第23話 喋るモンスターを探せ
「喋るモンスターじゃと?」
要塞村に戻ったトアとフォルは、まずローザの部屋を訪れ、彼女に事の顛末を報告した。
「ふむ……その存在に心当たりはないが、とても研究意欲をそそられるな。――あわよくばワシの新しい魔法で――」
何やら怪しげな表情で怪しげなことをぶつくさと呟き始めたローザ。しばらくすると、トアとフォルから浴びせられる冷ややかな視線に気づき、「コホン」とわざとらしく咳を挟んでから話を続行する。
「ともかく、昼食が終わったらそのモンスターを目撃した場所へ行くとしようかの」
「分かりました」
例えハイランクでなかったとしてもモンスターはモンスター。正直なところ、モンスターに会うというのは怖いが、あの感じからするに好戦的な感じには見受けられなかった。
今後のこともあるし、村長として頑張らないと。
使命感に燃えるトアはいつしかモンスターへの恐怖心も薄れていた。
昼食後。
トア、クラーラ、ローザ、そして同行を志願したジャネットの四人は、喋るモンスターの目撃場所であるキシュト川へと足を運んでいた。
時間がかかるかもしれないと予測し、前回の鋼の山遠征で力尽きたということもあって今回フォルは留守番となった。
「でもよかったのか、ジャネット」
「何がですか?」
「執筆活動とか工房での仕事とか忙しいんじゃないのか?」
「まあ、これは言ってみれば取材ですよ。こうして、鋼の山ではできなかった経験を積むことで創作意欲とアイディアが湧いてくるんです」
「なるほどね。一理ある」
ジャネットの父であるガドゲルも、そうした経験を期待しているに違いない。
そうこうしているうちに、一行の背後にある茂みが大きく揺れた。
「む? いよいよお出ましか?」
嬉々とした表情で杖を構えるローザ。
他の三人もすぐさま戦闘態勢へと移る。
ちなみに、ドワーフ族であるジャネットも素の戦闘能力はかなり高い。並大抵の人間ではまず歯が立たないだろう。そのため、現状ではかなり戦力として期待できる。
「ぐおおおおおおおお!」
茂みから飛び出してきたのはリザードマンだった。
二本足で軽快なステップを刻みながらあっという間に距離を詰めてくるリザードマン。しかし、そのような動きも枯れ泉の魔女の前では無駄なあがきでしかなかった。
「トロいのぉ」
ローザは杖を軽く回転させる――それだけで、リザードマンの全身はあっという間に凍りついてしまった。
「あんな凄い魔法を軽々と……」
改めて、目の前にいる幼女(外見)がかつて世界を救った英雄の一人なのだと実感した。そうしていると、再び茂みが大きく揺れ、再びモンスターが現れる。
「性懲りもなくまた来たのか――って、おや?」
そのモンスターこそが件の喋るオークであった。
「あ、さっきはどうも」
「! 先ほどの……」
オークの方もトアに見覚えがあったようだ。
「え、えっと、実は君にもう一度会いたくてここまで来たんだ」
「ここまで? ……あなた方は旅の者ではないのですか?」
「違うな――知恵の実を食し者よ」
「!?」
ローザが知恵の実なる物を口走った瞬間、オークの顔色が大きく変わった。
「あなたは……我々がなぜこのようなことになったのかご存知なのですか!?」
「まあな。詳しくはお主の住処で話そうかの」
「わ、分かりました。こちらです」
相変わらず丁寧なで柔らかな物腰のまま、オークはトアたちを住処へと案内するため歩きだした。
◇◇◇
喋るオークに連れてこられたのは川の畔からそれほど離れていない場所。
深い森の中にポツンと現れた開けた空間。
そこにはオーク以外のモンスターも数匹いた。
しかも、そのすべてが流暢な人間の言葉で会話をしていた。
「ただいま、みんな」
「おかえりなさい」
「随分と早かったな」
「うん? お客さんかい?」
「し、しかも人間じゃないか!」
「お、俺たちを怖がるんじゃないか?」
モンスターの内訳はオーク一匹、リザードマン三匹、ゴブリンが五匹、スライムが一匹の合計十匹。
そのモンスターたちはまるで人間のようなやりとりをしている。その光景を、トアたちは信じられないといった様子で眺めていた。
「す、凄い……」
「ただ喋るだけでなく、少数ながらしっかりとしたコミュニティを形成していますね。モンスターが群れることは決して珍しくはないですが……ここにいるモンスターたちは少し様子が異なるようです」
「これもすべては知恵の実のせいじゃろうな」
「そういえばさっきも言っていましたね。その知恵の実っていうのは一体何なんですか?」
トアが尋ねると、ローザはひとつ大きく息を吐いた。
「まあ、それはあいつらも一緒になって説明しようかの」
そう言って、ローザはモンスターたちのもとへと歩いていく。最初は止めようとしたトアだったが、モンスターたちの戸惑ったような反応を見て、危険性がないと悟る。
「私たちも行きましょう、トア」
「ああ……」
クラーラに促され、トアはローザの後を追って歩きだした。
モンスターたちも一緒になり、円を描いてその場へと座る。
「名前から大体の効果は察しがつくと思うが……知恵の実とはつまり食べた者に知恵を与える代物でのぅ。その知恵というのもピンキリで詳しい効果は不明じゃ」
「そんな凄い効果があるのに、詳しく調べようとしなかったんですか?」
「というか、そもそも実在しているかどうか眉唾物じゃったからな」
「帝国も調査に乗り出していたようですが、結局のところ詳細な情報を得るに至らず、断念したという記録が残っています」
「あの帝国ですら入手できなかったのか……」
しかし、そうなると新たな疑問が浮かぶ。
それは知恵を得たオークも同じだった。
「あなたが言った通り、我々はおかしな色をした木の実を口にしてから、突如としていろいろなことを理解したのです。……詳しくは説明できないのですが、霞がかっていた頭が晴れ渡ったような感じといいますか……」
「それが知恵を得たという証拠じゃろう」
「でも、どうしてそんな珍しい木の実がこんな場所に……」
「間違いなく神樹の影響じゃろうな」
トアは「あー……」と妙に納得がいった。
そんな不思議なことさえ当たり前に達成していまいそうな気配が、あの神樹からは漂っている。
「……で、お主たちはこれからどうする?」
「どうする……と、いうと?」
ローザの問いかけに、モンスターたちは首を傾げた。
どうやら、特に目的があるわけではないらしい。
それならとトアはある提案を語りだした。
「あの、もしよかったらうちの村に来ませんか?」
「「「「「えっ!?」」」」」
モンスターたちはトアの提案に心底驚いているようだった。ただ、提案自体は嬉しかったようで、リザードマンやゴブリンは直接言葉にこそしないが、口元がわずかに緩んでいた。
――が、オークだけは神妙な面持ちをしており、トアから村への招待を告げられてからしばらくすると、ゆっくりと頭を下げた。
「大変嬉しいご提案なのですが……それは受けられません」
「え? ど、どうしてですか?」
「我々はモンスター……これまで数え切れないくらいの罪を犯してきました。そんな我々が村に住むとなっては、他の住民が不安に感じるでしょう」
「あっ……」
物腰柔らかく、丁寧に応対してくれたオークたちだが、知恵の実を食べる前は本能のままに暴れ回っていたモンスターである。そんな自分たちが村へ住んだら、他の住人たちに悪い影響が出てしまうかもしれない。
トアは自分の軽率さを悔いた。
「同じ場所に住むことはできなくとも、交流は可能じゃ。お主たちに何かあったらワシらを頼るといい」
「そうそう。何か困ったことがあったら声をかけて」
「お気遣い、感謝致します」
落ち込んでいるトアを見兼ねてか、ローザとクラーラがフォローを入れた。
ふたりに感謝しつつも、トアは自らの言動を深く反省するのであった。
◇◇◇
「そう気を落とすな、トアよ」
要塞村への帰り道。
「まだお主は十四歳じゃろう? まだまだこれから多くのことを経験して成長していく年齢じゃ」
「その通りですよ、トアさん。あの提案も、トアさんの優しさがあればこそのものでした。ですから、どうか元気を出してください」
「そうよ。くよくよするなんてあなたらしくないわ」
三人から肩を叩かれて優しい言葉を贈られる。それだけで、トアの暗く沈んだ気持ちは楽になった。
要塞村がすぐ近くまで迫ってきた頃、何やら周辺が騒がしいことに気がついた。
「? 何か声がしませんか?」
「本当じゃのぅ」
「マフレナとフォルのようだけど……」
「もしかして、村に何かあったのかも!」
「急ぐぞ、トア、クラーラ、ジャネット」
ローザは指をパチンと鳴らし、愛用の箒を取り出すと、それに跨って空高く舞い上がった。トアとクラーラとジャネットはそれに遅れないよう全力ダッシュで村へと急ぐ。その途中、何やら慌てているフォルとマフレナに出会った。
「マスター!」
「トア様!」
「ふ、ふたりとも、そんなに血相変えて何があったんだ?」
息づかいも荒く、表情には疲労の色が色濃く出ている。きっと、疲れることもいとわず走り回っていたのだろう。
その理由を、ふたりは呼吸が整う間もなく話し始めた。
「じ、実は……王虎族の女の子がかくれんぼをしている最中にいなくなったみたいで」
「なっ!?」
「わふぅ……今、村人総出で探しているのですが、まだ見つかっていなくて」
「そ、それは由々しき事態ですね」
ジャネットの口調には緊張感がこもっていた。
夜はモンスターが活発に動き出す時間帯でもある。
そのため、この要塞村も周囲の警戒をもっとも重要視しており、王虎族と銀狼族の若者たちが代わり番で見張りをしている。昼間の狩りに影響が出るといけないので、ドワーフ族や大地の精霊たちにも協力を要請しているところだ。
事態を把握したトアたちはクラーラ、マフレナ、フォル、ジャネットに捜索の続行を願い出ると、急いで要塞村へと戻る。
すでにローザは到着しており、ジンとゼルエスの両種族代表から話を聞いている最中であった。
「すぐに俺たちも出ます!」
「そ、村長が自らか?」
「この村に住んでいる子どもなら俺にとっても家族同然ですから」
トアの言葉を受けて泣き崩れたのは行方不明になっている女の子の両親だった。
「そのような言葉が自然と口から出るあたり、もうお主は立派な村長じゃよ。さあ、すぐに探しに行こうか。これからさらに暗くなってくる。そうなるとちと厄介じゃ」
「はい!」
「もちろん僕もお供します」
三人が改めて森の中へ捜索に向かおうと踵を返した時だった。
「あれ?」
薄暗くなってきた森の向こうから、誰かが歩いてくる。
それは――昼間出会った喋るモンスターのオークだった。
その太い腕にはひとりの女の子が抱きかかえられている。
「っ! ミーナ!」
まず母親が駆け出した。
オークの腕に抱かれていたのは行方不明になっていた女の子だったのだ。
母親はオークの手前まできて足が止まる。相手はモンスターだ。警戒は当然だろう。ところが、オークは母親へ腕に抱いた女の子を差し出す。
「私たちの住処の近くで体を丸めながら眠っていました。泣いていたようなのできっと迷子なのだと思い、昼間にお話しをしたトアさんたちの要塞村で保護をしてもらおうと思ったのですが……こちらに母親がいらしたようで何よりです」
ペラペラと淀みなく言葉を発するオークに、銀狼族と王虎族、さらにはドワーフ族やリディス率いる大地の精霊たちさえ驚きを隠せないでいた。
混乱が大きくなってきたので、トアは昼間にあった出来事をその場でみんなに説明。知恵の実を食べて理性を学習したオークはむやみやたらにこちらへ危害を加えることがないと必死に伝える。
その甲斐あってか、オークへ礼を言う王虎族と銀狼族の面々。
オークは戸惑っていた様子だったが、全員がお礼を言い終えると「では、私はこれで」と元の住処へ戻ろうとする――と、王虎族のリーダーであるゼルエスが呼び止めた。
「ちょっと待ってくれ。……王虎族の長として、きちんと礼が言いたい」
「そんな、私は――」
「今晩は付き合ってくれ。村長、いいだろうか」
「もちろんですよ!」
ゼルエスからの提案にトアはサムズアップをして答えた。
「あ、あの、でも……私はモンスターで――」
「確かに君はモンスターだが、私たちの仲間を救ってくれた恩人でもある。それに、見たところ君は他のモンスターとは違うようだ」
「そ、それは……」
「細かいことは気にせず今日は飲もうじゃないか――友よ」
「!」
ゼルエスの放った「友よ」が引き金となり、オークは涙を流した。
その日、ドワーフ族に続く新しい仲間の加入に宴は大きな盛り上がりを見せたのだった。
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