第31話 雨と読書と地下迷宮

 その日は朝から雨だった。


「うーん……さすがにこんな日は狩りにいけないな」

「モンスター組のみなさんも漁業は休止していますし、精霊たちも残念そうに部屋の窓から外を眺めていますね」


 トアたちの住む大陸では、およそ一ヶ月に渡って雨季がある。

 ここ数日、断続的に雨が降り、外での仕事を主にしている者たちはなんともやりきれない気持ちでいた。

 ただ、食料事情についてはまだ余裕がある。

 冷蔵可能な貯蔵庫にある程度保存はされているし、要塞内に生い茂った植物の中には果実もあり、それを食べてしのいでいた。


「日数的に、あと三日もすれば雨のピークを越える思うんだけど……」

「こればかりは天の采配ですからね」


 トアとフォルは要塞廊下に設置された窓から灰色の空を眺めていた。すると、そこへ近づくふたつの影が。


「あれ? トアにフォル?」

「わふっ! おふたりともどうかしたんですか?」


 クラーラとマフレナであった。


「いや、最近雨続きであまり外へ出ていないなぁって思って」

「そういえば早朝の自主稽古は?」

「雨だとちょっと、ね。部屋だと物が多いから剣術じゃなくて基礎体力強化のトレーニングはしているけど」

「でしたら、私たちと地下迷宮に行きませんか?」

「地下迷宮へ?」

「あら? 知らないの? 今地下迷宮で冒険をするのが流行っているのよ」


 その話は冒険者代表のテレンスから報告を受けている。

 なんでも、未知なる地下迷宮にロマンを求めて多くの腕自慢の村人たちが集結しているのだとか。

 裏を返せば、これは村の運営がうまくいっている証拠でもある。

 できた当初は狩りによる金牛の肉くらいしか食料供給の方法がなかったわけだが、最近はモンスター組による漁業や大地の精霊たちによる農業の成長が著しい。そのため、比較的安定して多くの食べ物を得ることに成功している。

 そうなると、銀狼族や王虎族は一日中狩りに出る必要もなくなり、昼前には仕事を終えて戻ってきて、午後からはこの地下迷宮へ挑もうというのが最近の要塞村のトレンドとなっていたのだ。


「私たちもこれから地下迷宮へ行くつもりよ」

「まだ解明されていない場所へ行って、貴重なアイテムを収集してきます!」


 鼻息荒く語ったふたり。

 地下迷宮は現在、一階部分はほぼすべて村人たちが武器や防具を揃える待合室みたいな役割を担っていた。しかし、つい先日、その下の階へ行ける場所が発見された。テレンスたちはこれを「二階層」と呼び、詳しく調査をしている。

 ただ、この二階層にはモンスターが出現するという情報もきている。

 最初は不安に感じたトアだが、テレンス曰く、二階層に住み着いているのは銀狼族や王虎族の子どもでも倒せる雑魚ばかりなのだという。もちろん、これから詳細に調べていけばまた別のモンスターが現れるかもしれないが、現状、それほど強力なモンスターが出たという目撃情報はない。

 といったわけで、二階層はこれから冒険者を目指す者たちのいい練習場所――チュートリアル地点としての役割を担っていた。


 地下迷宮のすぐ近くまで来ると、それまで何もなかった部屋に明かりが灯っていることに気づく。


「あれ? ここは……」

「以前、ジャネット様が提案した店が確かこの位置では?」


 フォルの言葉でトアは思い出す。

 数日前、ドワーフ族のジャネットが、新しく店を開きたいから要塞村の空き部屋をひとつもらいたいと願い出ていた。地図でジャネットが示したその部屋がここだ。


「ジャネットの店か……悪い。ちょっと見て行っていいかな」

「構わないわよ。どんな店か私も気になるし」

「わふっ! 私も気になります!」

「僕もです」


 ジャネットの店に興味津々の一行はドアを開けて店内へ。


「いらっしゃいませ――って、トアさん! それにみなさんも!」


 赤いエプロンを身に付けた店主ジャネットが笑顔で出迎えてくれた。

 一般住居用の部屋よりも広めの店内。その中でまず目を引いたのが二十近くある本棚にぎっしりと詰まった書物の数々であった。


「凄い数の本だね」

「百年以上かけて集めた自慢のコレクションですよ! それに、ローザさんも何冊が寄贈してくださったんです」

「へぇ~」

「ここでは本の貸し出しを行っているんです」

「なるほど、図書館というわけか」


 要塞図書館――読書が好きで、自らも工房で武器を作るかたわら執筆活動にも勤しむジャネットならではの店といえた。


「ただ本を読むだけでなく、勉強をしている人もいますよ。あそこにいるオークのメルビンさんとゴブリンのエディさんは朝早くから来て黙々と勉強しています」

「ホントだ……」


 知恵の実を食べて人間の言葉を話せるようになったモンスター組は、さらに人間の文化に触れようとここで言葉の勉強をしているらしかった。

 勉強熱心なモンスター組に感心しつつ本棚を眺めていると、ある本を視界に捉えた途端、トアの動きがピタリと止まった。


「お? これって新刊出ていたんだ」

「あ、いいですよね、それ。別の世界から転移してきた若者が優れた力を与えられて転移先の世界を平和に導く……王道ですよね」

「キャラクターもいいよね。俺の場合、特にお気に入りなのは三巻から出てくる木こりのお爺さんなんだ」

「あっ! いいですよね! 王国騎士団を退職して余生を楽しんでいる身でありながら主人公の修行に付き合ってあげる……滾る展開ですよね!」


 本のことになると周りを忘れて熱く語りだすふたり。

 そんなトアとジャネットを、クラーラたちは近くにいながら遠くに感じていた。


「……なんか、凄く盛り上がっているわね」

「わふっ……」

「共通の趣味というのは男女の距離を縮める最適アイテムといって過言ではないでしょう。マスターがこの要塞村で同じように読書の話題で盛り上がれる相手といえば……今のところジャネット様しかいませんからね」

「「!?」」


 フォルの指摘に、クラーラとマフレナは即座に反応を示す。


「……ああー、なんか私、凄く本を読みたい気分になってきたわー」

「クラーラ様、さすがに露骨すぎます」

「う、うっさい!」

「わふぅ……私はクラーラちゃんたちと違って文字が読めないので、メルビンさんたちと一緒に勉強してきます」


 そう言って、マフレナはメルビンたちのいる席へと向かった。


「あ、マフレナ」

「マフレナ様は勉学に目覚めたようですね」

「ぐぬぬ……トア! そろそろ地下迷宮へ行くわよ!」

「あっ! そうだった!」


 本日は雨天に伴い、地下迷宮へ探索に行く予定だった。それを思い出したトアは「ごめんごめん」と謝りながらクラーラとフォルのもとへ。


「ここは夕方まで開けているので、また時間があったら寄ってください」

「ああ、そうさせてもらうよ」


 ジャネットがオープンした要塞図書館。

 トアにとっては趣味の空間としてこれから重宝することになりそうだ。



  ◇◇◇



 オークのメルビンたちと共に人間の文字を理解する勉強に勤しむこととなったマフレナを除いたメンバー(トア、クラーラ、フォル)は地下迷宮へと到着した。


「いらっしゃいませですわ!」


 トアたちを元気よく出迎えたのは、今やすっかり地下迷宮の看板娘が板についたアイリーンであった。


「て、おじさま! わたくしに会いに来てくれたんですのね!」

「それもあるのですが、今日は新米冒険者として地下迷宮の探索をしにやってきました」

「! おじさまたちが地下迷宮に!?」


 驚いて叫ぶアイリーンの声に反応したのは、この一階層に常駐している元祖冒険者のテレンスだった。


「村長! 本当に地下迷宮へ潜るのか!?」

「まあね。モンスターを相手に日頃の訓練の成果を試そうと思って」

「それにしても、ここは随分と変わったわね」


 以前訪れた時よりも、一階層の雰囲気はだいぶ変わっていた。

 ドワーフたちによる手製の家具などが持ち込まれ、まるで宿屋のフロントのような雰囲気になっている。よく見ると、銀狼族や王虎族、ドワーフにモンスター組の姿も。どうやらこの場にいる全員が地下迷宮へ挑むようだ。


「賑やかになりましたね」

「まあな。すべてはここから始まる。みんな、それを肌で感じているからこそテンションが上がっているのさ」


 テレンスはどこか誇らしげに言った。


「そういえば、ここって――」

「ここは名付けて冒険者ギルド。ここでは地下迷宮で手に入れたアイテムを交換することができるんだ」

「交換? あ、それって、この前言っていたヤツですか?」

「おう! モンスター組や大地の精霊たちからリクエストのあったアイテムを持ち帰った場合、彼らと直接交渉して食料とアイテムを交換する――それがここのルールだ」

「へぇ~……面白そうじゃない!」


 両手をパシンと勢いよく合わせたクラーラ。ヤル気満々だ。


「地下迷宮……もしかしたら、僕の中の人に関する情報が得られるかもしれませんね」


 クラーラとフォルはそれぞれに目的を見つけてモチベーションが上がっていた。

 当然、トアも地下迷宮挑戦に燃えている。

 三人は必要最低限の回復アイテムなどを用意し、地下迷宮第二階層へと下りていった。

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