第535話 魔虫族の知らせ【後編】

 希望の森に姿を見せた巨大クワガタ。

 あり得ない大きさに、居合わせたトアたちは一瞬体を強張らせる。

 何せ、要塞村は一度魔虫族の大軍団に襲撃されているという過去を持つ。その場にいる面々も覚えているため、身構えていたのだ。


――だが、


「と、特に動きはありませんね」

「わふぅ……どうしたんでしょうか?」

「まさかもう死んでいるんじゃ……」

「いえ、微妙に動いているわ」


 ジャネット、マフレナ、クラーラ、エステルの四人は臨戦態勢を取りつつも巨大クワガタの動きを冷静に分析していた。


 やがて、知らせを聞いた他の村民も集まってきたが――それでも、巨大クワガタは動きを見せなかった。

 こういう時に頼れるのは魔界出身の魔人族・メディーナだけだ。


「メディーナ……あの巨大クワガタは何をしにここへ?」

「自分にもハッキリしたことは分からないでありますが……もともと攻撃的な性格ではないかと……以前、カーミラ様も飼育していましたし」


 カーミラとはローザやシャウナと同じく、帝国を倒して世界平和を成し遂げた八極のひとり――《魔人女王》である。


 魔人族の中でも屈指の実力者でありながら、ヴィクトールたちを気に入って協力し、その圧倒的な力で帝国側を震え上がらせた実力者だ。

 メディーナは以前、そのカーミラの右腕として活躍していたのだ。

 

「《魔人女王》のカーミラが飼育していた時には、こんなに大人しくはなかったのか?」

「え、えぇ。ただ……」

「ただ?」

「この子はだいぶ年を取っているようであります」


 どうやら、この巨大クワガタは寿命がつきかけているらしい。


「魔虫族の中には、長らく生きたことで魔法にも匹敵する力を使える者が存在するとカーミラ様はおっしゃっていました。このクワガタも、恐らくはその力を有する存在であると思われるであります」

「でも、どうしてここを選んだのかしら……」


 クラーラが思わずそんな言葉を口にする。

 確かに、目的は不透明だった。

 なぜ、魔界からこの人間界へとやってきたのか――その答えはすぐに明らかとなる。


「わふっ! トア様!」


 巨大クワガタの周辺を調べていたマフレナが叫んだ。慌ててそちらの方向へ駆け寄ったトアは、そこで思わぬものを発見する。


「これって……卵か?」


 発見したのは楕円形をした白い物体。

 土に埋めるつもりだったのが、途中で力尽きてしまったらしく、半分ほど地中から顔をのぞかせている。


「卵って……本当なの?」

「間違いないであります!」


 エステルがメディーナに尋ねると、興奮気味に答えた。


「こっちの土地が合っていたということでしょうか……」

「いえ、恐らく――目的はあれかと」


 状況を見守っていたフォルが指さす先には神樹ヴェキラがあった。


「そうか……神樹の魔力を求めてやってきたのか」


 木々の合間から見えるヴェキラを眺めながら、トアは呟いた。



 その後、魔虫族の卵は要塞村により管理されることとなった。

 一応、領主であるファグナス家に報告し、そこからバーノン王へも伝えられることになっている。


「ゆっくり成長して立派に育つでありますよ!」


 孵化したあとの世話係に立候補したメディーナは、今日も甲斐甲斐しく卵の世話をしつつその時を待つのであった。


「ちなみに、孵化まではどれくらいかかるの?」

「約五十年といわれているであります!」

「そ、そうなんだ……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る