第96話 メリッサのお悩み相談室
「はあ……」
鉱山の町エノドアにあるエルフ印のケーキ屋さん。
最近ではケーキ以外にもさまざまなスイーツを出すことで、エノドアでは女性を中心に屈指の人気を誇るホットスポットとなっている。
そんな店に週一、二回のペースで顔を出し、今もお気に入りのチーズケーキと紅茶を食べているのは要塞村のエステル・グレンテスであった。
ただ、いつもは笑顔でケーキを頬張るエステルが、この日はうかない顔をしていた。今はピーク時を過ぎて客の少ない時間帯ということもあり、業務中ではあるが放っておけないとひとりのエルフがエステルへ近づく。
「どうかしたんですか、エステルさん」
心配そうに声をかけたのは、今やエノドア一のスイーツ職人となったエルフ族のメリッサであった。
「メリッサ……」
「何かお悩みごとがあるなら私に言ってください。解決できないかもしれませんが、話をするだけでもだいぶ気持ちは違うと思いますから」
「……そうさせてもらおうかな」
メリッサからの言葉に甘える形で、エステルは自らの悩みを吐露する。
「実は……最近、トアとクラーラの仲がいいなって思って」
「トア村長とクラーラさんが? あのふたりはずっと仲がいいじゃないですか」
要塞村の誕生を黎明期から見続け、互いを支え合ってきたトアとクラーラ。そのふたりの仲がいいことは周知の事実であった。
しかし、エステルが言いたいことはどうもそういうことではないらしい。
「パーベルで八極のヴィクトールさんと戦ってから、その時のことがとても悔しかったみたいで、トアと一緒に修行する機会が増えているんです」
「ああ……」
その話はメリッサの耳にも届いていた。
八極の生みの親である《伝説の勇者》――ヴィクトール。
パーベルでの喧嘩騒動で、囚人服を着ていたヴィクトールを捕らえようと戦いを挑んだクラーラであったが、その結果は散々であった。相手に殺意はなかったので事なきを得たが、もし本気で戦いにきていたら――クラーラは己の力を過信したことと、危うくエステルまで危険な目に遭わせてしまうところの二点を深く反省し、より強く、そしてより戦いを優位に進めるための経験値を稼ぐため、これまで以上に修行へ熱を入れるようになった。
その姿にトアも感銘を受け、一緒に剣を交える機会が大幅に増加。
元々トアに対しての好感度が高いクラーラであったが、この修行を通してトアとの絆がさらに深まり、最近ではふたりだけでいろいろと話し込んでいる姿もよく見かける。
「クラーラとは友人だから、トアと仲良くなること自体はとても喜ばしいと思うけど……」
「ふむふむ……」
エステルからいわゆる恋の相談を受けたメリッサは――内心、頭を抱えていた。
というのも、メリッサは要塞村に移住しているエルフたちの中では唯一の彼氏持ち。同じくケーキ屋を営んでいるセドリックがいる。
なので、この手の話題というか、悩み相談をされることが多い。
しかし、当人としては大変困っていた。
なぜなら、自分とセドリックは幼馴染で、オーレムの森にいた頃からずっと仲良しで、気がつけばセドリックから「結婚を前提に付き合ってくれ!」と告白&プロポーズをされ、今に至る。
つまり、なんの波乱万丈もない恋愛しか経験がないのだ。
そこに、ライバルが多く、熾烈な争い(?)を繰り広げているトア絡みの相談をされても的確なアドバイスを送れる自信がなかったのだ。
「私は……どうしたらいいと思う?」
「エステルさん……」
エステルの状態は相当深刻なもののようだった。
以前、トアとエステルが離れ離れとなり、さまざまなトラブルを越えて再び共に生活をするようになったという話を聞いているメリッサは、なんとか励まそうと必死に言葉を紡ぐ。
「元気を出してください、エステルさん。あなたに元気がないときっとトア村長も心配しますよ。幼馴染のあなたは要塞村の誰よりもトア村長との付き合いが長いのですから、そういった方面からアプローチをかけてみるのはどうでしょうか」
「……なるほど。確かに、私とトアでしか共有できない話題があれば!」
それまで突っ伏していたエステルはガバッと顔を上げ、お代を渡すと元気に要塞村へと戻っていった。
当たり障りのない、具体案とは程遠い気休め程度の言葉であったが、受け取った側にはそれがきっかけで大きな勇気を持つことができる。
メリッサは的確なアドバイスを送れなかったことに対して申し訳ないと思うと同時に、自分の言葉でエステルが元気になってくれたことが嬉しかった。
すると、カランカランとドアに設置したベルが鳴り、次の客の来店を報せた。
「いらっしゃ――」
「ちょっといいかしら、メリッサ」
ピシッとメリッサは石化したように止まる。
やってきたのはクラーラだった。
「? 何よ、急に固まって」
「い、いえいえ、こちらへどうぞ」
「メリッサ……なんでそんなに汗だくなの?」
「ちょ、ちょっと張り切って仕込みをしすぎたせいですかね」
「ふーん……まあ、いいわ。それで、相談に乗ってほしいことがあるんだけど」
「やっぱり」と引きつった笑顔の裏でメリッサは恐ろしいタイミングの良さに寒気すら覚えた。
「え、えっと、相談事というのは?」
席に案内すると、対面側へと腰を下ろす。
クラーラは少し話しにくそうにしていたが、覚悟を決めたのか深呼吸を終えると相談の中身を話し始める。
「実は……最近、トアとエステルの仲がいいなって思って」
流れは完璧に一緒だった。
「そりゃあ、トアとエステルは幼馴染なんだから長い間ずっと一緒にいたわけで……しかも両親の仇を討つっていう共通の目的を持っているわけだから普通の幼馴染以上に深い絆があるかもだけど……私だってもっとトアと……」
そんな感じで悩みをぶちまけるクラーラだが、内容は大体エステルと似通っていた。
「私は……どうしたらいいと思う?」
「クラーラさん……」
エステルもクラーラも、トアを想う気持ちは相当強い。
メリッサはふたりの悩みを通して再認識した。
「元気を出してください、クラーラさん。あなたとトアさんがいなければ要塞村はなかったんですから。要塞村に関係する話題の中には、クラーラさんにだけしか通じない特別なものもきっとあるはずです」
「……なるほど。確かに、私とトアでしか共有できない話題があれば!」
エステルの時とほとんど同じようなことを言ってクラーラを励ますメリッサ。
それまで突っ伏していたクラーラはガバッと顔を上げ、お代を渡すと元気に要塞村へと戻っていった。
「…………」
なんだか自分のしたことに対して罪悪感に近い感情が渦巻いている。結局、トアを巡るふたりの関係をこじらせてしまうかもしれないことを言っただけではないのか、と。ただ、あのふたりが本気でトアのことを想っていることは十分伝わった。
「今度……改めておふたりのフォローを入れないといけませんね」
猛省するメリッサだが、そんな時でも客はやってくる。
カランカランとベルが鳴り、ドアが開いて客が店へと入ってきた。
この流れでいうと次の来客はマフレナか、もしくはジャネットか。
振り向いたメリッサの瞳に映った人物は――
「仕事中にすまない。少し相談事があるのだが」
クレイブだった。
「…………」
「? どうした、メリッサ」
「ホンジツタッタイマトウテンハヘイテントナリマシタ」
「えっ!?」
抑揚のない言葉で現実逃避を決め込もうとするメリッサであった。
――ちなみに、クレイブの相談はモニカの誕生日プレゼントについてだった。
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