第478話 年の瀬の要塞村【前編】

 今年もまた一年が終わろうとしていた。

 毎年この時期――新たな年を迎える一週間ほど前になると、要塞村からいつもの喧騒が消える。


 それは、ほとんどの村民が里帰りをするからだ。

 クラーラをはじめとするエルフ族はオーレムの森へ。

 マフレナをはじめとする銀狼族と、長であるゼルエス率いる王虎族は、火山噴火によって亡くなった者たちの慰霊碑がある南方へ。彼らと同じ獣人族であり、交流も深い冥鳥族もそれについていく。

 ジャネットたちドワーフ族は、元職場でもある鋼の山へと戻っていき、その他の種族もこれを機に一旦故郷へと帰るのだ。ちなみに、ローザとシャウナの八極ふたりも、少し行くところがあると言って村を出ていった。

 

 これは要塞村だけの風習ではなく、ストリア大陸全体では一般的なものであった。

 なので、今日から数日間は市場の規模もかなり縮小され、とても静かだった。


「それにしても……本当にこの時期は静かだなぁ」

「本当ですねぇ」

「本当ですわねぇ」


 人がいないのは地下迷宮も同じだった。

 ここで生活している幽霊少女のアイリーン、そして自律型甲冑兵のフォルの三人でまったりお茶を飲んでいた。

 ちなみに、そのお茶を淹れたのは、


「はぁい、クッキーができたわよー」


 エステルだった。

 

「ありがとう、エステル」

「これはおいしそうですね。いただきましょう」

「いただきますわ!」


「いや、君は食べられないんじゃ」――と、ツッコミを入れようとしたが、無粋だと思って口を閉じる。喜ぶふたりを眺めながら、エステルはトアへと語りかけた。


「こうしていると……シトナ村にいた頃を思い出すわね」

「あぁ……そうだな」


 シトナ村とは、かつてトアとエステルが住んでいた村の名前。

 十年前に巨大魔獣が襲撃し、それによって消滅してまったため、今では地図に名前すら載っていない。トアとエステルはその村の生き残りだったのだ。


「ねぇ、トア」

「うん?」

「なんだか……似てきていない?」

「似る? 何が?」

「この要塞村が――私たちの故郷であるシトナ村に」


 ふたりにとっての故郷シトナ村。

 まだ小さな子どもであったこともあり、ふたりは村の詳細な様子を覚えてはいない。

 だが、エステルの言う通り、わずかな記憶に残されたシトナ村の風景は――確かにこの要塞村と重なる部分が多い。もちろん、シトナ村には人間しかおらず、要塞に暮らしているわけではないが、全体の雰囲気はどこか懐かしさを覚えるのも事実。


「……言われてみれば、こことシトナ村は似ているな」


 うっすらと覚えている、シトナ村の光景。

 そんな思い出に浸っていると、


「ねぇ……みんなが戻ってくるまで、もう少し日があるわよね?」

「ああ」

「探してみない? ――シトナ村を」

「えっ?」


 エステルからの提案に、トアは一瞬驚いたように目を見開く――が、すぐにニコッといつもの微笑みを見せた。


「いいね。探してみようか」

「ホント!?」

「俺も気になるんだ……もう村としての形を残してはいないだろうけど、どうなっているのかを」


 こうして、ふたりは村民たちが戻ってくる前に、自分たちも故郷であるシトナ村へと足を運ぶことに。

 そのためにはまず、シトナ村の正確な位置を知る必要がある。


「あの人に聞いてみるか」


 これに関しては、トアにある心当たりがあった。

 まずはその人物に聞き込みを行うため、トアとエステルはフォルとアイリーン、そして村に残っているメルビンたちモンスター組へ留守番を頼み、エノドアへと向かった。



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