第221話 ヴィクトールVSクレイブ+α

「! ヴィクトール……あれほど騒ぎを起こしてはダメだと言ったのに」


 群衆の中に紛れていたテスタロッサは、ヴィクトールの気配を感じてため息をついた。最初からおとなしく留守番をしているタイプではないと分かっていたが、せめて騒ぎだけは起こすなと釘を刺しておいたのに、という落胆から来るものだった。


「私の従霊たちで無理やりにでも押さえておけば――それも無理よね。はあ……ローザはよくあんな暴れ馬の手綱をコントロールできていわね」


 大騒ぎとなる前に、ヴィクトールを回収して離脱しなければならない。兵たちが集まってからでは何かと厄介だ。

 テスタロッサはヴィクトールの気配を感じ取った場所へ向かって急いだ。




 ――一方、クレイブたちの前に現れたヴィクトールはまだまだ戦い足りないとばかりに肩を回して周囲に視線を送っている。すると、


「ん? おっ? そこの色黒で青い髪の兄ちゃん……ひょっとして、オーストンで会ったヤツか?」


 クレイブと視線がぶつかると、嬉しそうにそう尋ねてくる。まさか相手が自分のことを覚えていたとは、と驚きつつ、クレイブは口を開いた。


「……そうだ」

「やっぱりなぁ……おまえはなんだか他のヤツとは違う空気を感じた。是非とも一度手合わせを願いたいものだな」


 そう言って、囚人服の男――ヴィクトールは拳を一度ゴツンと自分の拳同士をぶつけてから構えた。それに応えるように、クレイブも腰を落として握り拳を構えるのだが、


「おまえは剣を使えよ」

「何?」

「遠慮すんなよ、ほれ」

「素手の相手に使えるものか――と、言いたいところだが」


 クレイブはヴィクトールの忠告に従い、剣を抜いた。


「お、おい、クレイブ」


 さすがに素手の相手に剣を使用するのはどうかと声をかけようとしたエドガーだが、


「……これくらいのハンデがあっても全然足りないくらいだ」

「へぇ……それでも俺とやるかい?」

「オーストンの町であなたの戦いぶりを見てからずっと願っていたことだ。一度戦ってみたい――と!」


 クレイブは話し終えると同時にヴィクトールへ向けて突進。完全に意表を突いた――そう確信していたのだが、


「おっと」


 ヴィクトールは難なくこれをかわす。


「なっ!?」

「いいねぇ、おまえ。勝つための執念がヒシヒシと伝わってくるよ」


 回避されたことで大きくバランスを崩したクレイブの脇腹目がけて、ヴィクトールは強烈なパンチを叩き込む。その衝撃に、クレイブは声をあげる間もなく近くの家屋の壁に叩きつけられた。


「「クレイブ!?」」


 聖騎隊ではトップクラスの実戦成績を誇るクレイブが、成す術もなく瞬殺されたことに、エドガーとネリスはショックを隠し切れなかった。


「や、野郎!!」

「ま、待ちなさいよ、エドガー!」


 クレイブの仇とばかりに立ち向かおうとするエドガーだが、ネリスが身を挺してそれを止めた――と、ふたりの両脇を猛スピードで追加するふたつの影が。


「おっ?」


 それは真っ直ぐにクレイブへと向かって進み、やがて激突。弾き返される形でエドガーとネリスの前に姿を現した影の正体は――


「見つけたぞ! 茶髪野郎!」

「私の部下に何をする!」


 結婚式に出席していたはずのステッドとヘルミーナだった。


「うおっ!? ステッドの旦那!? ついに結婚したのか!?」

「違うわ! まだ彼女とはその……そういうことは……」

「…………」


 なぜか急激に歯切れの悪くなるステッドと少し照れ臭そうにしているヘルミーナ。


「え? 何? 私たちが見ていなかった時に進展があったの!?」

「ネリス……クレイブの存在を忘れてるだろ」


 瞳を輝かせているネリス。その姿にちょっと呆れつつも、エドガーは気絶しているクレイブを背負っていた。


「まあ、どっちでもいいけどよ。――やるのかい?」

「貴様を捕らえるのが俺の使命だからな! おまえの姿が目撃されたという情報をキャッチしたからこうしてわざわざ潜入調査をしていたのだ!」

「ステッド殿、私も手を貸すぞ!」


 妙に息ピッタリのふたりへ、ネリスが「これを使ってください!」と鞘に収まった剣を投げ渡した。


「「いくぞ!」」


 すぐさま攻撃に移るステッドとヘルミーナ。

 ――しかし、


「それじゃあダメだな」


 左右から振り下ろされた剣を、ヴィクトールはつかみ取った。


「「何っ!?」」


 剣の刃の部分を掴んでいるというのに、ヴィクトールは出血さえしていない。それどころか少し力を込めただけで剣は粉々に砕け散ってしまった。


「嘘でしょ……」

「ば、バケモノかよ……」


 ネリスとエドガーはその戦いぶりに怖気が走った。ステッドとヘルミーナも「そんなバカな……」と茫然自失。

 

「まあ、ここまでかな」

「待て! まだ俺がいる!」


 ネリスを振り切ったエドガーは、恐怖心を感じつつも「このまま引き下がれるか!」と熱くなって突っ込んでいく。ヴィクトールはカウンターを合わせようと拳を突き出すが――それがエドガーに届くことはなかった。



「「!?」」



 エドガーとヴィクトールは同時に驚愕する。

 自分たちの間に割り込むようにして現れたひとりの小柄な男。頭まですっぽりとローブをまとったその人物は、ヴィクトールの拳とエドガーの剣を同時に片手で受け止めていたのだ。これには固唾を呑んで状況を見守っていた野次馬たちも言葉を失った。


 小柄な男はふたりの動きが完全に泊ったことを確認すると手を離し、ヴィクトールのもとへと歩み寄っていく。そして、



「バカ者め。テスタロッサとイズモが吾輩たちを待っておるぞ」


 

 その口調と、わずかに見えた赤い鼻先から、ヴィクトールは男の正体を特定。


「へへ、今日は随分とちっこいじゃねぇか、爺さん」

「やかましい。ほれ、さっさと行くぞ」

「……あんたにそう言われちゃ、これ以上は無理か」


 やれやれ、とばかりに肩をすくめると、エドガーやステッドたちへ向き直る。


「悪いな、旦那。今日はここまでだ」

「に、逃げるか!」

「そうカッカするなって。旦那の執念は尊敬しているんだぜ?」


 ヘラヘラと笑いながら答えた後、ヴィクトールと小柄な男は突然その場から消え去る。魔法の類か、それとも目に見えないほどの瞬発力だったのか、そこまで解析はできなかったが、とにかくとんでもない力で移動したというのだけは誰の目にも明らかだった。


「一体……何者だったんだ……」


 呆然としながら、クレイブを背負うエドガーはヴィクトールのいた場所をジッと見つめ続けていたのだった。




 その後、クレイブたちはエノドアへと戻ってきたのだが、あれからちょくちょくヘルミーナ宛てにステッドから手紙が届くようになった。


「またステッド殿という方からお手紙ですか?」

「ああ。今は北の果てにある雪と氷に囲まれた国であの男を追っているらしい」


 手紙を持ってきたタマキにそう語るヘルミーナの顔は、自然と笑顔になっていた。








【 あとがき 】


いつも「無敵の万能要塞で快適スローライフをおくります ~フォートレス・ライフ~」をお読みいただき、ありがとうございます。


本作はカドカワBOOKS様より、2月10日に書籍第1巻が発売されます。これも読んでいただいたみなさんのおかげです。本当にありがとうございます。


現在、ツイッターにてキャライラストや予約情報などを掲載中です。

これからも要塞村の面々をよろしくお願いいたします。<(_ _)>


キャライラストや予約情報などはこちらから! 

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