第224話 乙女たちの戦い【収穫編】
「キシャアアアアアアアアア!!!!」
カカオの木は雄叫びを上げながら屍の森を疾走していく。エステルとクラーラはそのカカオの木にぶら下がる実を得るため、追跡をしていた。
「でも、ちょっとだけ安心したわ」
「何が?」
「要塞村を出る直前にリディスから聞いたんだけど、高級なカカオの木は『キシャアアア』って鳴き声らしいの。あの木はまさに、リディスのいった鳴き声をと一緒――間違いなく、おいしいカカオの実がなっているはず!」
「鳴き声で味が分かるなんて……アレ、本当に食べて大丈夫なヤツなの!?」
会話をしながらも、ふたりは徐々に加速し、逃げ回るカカオの木を追い詰める。
だが、追いかけているのはこのふたりだけではない。
「クレイブ!」
「はっ!」
カカオの木に回り込んで進路を遮ったのはクレイブだった。
「覚悟してもらおうか」
クレイブは剣を構え、突っ込んでくるカカオの木へ斬りかかる。
「キシャアアアア!!」
鋭い一撃を受けたカカオの木から、その大きな実のひとつがこぼれ落ちる。
「でかした!」
すでに落下地点へ先回りしていたヘルミーナ――が、
「わっふぅ!」
「何っ!?」
計算通り、自分のもとへと飛んでくるカカオの実だったが、何者かがそれを横からかっさらっていった。その正体は銀色の毛並みをした狼で、口にくわえたカカオの実をジャネットのもとへと届けた。
「くっ……忘れていた。彼女はその姿にもなれたのだったな」
ヘルミーナは不覚を取ったと悔しそうに呟いた。
木々が密集する森の中では、いつもに比べて動きが制限される――が、銀狼の姿となった彼女にはそのような心配は不要となる。
「ありがとうございます、マフレナさん」
「わふっ♪」
カカオの実を手に、銀狼の姿となったマフレナの頭を撫でるジャネット。それから、手にしたカカオの実を空高く放り投げた。
「アシュリーさん!」
「はい!」
空で待機していた冥鳥族アシュリーがカカオを受け取る。
「なるほど……空中ではこちらも手を出せない。仕方があるまい。他の実を――」
ヘルミーナは先ほどの実をあきらめ、逃走中のカカオの木にある別の実の奪取に切り替えようとしたが、森の奥に異様な気配を感じ取って顔をしかめる。
「なんだ……?」
鬱蒼とした木々の向こうに感じる気配。
それはやがてクレイブやエステルにも伝播していく。
「気をつけて、クラーラ……まだ何かいるわ」
「へ? ――きゃっ!?」
エステルの忠告があった直後、クラーラが悲鳴をあげる。慌てて振り返ったエステルが目にしたのは、クラーラの足元にある地面が大きく盛り上がっている光景だった。
土の中に何かがいる。
「クラーラ! そこから離れて!」
迎撃態勢を整えるため、エステルは詠唱を始めた。
クラーラがその場からジャンプし、近くの木へ移り飛んだことを確認すると、魔力によって生み出された光の矢を地面に向けて放つ。すると、
「グゴルガヌシャアアアアアアアアア!!」
これまで耳にしたことのない雄叫びをあげながら、地中から蛇のような動きをする無数の木の根が現れた。どうやらかなり広範囲にわたって根が潜っているらしく、地震のように大地が震え始めた。
「ね、根っこでこの大きさって……本体はどれだけ大きいのよ!」
木から降りたクラーラはそう叫びながらエステルへと駆け寄る。
「な、なんてことなの……」
そのあまりの巨大さにエステルも衝撃を受けている――ように見えたのだが。
「大変よ、クラーラ」
「そう? 確かにサイズはデカいけど、所詮植物だし。エステルの炎魔法で黒焦げにしちゃえば?」
「そうじゃないの。さっきの雄叫び聞いた?」
「雄叫び?」
「『グゴルガヌシャアアアアアアアアア!!』って鳴き声はカカオの中でも最高級品――激レアのカカオよ!」
「そ、そうなの……」
妙に鳴き声マネのクオリティが高いエステル。その様子に苦笑いを浮かべつつ、クラーラは改めて剣を構えた。
「と、ともかく、とても高価なカカオの木が潜んでいるわけでしょ? つまり、そいつをぶった斬って持ち帰れば、とんでもなくおいしいチョコができる――分かりやすくていいじゃない!」
高らかに吠えるクラーラ。しばらくすると、敵の本体が姿を現した。
「ゴルガヌシャアアアアアアアアア!!」
姿を現したのは先ほどのカカオの木が可愛く思えるほどの超巨大カカオの木。その大きさに威圧感――この森の主といって過言ではないだろう。
クラーラが臨戦態勢に入ると、問題のカカオが姿を現す。
最初に見つけたヤツよりも遥かに大きい。
「ほう……デカいな」
「ええ。斬り甲斐がありそうです」
エステルたちの背後から、ヘルミーナとクレイブもやってくる。再び争奪戦が勃発かと思われたが、クラーラが笑顔でカカオの上部を指さした。
「む? ――あれは……」
「ほう……面白い」
ふたりはニッと笑みを浮かべる。
超巨大カカオの木には、その巨体の影響からか、数えきれないほどの実がなっていたのだ。
「ねぇ……作戦変更しない? みんなあいつを倒して根こそぎいただきしょう?」
「いい提案だ、エステル。採用しよう」
「では、攻撃開始といきましょうか」
エステルからの提案に乗ったヘルミーナとクレイブ。クラーラも含め、四人の戦士が超巨大カカオの木と対峙した。
◇◇◇
要塞村。
「ねぇ、フォル」
「なんでしょうか、マスター」
「そろそろ日が暮れるけど……エステルたち遅くないか?」
「心配はいりませんよ。そのうちきっと――おや? 噂をすればなんとやら、ですね」
フォルの言葉を受けて、トアはその視線の先へと目を向ける。そこには、出発していった女性陣に、なぜだか加わっているヘルミーナたちと一緒に大量のカカオの実を持ってこちらへと歩いている姿が。
「みんな! それにヘルミーナさんやクレイブまで!」
駆け寄るトア。
戻ってきた女性陣は皆やりきったという達成感に満ちた表情をしており、その充実した雰囲気にトアは一瞬怯んだ。
「さて、ご飯の前にお風呂へ入りましょうか」
「賛成!」
「わふわふっ!」
「そうですね。たくさん汗をかきましたからね」
戻ってきた女子組は早々に風呂場へ。
「えっと……」
「トアよ。悪いが風呂を借りていいか?」
「あ、う、うん。いいよ」
「私もいいかな」
「ど、どうぞ」
クレイブにヘルミーナといったエノドア組も、疲れた体を癒すため風呂場へと直行した。
「……何があったんだ?」
「マスターがすべてを知るのはもうちょっと先ですね」
「それってどういう――ていうか、それは何?」
「カカオですが? しかもこれは相当上質ですよ」
「いや、そんな当たり前みたいな感じで言われても……」
結局、トアは何も分からずじまいだったが、女性陣の絆が一層深まったようなので、とりあえずよかったと納得することにしたのだった。
【 あとがき 】
いつも「無敵の万能要塞で快適スローライフをおくります ~フォートレス・ライフ~」をお読みいただき、ありがとうございます。
本作はカドカワBOOKS様より、2月10日に書籍第1巻が発売されます。これも読んでいただいたみなさんのおかげです。本当にありがとうございます。
現在、ツイッターにてキャライラストや予約情報などを掲載中です。
これからも要塞村の面々をよろしくお願いいたします。<(_ _)>
キャライラストや予約情報などはこちらから!
https://twitter.com/EsdylKpLrDPcX6v/status/1219019552924692480
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