第477話 母ふたり
ジア大陸北部。
ここには鬱蒼と広がる大森林地帯があった。
十メートルを超える大木が無数に生えるその場所に、ひとりのドワーフ族の女性がいた。
《宝石職人》のジョブを持つ彼女の名前はエマ。
要塞村に住む鋼姫ことジャネットの母親だ。
「おかしいですねぇ……情報によればこの辺りのはずなんですが……」
要塞村で久しぶりに娘のジャネット、夫のガドゲルと再会してから、エマはこの地を目指して旅をしてきた。
その目的は――七色に輝く新種の宝石を発掘するためだった。
目的地にたどり着いたと思っていたエマだが、次第にその自信は薄れていく。
なぜなら、いつまで経っても情報にあった鉱山が見えてこず、延々と深い森が続いているだけだったからだ。
「うーん……これはやってしまいましたかね」
ようやく道に迷ったことに気づき始めた時――背後から猛烈なスピードで迫ってくる存在に気づくと、エマは愛用の斧を構える。
直後、「ガギン!」という金属同士がぶつかり合う音が森に響き渡った。
八極のひとり、鉄腕のガドゲルの妻として、また、世界の危険地域をまたにかける《宝石職人》として、人並み以上の戦闘力はあると自負しているエマであったが、それでも、今襲ってきたこの相手は強いと一瞬で判断できた。
その顔を拝もうと振り返り――意外な相手だったことへ驚きの声をあげる。
「エ、エルフ族……?」
現れたのは剣を持つエルフ族の女性だった。
彼女の名前はリーズ。
そう。
要塞村に暮らすエルフ族の少女・クラーラの母親だ。
「ここへ何しに来た?」
リーズは鋭い眼光でエマに問う。
「あっ、わ、私は道に迷っただけで――」
「嘘をつけ。最近この辺りで頻発している聖水泥棒だろう?」
「せ、聖水泥棒?」
エルフ族たちの住む森にあるとされる泉。
エマの故郷であるオーレムの森にもあるが、そこを満たす水は治癒能力に優れているとされている。ちなみに、神樹ヴェキラの根が浸っている要塞村の地下から汲み上げられる聖水はエルフの森の泉の数倍の治癒力がある。
まあ、当然、そんな泉を狙う悪党もいるわけで、リーズは古い友人のいるこの森を訪れた際に泥棒が出没しているという話を聞き、退治に乗りだした。そこへ偶然、エマが居合わせたというわけだ。
しかし、互いに事情を知らないふたりは対峙する。
――と言っても、エマの方はなんとか誤解を解こうと必死に考えを巡らせていた。
その時、
「こっちだ! こっちにエルフどもの泉があるぞ!」
「へへへ! さっさと奪っちまおうぜ!」
「泉を占拠したら、立ち退く代わりに若い美人エルフを何人かいただくとしよう」
「そいつらを売りだせば俺たちは大儲けだ!」
下卑た笑い声が聞こえてきた。
エマとリーズは自然とそちらへ視線が向く。そこには、薄汚れた服を身にまとう、いかにもそれらしい外見をした小悪党四人が泉を目指して進んでいた。
「「…………」」
ふたりは無言で視線を合わせると、一緒になって飛びだしていく。
当然その目的は――悪党退治だ。
悪党たちを蹴散らした後、誤解をしていたとリーズはエマに平謝り。
また、ふたりは同じ年頃の娘を持つ母親同士であり、さらに揃って故郷を離れて旅を繰り返しているという共通点もあってすっかり意気投合していた。
「えっ? 娘さんに好きな人がいるんですか?」
「ああ。本人は隠しているようだが……分かりやすい性格でね。ただ、相手の男が――いい子ではあるが、少し奥手のようでね」
「あら、うちの娘もそうなんですよ。ふたりとも奥手っぽいから……進展はだいぶ先になるかしら」
「ふふふ、互いに娘のことで苦労するな」
「ホントね」
ふたりは笑い合い、そして――それぞれの旅路へと戻る準備を始める。
「旅先であなたの娘と恋人にあったら、もっとビシッとするように伝えるわ」
「私もそうしよう」
互いに拳をコツンとぶつけて、エマとリーズは正反対の方向へと歩きだしたのだった。
同時刻。
要塞村。
「!?」
「どうかしましたか、マスター」
「いや、何か今……物凄く嫌な予感が……」
…………………………………………………………………………………………………
【お知らせ】
カクヨムコン参加中の「言霊使いの英雄譚」ですが、予定を早めて来週の12月25日(土)より投稿を再開いたします。
よろしくお願いいたします!<(_ _)>
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