第536話 英雄の素顔
要塞村からほど近い距離にある町――エノドア。
魔鉱石の採掘で一躍大陸中にその名を知らしめた町である。
しかし、時にその名はよからぬ者たちを集めることにもつながってしまう。
「はーっはっはっはっ!」
昼下がりのエノドア。
賑やかな大通りの真ん中で、ひとりの大柄な男が高笑いをしている。その周囲にも数名の男女がいて、全員が武装していた。
「我が名は八極を束ねる《伝説の勇者》ヴィクトールである!」
「私は同じく八極の《死境》のテスタロッサ!」
「同じく八極の《百療》のイズモ!」
八極を名乗る男たちに、エノドアは騒然となる。
「痛い目を見たくなかったら金を置いていけ!」
「他にもお宝アイテムがあったら持ってきなさい!」
「隠すと見のためにならんぞ!」
二十人近い配下を引き連れて高らかに言い放つヴィクトール他多数。
そこへ、騒ぎを聞きつけた自警団がやってくる。
「《伝説の勇者》に《枯れ泉の魔女》に《百療》か……まあ、よくそろえたものだな」
「懲りないというかなんというか……」
「さっさと片付けてしまおう」
一番に現場へ駆けつけたエドガー、ネリス、クレイブの三人は白昼堂々と違法行為をする愚かたちを捕らえるため、近づいていった。
「なんだぁ? たかが自警団風情が俺たち八極に勝てるとでも?」
「分かったからとっととかかってこいよ」
「なめた口をききやがって――後悔しな!」
巨大な斧を手にした(自称)ヴィクトールが襲いかかるが、
「遅ぇんだよ!」
「ぐべばっ!?」
エドガーの右ストレートがヴィクトールの名を語った悪党に炸裂。顔面から地面に叩きつけられた男はそれからピクリとも動かなくなる。
「死んだかしら?」
「さすがにそこまで軟ではないだろう。
男の仲間たちがキョトンとしながら見つめる中、ネリスとクレイブのふたりはあっけらかんとした態度で地面に横たわる男を小突きながら語る。
「……はっ!? し、しまった! 意識が飛んでいた!」
「お、俺もだ……お、おのれ! よくもマッジ――じゃなかった! イズモを!」
「イズモはおまえだろうが。こいつはヴィクトールって名乗ってたぞ。つーか、さっきのがこいつの本名だろ?」
「うっ!?」
それぞれの設定を徹底していなかったせいか、ここでうっかりボロが出てしまう。
結局、数にものを言わせたゴリ押しで三人を潰そうと企んだ悪党連中だが、漏れなく全員が返り討ちにあい、あえなく御用となった。
「ったく、勘弁してほしいぜ」
事後処理を終えたエドガーたちは息抜きのために要塞村を訪ねようといつもの道を歩いていた。そこで出るのは仕事の愚痴だ。
「それにしても、最近また増えてきたわね。――偽八極」
「終戦から百年以上が経過していても、人々の心にはそれほど八極が強く残されているということだ」
連合軍が苦戦していたザンジール帝国をたった八人で壊滅寸前にまで追いやった伝説の英雄たちの名は健在であり、今でも語り草になっている。そのため、名前を悪用する者も後を絶たないのだ。
だが、エノドア近くの要塞村には、その八極に名を連ねていた者がふたりいる。
そのうちのひとりが、三人の前に姿を現した。
「む? あそこにいるのはシャウナ殿か?」
「おっ、ホントだ。相変わらず美人だねぇ」
「でも、なんだか難しそうな顔をしているわね。何かあったのかしら」
いつも飄々としている八極のひとり――《黒蛇》のシャウナが見せる険しい顔つき。らしくないその表情に三人が心配をしていると、
「……いい」
静かにそう語る。
言葉の真意を確かめるため、シャウナの視線を追ってみると、
「この水着よくない? 来年のバカンスはこれで決まりね!」
「わふぅ……ちょっと大胆ですよぉ」
「私はこっちにしようかしら」
「お似合いですよ、エステルさん」
クラーラ、マフレナ、エステル、ジャネットの四人が新しく市場に並べられている水着を夢中になって眺めていた。
「美少女がキャッキャしながら水着を選ぶその姿……まるで一幅の絵画のごとき神聖な光景だよ」
「「「…………」」」
一瞬、三人の脳裏に「この人が英雄?」という疑問が浮かんだものの、それをグッと飲み込んで四人へと声をかけた。
世界を救った八人の英雄――八極。
その真の姿を知る者は少ない。
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