第97話 要塞村の露天風呂計画

※次回投稿は7月31日の水曜日を予定しています。

 また、投稿時間は21:00以降といつもと異なる予定ですのでご注意を!



 エステルとクラーラがメリッサに相談を持ち掛けている頃。

 要塞村では村長トアを中心に、嵐で大きく損傷した風呂を露天風呂に改装する計画を実行に移す作業が進められていた。

 これにはジャネットを中心としたドワーフ組とジンとマフレナを中心とする銀狼族&王虎族の獣人族組が参加した。

 当初はこれまで通り、トアのリペアとクラフトを用いて修繕と増築という形で済ませようとしていたのだが、とある人物の何気ない一言が状況を一変させる。


「露天風呂か……私がヒノモト王国を訪れた際に入った露天風呂はヒノキという木材で造られたものだった。肌に触れる感触がよく、それにあの独特の香りが気に入ってね。浸かっていると疲労が取れるだけじゃなく……なんとも表現しづらいのだが、とにかくとても気持ちの良くなる風呂だった」


 作業の様子を眺めていたシャウナがそう言うと、作業をしていた者たちの視線は一斉にそちらへ注がれた。


「ヒノキ……ですか?」

「ああ」

「こちらの大陸では耳にしない木ですね」

「わふぅ……私も聞いたことないです」

「だろうね。ヒノモトの固有種らしい……が、ここでもじきに――というか、そろそろできるんじゃないかな」


 何やら意味ありげに視線を露骨に逸らすシャウナ。

 その先にあるのは――大地の精霊たちが運営する要塞農場が。


「もしかして、リディスさんたちが?」

「ヒノキの育成に成功したようだ。本来は数十年とかかるらしいが、彼女たちにかかれば成長速度は段違いだからな」


 それはすでに各種野菜で実証済みであった。


「先日の嵐でダメになったかもしれないと肝を冷やしたそうだが、なんとか乗り切ったらしい」

「わっふぅ! 凄いです!」


 ジャネットとマフレナ、そして作業に参加していたドワーフたちは一斉に声をあげる。あの八極のひとりであるシャウナが絶賛するヒノキ風呂――それがリディスたちの活躍で手に入るのだというのだから無理もない。


 だが、トアは一抹の不安を抱えていた。


「リディスたちが……」


 大地の精霊たちの育てた植物。

 基本的に、精霊たちは要塞村で消費するための野菜を育てている。最近では交流の始まったエノドアやパーベルにも出し始め(物々交換)、大変好評を得ている。


 それなのにトアが心配している理由――リディスたちが野菜以外の物を栽培している時は大体ろくなことにならない。

 すでにクラーラが二度に渡りその被害を受けていることを考慮すると、今回のそのヒノキとやらも叫んだり暴れたり女子にセクハラじみた攻撃を加える可能性は十分にあり得た。

「ああー……みんな――」

「早速リディスさんたちの農場へ行ってみましょう!」

「わっふぅ!」

「「「「うおおおおおおお!」」」」

「あ、ちょっと!?」


 トアが止めるよりも先に、知識欲を爆発させたジャネットやドワーフたちは農場へと全力疾走で向かっていった。さらに、ジンとマフレナ率いる獣人族たちも、その勢いに便乗してよく事情を理解しないままあとを追って走りだしていた。


「……何も起きなきゃいいけど」


 少し遅れて、トアもジャネットたちを追って農場へと向かう。


 

  ◇◇◇



 農場には多くの村民たちが詰めかけていた。

 そのお目当てはヒノキと呼ばれる未知の樹木。

 

「みんな耳が速いのだ~」


 そよ風に煽られるように浮かびながら、相変わらずのんびりとした口調のリディス。大地の精霊たちは基本的に彼女のようなのほほん性格のそれでも大勢の村民たちがや訪れたことに少なからず驚いているようだった。


「はあ、はあ……リディス、少し話があるんだ」


 全力疾走で荒れた息づかいを整えながら、トアはリディスに事情を説明する。


「確かに、シャウナの言う通りヒノキは見事な成長を遂げたのだ~」

「そいつを新しい風呂に利用できないかっていう相談なんだけど……」

「私たちとしては一向に構わないのだ~。村のみんなの役に立つのなら喜んで差し上げるのだな~」


 ヒノキの入手が決定して盛り上がる一同。

 だが、トアだけはまだ顔を引きつらせていた。


「あ、でも~、条件があるのだ~」


 リディスがそう言いだすと、トアは内心「きた!」と思い、腰に携えた剣の柄へと手を伸ばす。金狼化の代償として体調を崩し、寝込んでしまったマフレナを救うためにとんでもない状態となってしまったクラーラ――あの悲劇を繰り返さないためにも、鞘からすぐさま剣を取りだせるよう身構える。


 そして、その予感は現実のものとなった。


「木材として利用するなら、まずヒノキを倒すことなのだ~」

「「「「「え?」」」」」


 村民たちの動きが止まると同時に、地中から巨大な樹木型モンスターが出現する。その姿はまさに木そのもので、申し訳程度に目と鼻と口、そして手足が生えているという一見すると弱そうな見た目であった。


「ふん! それならばお安い御用だ!」


 若干フラグっぽいことを言いながら、銀狼族の長ジンが飛びかかる。

 しかし、ヒノキはその巨体からは想像もできないほど身軽な動きでこれを難なく回避してしまう。その挙動に村民たちは驚くが、似たようなモンスターと対戦経験があるトアはすでにこれを予想し、先回りで行動を起こしていた。


「ジャネット! マフレナ! 俺の後ろに隠れるんだ!」

「トアさん!?」

「トア様!?」


 あの時の悲劇を繰り返してなるものか、とトアはふたりを守るために立ちはだかる。

 ここまではトアの想定通り。

 あとは神樹の魔力を剣に込めてあのヒノキを倒せだけだ。

 

 ――が、ここでヒノキは初めてトアの想像を越えた動きをみせる。


 シュルシュルと伸びてくるヒノキの枝はジャネットやマフレナではなく、明らかにトアを標的にしていた。


「へ?」


 まさか自分に魔の手が迫るとは微塵も想定していなかったトアは完全に虚を突かれる形となり、木の枝がねっとりと全身に巻きついた瞬間、手にしていた剣を手放してしまう。


「し、しまった!」


 前回までならクラーラがなっていた格好だが、今回はトアがその餌食となる。



「ど、どうして!?」

「前回村長に怒られたので今回は女性を襲わず男性を襲う植物を育成したのだ~」

「なんで人を襲うのが前提なの!?」


ツッコミを入れるトアだが、こうも展開が重なると、次に待っているものは大体予想がついてくる。


「!? ふ、服が!?」


 やはりというかなんというか、トアの衣服がヒノキの樹液によって溶けだしたのだ。



  ◇◇◇



 同時刻。

 エノドア自警団駐屯地。


「っ!?」

「どした、クレイブ。さっさと町の見回りに行こうぜ」

「忘れ物でもしたの?」

「すまないエドガー、ネリス……俺の戦場はここではないようだ」

「はあ?」

「バカ言っていないで見回り行くわよ」

「いや、しかし」

「やめとけ。仮におまえの言う通り、おまえが戦うべき場所が他にあったとしても……なんとなく、行ってもろくなことにはならねぇと思うぜ?」

「完全同意だわ。さ、私たちは私たちの仕事をするわよ」

「待ってくれ! そんな、無理やり引っ張るな! 俺は! 俺はああああああああ!」



  ◇◇◇



 要塞村農場。


「くっ!」


 必死に抵抗を試みるトアだが、暴れれば暴れるほどに衣服が溶けていく。肌があらわとなっていき、見られたくない部分を隠すので精一杯だ。


「「…………」」


 その様子をもじもじしながらもしっかりと見つめているマフレナとジャネット。恥ずかしさに襲われるトアだが、同時にあの時のクラーラの気持ちが痛いほど理解できたのだった。


「みんなぁ! 村長殿を助けるのだぁ! そしてヒノキを手に入れるぞぉ!」

「「「「「うおおおおおおおお!!!」」」」」

 

 トアの羞恥心と貞操の大ピンチに村民たちは奮起。

 ジンを先頭に、容赦のない一斉攻撃でヒノキ(モンスター化)を撃破し、風呂場の材料をゲットできたのである。


「あの……トアさん? 私たちは何も見ていませんから」

「わ、わふっ! 何も見ていませんよ!」

「ありがとう……ふたりとも」


 予めリディスが用意していた服に着替えたトアは、顔を真っ赤にしながら目線を逸らしているふたりの優しさが身に染みたのだった。


 その後も三人の間に微妙な空気が流れ、エノドアから帰ってきたエステルとクラーラに何があったのかとトアは追及をされるハメになった。





 その日の夜。

 エノドアにて。


「メリッサ、頼む! レナード町長を篭絡させる方法を伝授してくれ!」

「とりあえず土下座をやめてくださいヘルミーナさん。あと、姑息な手は使わず正攻法でいきましょう」


 メリッサのお悩み相談室はまだ続いていた。

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