第393話 ジャネット母登場!② その名はエマ
エノドア鉱山で起きた落盤事故。
不幸中の幸いというべきか、死者はおろか重傷者さえなかった――が、崩れ落ちた岩盤によって道がふさがれ、身動きが取れない状況だった。
「くっ……どうすれば……」
閉じ込められた鉱夫たちのまとめ役をしていた最年長のオースティンは焦っていた。
命の危険が迫っている重傷者こそいないものの、今の状況が長引くのはいただけない。なんとか抜けだせる道はないか、ふさがれている場所を懸命に探索するが、なんの成果も得られなかった。
すると、
「そう慌てなくても平気ですよ」
この状況には似つかわしくない穏やかな声で、そう言われる。
振り返ったオースティンの目の前には、紫色の髪をしたとんでもない美人がいた。
「あ、あなたは……」
覚えがあった。
落盤事故の前日に突然姿を見せ、今回の事故を予言した女性だ。
「まさか……この事故はあなたが?」
「とんでもない。あなたも昨日、私がシュルツ鉱夫長にご忠告した場面に居合わせたじゃないですか」
「そ、それは確かに……」
「今回の件は地中を移動する鮫――グラウンドシャークが引き起こしたものです」
「グラウンドシャーク!?」
鉱山の仕事に携わる者で、その名を耳にしたことがないという者はいないだろう。それくらい、業界では厄介者として知れ渡っている存在だ。
「な、なぜそんなモンスターがここに!?」
「ハッキリしたことはいえませんが……異常事態が起きているということは断言できます」
紫髪の美人はそう言うと、オースティンの横をすり抜けて岩盤に手を添える。
「本当にいい岩ですね」
「はっ?」
唐突にそんなことを言う美人に、オースティンは思わず間の抜けた声を出す。そこで、彼はまだ美人の正体を聞きだしていないことを思い出した。
「あ、あの、あなたは一体何者ですか……?」
「あらあら、ごめんなさい。そういえば、まだ名乗っていませんでしたね」
にこやかに言った後、美人はコホンとわざとらしく咳払いをして名を名乗った。
「私はドワーフ族のエマと申します」
「!? ド、ドワーフ族のエマ!?」
その名を口にした瞬間、鉱夫たちはざわつく。
無理もない。
それこそ、鉱夫という仕事をしていれば、グラウンドシャークと同じくらいの頻度でその人物の名を耳にするからだ。
「あ、あの、世界的にも珍しいとされる《宝石職人》のジョブを持つドワーフ族の……」
「あらあら、私のことをご存知でしたの?」
「ご存知なんでものじゃないですよ!」
エマは鉱夫たちにとっては雲の上の存在である。
おまけに、夫があの八極に名を連ねる鉄腕のガドゲルということも、憧れに拍車をかけていたのだ。
「これでもう助かったも同然だぞ!」
「あらあら、気が早いわね。――でも、今回は少し待たせてもらうことにします」
そう言うと、エマはストンとその場に腰を下ろしてしまった。
予想外の行動に、鉱夫たちは慌てる。
「ど、どうしてですか!? あなたの力ならば、ここからの脱出も容易なはず!」
「単純に、あの岩盤をどけてしまうことなら可能でしょうが……事態はそう簡単なものではないようです」
「えっ?」
騒然としていた鉱夫たちはピタリと静かになった。
「ど、どういうことです?」
「先ほども言いましたが、今回の落盤事故の原因はグラウンドシャークにあります。――そして、元凶であるそのモンスターはまだこの近辺に潜んでいます」
「!?」
その場にいた全員が、エマの行動の真意を知る。
派手に暴れれば、グラウンドシャークに自分たちの位置を教えることになってしまい、負傷者を出しかねない。だが、だからといってこのままというわけにもいかない。いつまた大きな崩落が起きるか、その懸念もあったのだ。
「ど、どうすれば……」
「心配はいりませんよ」
落ち着かせるように、柔らかな口調でエマはオースティンに語りかける。
「私の娘が夢中になっている少年――トア村長がきっとなんとかしてくれます」
鉱夫たちは顔を見合わせる。
そして、ひとつ大きく息を吐いて、全員がエマのようにその場へ腰を下ろした。
「確かに、トア村長なら……きっと助けてくれますね」
「自警団もいることだしな」
「ああ、そうだ」
「何も慌てる必要なんてなかったんだ!」
お互いに励まし合いながら、エマと鉱夫は救助隊の到着をゆったりと待つことにした。
◇◇◇
同じ頃。
エノドア鉱山近く。
空にふわふわと浮かびながら、この状況を観察している者がいた。
「随分と騒がしくなってきたわね」
要塞村に最近住み始めた、天使族のリラエルだった。
リラエルは、フォルとマフレナを連れて鉱山から出てきたトアを視界に捉える。
「神樹に選ばれた少年トア・マクレイグ……そのお手並みを拝見させてもらいましょうか」
そう言うと、リラエルは近くの木の枝に足をつき、隠れてトアたちの動向を追うのだった。
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