンといった通常種も存在する。
その通常種の一体であるオークを狩っているとなれば、相手は間違いなくハイランクモンスターだろう。
だが、そんなトアたちの見立てはあっさりと覆された。
「ぬおおおおおおおおおおっ!」
さらに茂みから怒号と共に飛び出してきた者がいた。それは同じオークで、こちらは手に斧を持っている。どうやら、先に現れたオークにケガを負わせたのはこっちの個体らしい。
「も、モンスター同士が戦っている?」
「ハイランクモンスターが雑魚狩りをするのはよく見かける光景ではありますが……同族同士というのは珍しいですね」
同じオーク同士の戦いということでトアたちは困惑気味だったが、ここでさらに困惑を深める事態が発生する。
「もうやめろ! ここから去れ!」
なんと、武器を持った方のオークが喋ったのだ。
これにはトアもフォルも驚愕に二の句が出ず、その場に立ち尽くして静観に徹していた。
だが、言葉を話すのは武器を持った方だけで、怪我を負った方のモンスターは雄叫びをあげながらもう一体のオークを威嚇しているようであった。
しばらくそうした膠着状態が続いたが、怪我をした方のオークが立ち上がり、その場を立ち去ると、もう一体のオークは特に追いかけるようなマネはせず、大きく息を吐いてからトアたちの方へと視線を移した。
「お騒がせをして申し訳ありません」
「あ、いえ、そんな……」
「とんでもない」
あまりにも予想外な事態が立て続けに発生したため、トアとフォルはお互いに適当な感じで答えてしまう。
「では、私はこれで失礼します」
オークは一礼をしてその場を立ち去っていく。
それからしばらく沈黙が続き、
「「ええええええええええっ!?!?!?!?!?」」
トアとフォルはほぼ同時に叫んだ。
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