第130話 クラーラ育成計画【後編】
精霊女王の魔力によって、絶滅したはずの古代植物が屍の森で発見された。その植物が持つなんらかの成分が作用した結果、クラーラは幼い子どもの姿になってしまったのである。
――というわけで、クラーラ(幼女)本人の強い要望により、お世話係をすることとなったトア。
「さあ! まずは剣じゅちゅの稽古よ!」
言動から、この村で暮らしていたことは覚えているようだが、自分の体が縮んでいることに対してまったく不信感を抱いていない――この現状から、例の植物による影響はその記憶にまで影響が出ていると考えられる。
あと、子どもらしく舌足らずで、そこは可愛いらしいと和むトア。
「……しかし、大変なことになったな」
「本当にね」
「わふぅ……」
ローザの手伝いをするため席を外しているジャネットを除くいつものメンバーの頭には、このままクラーラがもとに戻らなかったらという最悪の未来がよぎっていた。
しかし、当のクラーラはそのような心配など気に掛けることなく、自身がいつも使っている剣を引っ張り出してきて稽古をしようとしていた。
さすがにあんな小さな子どもに本物の剣を振るわせるわけにはいかないと、トアが回収に向かう。
「危ないからそんなの振り回しちゃいけません」
トアがクラーラの剣をひょいと持ち上げると、それを見たクラーラの目じりにジワリと涙がたまっていく。
「ふえぇ……」
「!? ちょ、ちょっと待って!?」
トアは要塞内に自生する木の枝を折り、それにクラフトをかけて木製の小さな剣を作り、それをクラーラへと渡した。刃の部分は丸みを強調し、安全性にも配慮したデザインとなっている。
受け取ったクラーラはあっという間にご機嫌となり、守護竜シロに跨ってフォルを追いかけ始めた。
「……放っておいていいの?」
精霊女王アネスを膝枕で寝かしつけているエステルから心配する声が聞かれたが、トアは笑顔で返す。
「フォル自身も楽しそうだし、いいんじゃない?」
「それもそうね」
「わふっ! クラーラちゃんもシロちゃんもとっても元気ですね!」
とりあえず、当分の間はこうして遊ばせておこうと決めた三人はクラーラ(幼)の活発な動きに目を細めていた。
しばらく遊んでいると、不意に動きを止めてトアたちの方へトコトコ歩いてくる。そしてそのまま座っているトアの膝を枕代わりにして寝転がった。
「く、クラーラ?」
「うにゅぅ……」
どうやら遊び疲れてしまったらしい。大きくあくびをすると、そのまま「すぅすぅ」と小さな寝息を立て始めた。
「……子どもって、自由だなぁ」
「ふふ、ホントね」
「寝顔がとっても可愛いです!」
「でも、これじゃあ動けないなぁ……」
身動きが取れなくなって困り果てるトア。そんな様子を見て、エステルがクスクスと小さく笑う。
「そうやっていると、なんだか本当の親子みたいね」
「そ、そう? 見た目的に兄妹じゃない?」
「私も親子の方がしっくりきます!」
「マフレナまで……」
親子どころか、まだ女性と付き合った経験もないトアにはまったく想像できない領域だ。
「トアがお父さんなら……私がお母さんかな」
「え? ――ええっ!?」
「ダメよ、パパ。大きな声を出したらこの子が起きちゃうわ」
からかい半分にそう言っているのだろうが、エステルの顔は本当に幸せそうに映った。
「エステル様……あれはガチですね」
「わ、わふぅ……」
フォルとマフレナはまるで本物の夫婦のやりとりを見ているような気がしてきて声をかけられなくなっていた。
そこに思わぬ来客がやってくる。
「と、トア……」
カランカラン、と派手な音がなったので三人が振り返ると、そこには装備していた剣を落とし、茫然自失となっているクレイブがいた。どうやらエノドアで採掘された魔鉱石を運搬してきたらしい。
「えっ? クレイブ?」
クールなクレイブがこれまでに見たことないほど動揺しているが、その原因はトアに膝枕をしてもらいながらお昼寝中のクラーラ(幼)とエステルという構図にあった。
「い、いつ、エステルとの間に子どもを……?」
どうやらクレイブはとんでもない勘違いをしているようだった。
「へ? あ、ああ、この子は――」
「私とトアの子どもよ」
真実を語ろうとしたトアを差し置いて、サラッととんでもない嘘をつくエステル。
「! なっ!」
さらにクレイブの驚きの色が濃くなった。
「なんの躊躇いもなくとんでもないことを言っちゃいましたね……今のエステル様は無敵ですよ」
「エステルちゃん……凄い」
エステルの大胆な言動に、フォルとマフレナはただただ感心するばかりだった。
「そ、そんな……」
「ええっと……クレイブ? さっきのはエステルの冗談だからね?」
トアはクレイブに誤解であることを告げるが、本人は相当なショックを受けているようで上の空といった感じだった。
なんとかクレイブに誤解だと説明し終える頃には夕方となっていた。
任務を終えて帰路に就くクレイブを見送った四人は要塞村の広場へと戻ってくる。
「ごめんなさい、トア。冗談のつもりだったんだけど」
「……あの顔は大真面目に言っているように映りましたが」
「うん? 何か言った、フォル」
「い、いえ、何も」
いつもは穏やかに見えるエステルの笑顔も、この時ばかりはちょっと怖いと思うフォルだった。
一方、目を覚ましたクラーラは寝汗をかいており、夕食の前にお風呂に入ろうかという流れになった。
「なら、私とマフレナがアネスと一緒に入れてくるわ。さあ、クラーラ、一緒にお風呂へ行きましょう」
「…………」
エステルが手を伸ばすも、クラーラはトアの足にしがみついて離れようとしない。
「クラーラ?」
「トアと一緒にお風呂入る!」
「「「「!?」」」」
これにはトア、アネスを抱いているエステル、シロを抱いているマフレナ、フォルの四人も動揺を隠せない。
なんとか説得を試みるも、クラーラはトアの足元から離れようとせず、ひたすらに「トアと一緒にお風呂入る!」と譲る気配がない。
「まあ……今のクラーラ様の状態だったら一緒に入っても問題ないのでは?」
とうとうフォルがそんな提案を切り出す。
「で、でも、そんなことをしたら……」
「お風呂に入っている途中に元へ戻るなんてタイミングのいい偶然は起こりえないでしょうし、何より当人が強く希望しているので」
「う、うーん……」
トアはエステルとマフレナの意見を聞こうと視線を移す。
ふたりとも、「それしかないかも」といった感じで頷いていた。
「分かった。じゃあ、俺が入れてくるよ」
「念のため、男性風呂はこの時間だけマスターとクラーラ様の貸し切りということで封鎖しておきます」
「助かるよ、フォル。――じゃあ、入ろうか、クラーラ」
「うん!」
クラーラはトアとお風呂に入ることが心底嬉しいようで、手をつなぎながらピョンピョンと小さく跳ねていた。
「お? 揃っておるな」
残された三人(+α)が心配そうにトアの背中を見つめていると、調査を終えたローザと精霊たち、そしてジャネットがやってきた。
「む? トアとクラーラはどうしたのじゃ?」
「一緒じゃなかったんですか?」
てっきり、エステルたちと共に行動しているとばかり思っていたローザとジャネットは揃って首を傾げる。
「実は、クラーラが寝汗をかいちゃっていたので、トアがお風呂へ連れて行ったんです」
「「えっ……」」
ローザとジャネットの顔が同時に曇る。
その瞬間、先ほどのフォルの言葉がまるでフラグのような予感がしてきて、エステルの顔が引きつる。
「まさか……そろそろ効果が切れるとかってことじゃないですよね?」
「……詳しく調べたところ、あの花の花弁に付着していた蜜に微量ながら魔力が含まれていることが分かった」
「普通の人間や他の種族には無害なのですが、エルフ族にだけクラーラさんに起きたような幼児退行現象が起こるみたいなんです」
「しかし、効力自体はさほど強くなく、そろそろ元に戻るから心配するなと伝えにきたのじゃが――」
ドッゴォ!
ローザの説明途中で、強烈な打撃音が要塞村に響き渡る。
「……どうやら、クラーラ様は元に戻ったようですね」
「というか、トアは死んでおらぬか?」
「さすがに大丈夫……かと」
「わ、わふぅ……」
その後、ローザの精霊たちによる調査で安全が確保されるまで、エルフ族の森への出入りは禁止となったのであった。
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