第225話 アネス、はじめてのおつかい

「あ、しまった」


 要塞村の図書館で読書をしていたエステルが、急に声をあげた。


「どうかしましたか、エステル様」

「どうしたの、ママ」

 

 偶然そこに居合わせたフォルとアネスが話しかける。


「あ、えっと……以前、エノドアにある本屋さんに魔法の解説本を注文していて、その受取日が今日だったのよ」

「でしたら、僕が代わりに――」

「私が行く!」


 フォルを押しのけて、アネスが元気よく手を挙げる。


「アネスが? う~ん……」


 エステルとしては心配だ。

 屍の森をうろついているハイランクモンスターは、この要塞村周辺に顔を出すと恐ろしく強い村民と出くわす可能性があると学習したらしく、その出現率はほぼゼロとなっている。それでも、まだ幼いアネスをひとりでエノドアへ向かわせるのには抵抗があった。たとえ彼女が精霊女王であっても。

 しかし、当のアネスは母(仮)であるエステルのためにお手伝いをしたいと瞳を輝かせながらGOサインを待っていた。

 自分も一緒に行こうと提案したところで、きっと今のアネスは認めないだろう。あれくらいの年の子どもにありがちな、「自分の力だけで何かを成し遂げたい」

 どうしたものかと悩んでいると、アネスの背後に立つフォルと視線が合う。


「…………」


 フォルは静かに頷いた。

 その仕草で、エステルはフォルの狙いを察する。


「そうね。じゃあ、アネスにお願いしようかしら」

「やった♪」

「本屋さんの場所は分かる? いつもママがジャネットと一緒に行くお店よ」

「噴水の近くにあるお店でしょ!」

「ええ、そうよ。じゃあ、お金を渡すから、これをお店の人に見せて。私の名前を出せばどの本を渡せばいいか分かるはずだから」

「うん! 分かった! 待っていてね、ママ!」


 エステルから依頼を受けると、アネスは飛び跳ねるようにして図書館を出ていった。


「……フォル」

「お任せください、エステル様」


 アネスが部屋を出ていったあと、エステルはフォルへ指示を飛ばす。


「アネスのあとをつけて、危険がないか見張っていて」

「分かりました。もし、アネス様に危険が及びそうになった場合は、偶然を装ってそれとなくフォローをします」

「頼んだわよ」


 アネスを陰から見守る任務を与えられたフォルは、早速アネスのあとを追って図書館を出ていった。



  ◇◇◇



 要塞村からエノドアへと続く道は一本。

 かつて、ジャネットたちドワーフたちを中心に道路整備が行われたということもあって、とても歩きやすい道になっている。その道を、アネスは鼻歌交じりにスキップで進んでいき、後方十メートルほど離れた位置からフォルが様子をうかがっていた。


「ここまでは順調ですね」


 以前は凶悪なモンスターたちがうろつく危険地帯だったが、今となっては小さな女の子がお使いのために利用するほど平和な道となっていた。


 それからしばらくして、エノドアに到着。

 鉱山の町として栄えたエノドアは多くの人が行き交い、活気に満ちていた。いつもはエステルと手をつないでこの人混みを進んでいたわけだが、今日に限ってはひとりきり。一瞬、寂しさにたじろいだが、すぐにキュッと口を真一文字に結んで歩きだす。


「おや? てっきりここで引き返すかと思ったのですが」


 人混みに臆した様子が見られたため、フォルはここでアネスがあきらめると踏んだが、当のアネス自身は人の波をかいくぐって前進を続けた。

 勇気ある行動に目を見張るフォルだが、そこへ最初の難関が姿を現す。


「あっ!」


 アネスは何かを発見して立ち止まった。 

 熱視線を送るその先にあるのは、アネスの大好物である果実を売っている屋台だ。


「……まずいですね」


 いつもなら「買って!」とエステルにおねだりをするアネス。だが、今日はそのエステルがいない――が、お金自体は持っている。ただ、それはエステルが本を買うためにと渡したお金だ。


「…………」


 ジッと果実を見つめるアネス。

 恐らく、幼い心の中で大きな葛藤が繰り広げられているのだろう。さすがに果実を買おうとしたら止めに入ろうと思っていたフォルが固唾を呑んで見守っていると、


「何をしているの、フォル」


 背後からいきなり声をかけられたことで驚き、思わず兜がポロッと外れた。


「ちょ、ちょっと、大丈夫!?」

「え、ええ、問題はありませんよ、ネリス様」


 声をかけてきたのは見回り中のネリスだった。


「ひとりでいるなんて珍しいじゃない。トアやエステルは一緒じゃないの?」

「それがですね……」

「ん? ――ああ……」


 フォルが見つめる先に、眉間をしわくちゃにしながら唸るアネスの姿を発見したネリスはそれだけで、事情を察した。


「あの子のお守ってわけね。ご苦労様」

「ありがとうございます。しかし……すでに正念場を迎えているようで……」

「ふふ、そのようね」

 

 ふたりはアネスの方へ視線を移す。

 すると、果実を売っている屋台に背を向けて本屋の方へ歩いていく姿が目に映った。


「どうやら最大の山場は乗り切ったようね」

「そのようですね」


 安堵するフォル。

 その後は順調に本屋への道順をたどった。

 道中、顔見知りの町民たちと世間話をしたり、お手伝いができて感心ね、と飴玉をもらったりと、多少の時間ロスはあったが、無事に目的地へ到着。

 

「こんにちは!」

「いらっしゃ――あら、アネスじゃない。あ、もしかしてエステルが注文していた本を取りに来たのかしら?」

「うん!」


 対応したのは本屋の店員として働いている、自警団長ジェンソンの娘モニカだった。


「今持ってくるから待っていてね」

「は~い!」


 本屋のイスに腰かけて待つこと五分。

 モニカが本を持ってきて、アネスがお金を払い、任務は完了。あとは来た道を進んで要塞村へと戻り、エステルに本を渡すだけだ。


「どうやら僕のお役目はここまでのようですね」


 やれやれ、と肩をすくめたフォル。

 だが、帰路を行くはずのアネスは噴水近くのベンチに腰を下ろすと大きなあくびをする。


「まさか……」


 フォルの嫌な予感は的中した。

 歩き疲れてしまったのか、アネスはベンチで眠りこけてしまったのだ。


「……どうやらここまでのようですね」


 惜しくも完全な成功という形にはならなかったが、その頑張りは評価に値する。橙色に染まる空の下、気持ちよさそうに眠ってしまったアネスへと近づくと、同じく歩み寄ってくる者がいた。


「あらあら、さすがにちょっとハードだったかしらね」


 アネスの様子が心配になってやってきたネリスだった。


「ネリス様……」

「さて、この眠り姫様をどうする?」

「僕がおぶって要塞村へ連れ帰ります」


 そう言って、フォルはしゃがみ込んだ。ネリスはアネスを抱きかかえると、その背中へと乗せた。


「では、僕たちはこれで」

「お疲れ様、フォル」


 ネリスはフォルへ労いの言葉をかける。それに対し、フォルは「ありがとうございます」と礼を述べた。

少しずつ夜の闇が迫る中、フォルはアネスを背負って要塞村への帰路へと就いたのだった。








【 あとがき 】


いつも「無敵の万能要塞で快適スローライフをおくります ~フォートレス・ライフ~」をお読みいただき、ありがとうございます。


本作はカドカワBOOKS様より、2月10日に書籍第1巻が発売されます。これも読んでいただいたみなさんのおかげです。本当にありがとうございます。


現在、ツイッターにてキャライラストや予約情報などを掲載中です。

これからも要塞村の面々をよろしくお願いいたします。<(_ _)>


キャライラストや予約情報などはこちらから! 

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