第15話 浮き彫りとなる課題

 精霊族加入を祝う宴は大盛り上がりであった。

 銀狼族と王虎族たちが狩ってきた肉と、地の精霊たちが以前から保存していた野菜を持ち寄ったことで料理の質はグーンとレベルアップを果たした。もちろん、素材がいいからだけではなく、調理するフォルや各種族の奥様方の力添えがあってのことだが。


 そして――賑やかな夜が明けた。


 銀狼族と王虎族は狩りへ。

 精霊族は畑仕事へ。


 特に精霊族で栽培されている野菜が今日にも出来上がるということで、野菜を心待ちにしているトアとクラーラはウキウキしていたが、意外にも銀狼族や王虎族の人々にも、宴で振る舞われた精霊族の野菜が気に入ったらしく、楽しみにしているのだという。


 こうして、村人たちは精霊族の野菜を楽しみにしながら、自分に与えられた仕事をしっかりとこなすためそれぞれの職場へと散っていった。


「うぅむ……」


 そんな中、村長トアは朝から唸っていた。

 この日の朝早くに来客があり、その応対に頭を悩ませていたのだ。

 来客は銀狼族で最年長となる老狼のテレンス。彼はトアが要塞内の様子を探ってきてほしいと依頼した要塞調査班のリーダーであった。

 そのテレンスが、トアにある願いを申し出たのだ。

 

「なあ、村長……あんたが俺たちのことを考えて悩んでくれているっていうのは十分理解できる。だがな、こいつはやはり放ってはおけんと思うんだ」

「……それは僕も同じ気持ちで」

「だったら!」

「それでも……やはり危険すぎます」


 乗り気なテレンスに対して、トアは慎重な意見を重ねた。


「僕も同意見ですね」


 すっかりトアの秘書役が板についているフォルも続く。

 テレンスの願い出とは――要塞内を探索している最中に発見した地下空間の調査についてだった。

 ファグナス家から譲ってもらった全体図には、地下の空間に関して詳細な情報は載せられていなかった。なので、地下に関しては不透明な点が多い。

 それを明らかにしようというのがテレンスの考え。

 だが、トアはその行為に対して危険性も感じていた。

 なので、探査要員として割り当てられる人数が揃うまで、地下の詳しい調査は控えたいという旨を伝えたのだ。


「……分かった。村長に従うよ」


 最終的に渋々ではあるがテレンスは退いてくれた。

 安全性を重視したトアであったが、テレンスの熱意を

 熱意を考慮したら、なんとかしてあげたいとは思う。


「せめて、しっかりとした装備があればなぁ……」

「いくら優れた戦闘能力を持つ銀狼族や王虎族でも、さすがに危険すぎますね」


 テレンスの退室後、トアとフォルはそんなやりとりをしていた。

 銀狼族や王虎族の戦闘能力の高さは重々承知している。だが、地上とは違い、動作の限定された地下の迷宮では思ったような戦い方ができないだろう。それをカバーするためにも、最低限の装備――武器や防具が必要になるとトアは考えていたのだ。


 もちろん、みんなが暮らしている要塞村の地下に存在自体が怪しい地下迷宮があるというのはいい気がしない。なので、トアとしても早めに調査を進めておきたいというのが本音であった。


「武器や防具は要塞内に落ちている物をマスターがリペアで使用できるレベルにまで直せれば問題ないのでしょうが」

「まあな……とりあえず、地下迷宮をどうするかは、もうちょっと情報を集めてから判断しよう」

「それが賢明ですね」


 地下迷宮の件は一旦保留にしておくとして、次に取りかかったのが要塞村の改装について。

 トアはテレンスからの報告を受け、要塞の改装計画を新たに練り直していた。

 というのも、現在の居住区内における壁や天井の修復はほぼ完了しており、今後は村人たちの要望に応えようと考えていた。

 その要望を募集したところ、要塞村の住人たちからさまざまな意見が寄せられており、テレンスたちの調査結果によって使えそうな場所があれば、そこを要望に沿って改装していこうと思っていたのだ。

 村人からの意見で多かったのが風呂の設置だ。

 エルフ族であるクラーラはもちろん、意外――といっては失礼なのだが、銀狼族や王虎族からも要望があった。


 そこで、トアは大浴場の建設を思い立ったのである。

 ただ、これにはいくつか問題点があった。

 まず、現在判明しているトアの能力では完成が難しいという点。

 リペアとクラフトを駆使しても、「0から建築物を造り上げる」というのは難しい。建築にあたっては専門知識と技術がどうしても必要になってくる。


「う~む……何か解決策はないものか」

「マスター、あまり悩まれますと禿げますよ? それはもう、ヘンリー中佐殿のように愉快な頭頂部になる恐れがあります」

「俺はそのヘンリー中佐って人知らないけど、とりあえず謝った方がいいと思う」


 フォルのボケで多少気は楽になったが、それでも問題は何も解決していない。悩むトアのもとへ、次なる来客がやってきた。


「トア、ちょっといいかしら」


 クラーラだった。その後ろにはマフレナもいる。


「クラーラ? 今日はマフレナと一緒に狩りへ行くと言っていなかったか?」

「そうなんだけどさ……あなたも一緒に来ない?」

「え?」


 意外な誘いだった。

 ハイランクモンスターと遭遇したら、トアはまず助からないだろう。だから外へは出ずに自室や要塞内で作業をしていたわけだが。


「あなたの仕事については理解しているつもりだけど……たまには外に出て体を動かした方が気分転換になるんじゃない? ほら、前に言っていたでしょ? 持ち歩いているその剣は飾りなんかじゃないって」

「わふっ! 私とクラーラさんでトア様をしっかりお守りしますから、少し外に出てみませんか?」

「クラーラ……マフレナ……」


 二人なりに、トアを心配しての誘いだったようだ。

 

「マスター、僕も二人の提案に賛成です。村のみなさんのことを考えるマスターはまさに村長の鑑ですが、もう少しご自愛ください」

「フォル……」

「久しぶりに大暴れしてきてはいかがですか? 体を動かせば良いアイディアが浮かぶかもしれませんし」


 フォルは室内にあったトア愛用の剣を差し出す。


「……ありがとう、みんな。フォル、悪いけどちょっと出てくるよ」

「留守はお任せください。それと、ローザ様が起きたら出かけていることを伝えておきます」

「よろしく頼むよ」


 王都を出て以来、まともに振ったことのない剣だが、三人が言うように気晴らしにはなるかもしれない。

 トアはクラーラとマフレナについていき、ハイランクモンスターが生息する森へと入っていった。


 

 ◇◇◇



「でやあっ!!」


 大声をあげて剣を振るう。

 ズバッと真っ二つになったのは超巨大なムカデ型モンスター。

 

「うん。良い感じだ」


 確かな手応えに、トアの表情は思わず綻んだ。

 どちらかといえば座学より実践演習の方が得意だったトアにとって、久しぶりに振るった剣は、これまでと違った爽快感のようなものを与えてくれた。


「何よ、あれだけビビっていたくせに結構やるじゃない」

「わふぅ~、トア様カッコいいですよ!」


 ハイランクモンスターを恐れていたトアが、意外にも強かったことにクラーラとマフレナは素直に驚いていた。


「いや……たまたまだよ」


 剣を振るっているうちにトアは感じていた――今の自分は実力以上の力が出せている。

 剣を振る力。

 跳躍力。

 そして相手の動きを先取りしてカウンターを放てるだけの動体視力に判断力。

これらは明らかにレベルアップしている――それも桁違いに。


「まったまた~、謙遜しなくてもいいのよ!」

「そうですよ~」


 クラーラとマフレナはトアが謙遜していると思っているようだが、トア本人は自分が自分ではない気がして少し複雑だった。


 可能性があるとすれば――神樹ヴェキラか。


《要塞職人》であるトアが足を踏み入れたことでその力を取り戻したとされる神樹ヴェキラ。

 トアにはそのヴェキラが今の自分の状況と密接に関わっているのではないかと予想したのだが、現状、それを立証するのは難しそうだ。


 とりあえず、体に変調は見られないのでしばらくはこのままでも大丈夫そうだなと楽観的に考えていたら――どこからか叫び声が聞こえた。


「い、今、何か聞こえなかったか?」

「叫び声のようだけど……」

「こっちです! こっちから聞こえました!」


 五感鋭い銀狼族であるマフレナが走りだし、トアとクラーラがその後を追った。たどり着いた先でトアたちが目撃したのは、ハイランクモンスターであるゴーレム三体が誰かを取り囲んでいるところであった。


 すぐに救出をしようと、三人はゴーレムに飛びかかった。

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