第21話 新たな住人たち
※明日以降は毎日1話ずつ投稿予定です。時間は午前7時~8時です。よろしくお願いします。
鋼の山から帰還後、銀狼族や王虎族、そして地の精霊たちにも新しくドワーフ族が加わることを伝えた。
村長であるトアの決定なので逆らう者はおらず、むしろ全員が大歓迎をしていた。
結局、その日もウェルカム宴会を開き、トアたちは二日連続でお祭り騒ぎを体験することになったのだが、仕事熱心なドワーフたちは宴会の翌日の早朝からすでに仕事へと取りかかっていた。
鋼の山のドワーフたちをまとめる八極のガドゲルは、若いドワーフの中でも勤勉で向上心のある者たちを選抜して送ってくれたのだ。
まず彼らが着工したのは共同浴場造りであった。
ドワーフ族たちも風呂に入るのが好きらしく、是非ともこの村での建築第一号として自分たちに任せてほしいと熱意を持ってトアに交渉をしてきた。
もちろん、トアはこの申し出を快諾。
若きドワーフたちの情熱に期待をして、その建設のすべてを委ねることにした。
順調に事が進む一方で、一つ予想外だったことがある。
それは――若いドワーフたちと一緒に《鋼姫》ことジャネットもこの要塞村で暮らすようになったのだ。
これはジャネット自身の要望であった。
「もっとたくさんの人と接して、いろんな経験を積めば、もっといいお話が書けると思うんです」
娘を溺愛しているガドゲルはてっきり反対するかと思いきや、娘の一世一代の大決心を尊重すると言い、鋼の山を出ることを許可した。
宴会の翌日、トアは早速ドワーフ族たちの部屋作りを始める。
「クラフト」
いつもの通り、石や木を素材として要塞内にある部屋を住居用にリフォームしていく。限定的であるとはいえ、かけ声一つであっという間に部屋を用意してしまうトアに、ジャネットを含むドワーフ族たちはとても驚いていた。
「うーむ……さすがですな」
若いドワーフ族のリーダーを務めることになったゴランも思わずうなる。
トアの仕事はこれだけではない。
ドワーフ族といえば欠かせないのが鍛冶仕事。
彼らには共同浴場をはじめとした施設の建築だけでなく、狩りに出る銀狼族や王虎族がより安全に仕事をこなせるためのアイテム作りにも励んでもらう予定だ。
そのために必要なのが工房である。
ただ、トアには職人たちがどのような工房を望んでいるのかよく分からないため、ドワーフ族たちから意見を集め、彼らの希望に沿ったものを作るよう心掛けた。
結果、一日がかりになってしまったが、なんとか完成にこぎつける。
トアお手製の工房を見たドワーフたちは一斉に感心の声をあげた。
「おお! これまたお見事ですな!」
埃一つない新しい工房に喜ぶ若きドワーフたち。
「わあ……」
それはジャネットも同じだった。
執筆活動メインで職人としては開店休業中といっていいが、やはりドワーフ族の血が流れているということもあってか、工房を見る眼差しは他の者たちと同じで夜空に輝く星のごとく煌めていた。
「あの、トアさん」
「何?」
「この工房……早速使ってみてもいいですか?」
ジャネットからの思わぬ要求に、トアは思わず他のドワーフたちへ視線を移した。彼らはニコニコと笑顔を浮かべながら、手を差し出して「どうぞ」というジェスチャーをトアへと送った。
「もちろんいいとも。何か作ってみせてくれ」
「はい!」
眼鏡の奥にある大きな瞳が輝きを増した。
トアから承諾を受けたジャネットは袖をまくって鍛冶職人としての本領を発揮する。
その手際の良さは、素人目から見ても無駄のない洗練されたものであるとわかるほど流麗であり、まるで軽快なダンスを踊っているのかと錯覚するほどである。
「凄い……これぞまさに職人技だな」
「お嬢はただ作るだけでなく、見ている相手を魅了するのが特徴なんです」
ゴランが言ったように、トアはジャネットの一挙手一投足から目が離せないでいた。
どれほど眺めていただろうか。
ジャネットの動きが緩やかになってきたと思った瞬間、「できました」と完成を告げる声が届いた。
「え? も、もうできたのか?」
「バッチリ完璧ですよ!」
自信たっぷりにジャネットがトアへ差し出したのは――剣だった。
「これは私からトアさんへのお礼の気持ちです」
「お、俺への?」
「あなたがここへ私を導いてくれましたからね」
トアとしては、職人たちが村の発展に貢献してくれるというだけでありがたいことだったのだが、ジャネットとしてはどうしても別の形でお礼がしたいと思っていたらしい。
「最後にこの水で冷やせば――」
最後の工程として大きな壺に溜められた水へ剣を入れる――すると、ジャネットは「きゃっ!」と悲鳴をあげた。
「ど、どうした!」
「お嬢!」
心配して近寄るトアとゴラン。
怪我はしていないようだが、何かに驚いているジャネットは目を丸くしてその場に立ち尽くしていた。
「この水……一体なんですか?」
「これ? これは井戸で汲んできた普通の水だけど?」
「でも、壺の中にある水からは凄まじい魔力を感じます」
「魔力? ――あっ」
トアは思い出した。
工房に設置した水は、普通の水ではない。神樹の根が浸っている地下の湧水だ。ジャネットが感じた「凄まじい魔力」というのは、膨大な魔力を放出するとされる神樹の根から広まったものだろう。
「それってもしかして……まずい?」
「逆ですよ。見てください」
ジャネットは再びトアへ剣を差し出す。
その刃は眩い光沢を放ち、まるで鏡のようにトアの顔を映し出していた。
「これは……」
「威力向上。切れ味抜群。私が想定していた以上の出来になりました!」
興奮気味に話すジャネット。
どうやら、神樹の持つ魔力は良い影響を与えたようだ。
「これなら、周囲にいるハイランクモンスターのぶっとい骨も問題なく切り落すことが可能なはずです。さあ、どうぞ」
手渡された剣を握りしめたトアは軽く素振りをしてみる。まるで重量を感じない。木の枝を握っているような感覚だ。それでも、手近にあった大きめの石を切ってみるとまったく抵抗感なく真っ二つにできた。
「な、なんて切れ味だ……」
「どうです? 凄いでしょう?」
ドヤ顔で胸を張るジャネット。だが、その行為が許されるほど、この剣は素晴らしいできであった。これなら、トアが落ちている武器をリペアするよりもずっと高性能で心強い相棒になる。
「ジャネット、この剣をもうちょっと作ってくれないか」
「《大剣豪》持ちのクラーラさんのためにですね?」
「それもあるんだけど……持たせたい人たちが他にもいるんだ」
「分かりました。では、数を教えてください」
トアはジャネットに欲しい剣の数を伝えると、「持たせたい人たち」を呼ぶために工房をあとにした。
同じく工房から出てきたジャネットを除く若いドワーフたちは、早速共同浴場の建築に取りかかるのだという。
頼もしい仲間が増えた要塞村は、この後さらに目覚ましい発展を遂げていくのだった。
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