第101話 要塞露天風呂
※次回投稿は8月7日の水曜日を予定しています。
「とうとう完成したぞ!」
若きドワーフたちのリーダーを務めるゴランが叫ぶと、それが合図であったかのように周囲から地鳴りのような大歓声が沸き起こる。
数日前の嵐の夜に壁が大破した共同浴場は応急処置を施してすぐに使用できるようになったわけだが、トアたちの新たな試みとしてヒノモト王国にあるという露天風呂の再現を決定。そして今日、その露天風呂が完成したのだ。
「外に風呂があるって新鮮ですね!」
「周りを柵で囲っているとはいえ、やっぱりちょっと抵抗はありそうね……外で裸になるわけだし。そう思うと、ヒノモト人って結構大胆な種族なのね」
「わふっ? でも、とっても気持ちよさそうですよ!」
「……トアに裸を見られるちゃうかもしれないわよ?」
「っ!?」
クラーラからの耳打ちを受けたマフレナの髪や尻尾の毛が逆立つ。普段はそのわがままボディでトアを翻弄するマフレナだが、普段は意識などせず、ただ本能に従ってトアにスキンシップをしているので、「そうなること」を意識して行動する際には大変奥手になる。
現に、いつもはその豊満な胸部をトアに抱き着きながら押し当てているが、これは「トアに抱き着きたい」という意識が先行しているため恥ずかしさはない。ただ、今クラーラが言ったように「トアに裸を見られる」と自分の意識していない状況でこのような展開になるとマフレナは途端に恥ずかしくなり、モフモフの尻尾で真っ赤になった顔を隠している。
最近その事実に気づいたクラーラは、たまにこうしてマフレナをいじっていた。
「確かに開放感はあるけど、誰かに裸を見られそうっていう不安はあるわね」
「そ、そうだね」
エステルの口から裸という単語が飛び出したことで一瞬エステルの裸を想像してしまい、思わず顔をそらすトア。
小さい頃――孤児院にいた頃はほぼ毎日一緒に風呂へ入っていた。あの時は特に何も思わなかったが、成長した今そのようなことを言われてしまうと意識してしまう。特に成長著しい胸部辺りを。
「? トア? どうかしたの?」
「あ、い、いや、なんでもないよ」
「……ふ~ん、もしかして変なことを考えていなかった?」
「! ま、まさか!」
取り繕うトアだが、嘘がバレバレだった。
自分の下心を見透かされたと慌てふためくトアは動揺をしているのでまったく気づいていないが、エステルはむしろ上機嫌になっていた。
ふたりの会話の内容を聞き逃したクラーラとマフレナだが、とりあえずふたりの間に流れている空気がふわふわしているのを察していい感じになっていると感じた。
「トア! 早くお湯を入れるわよ!」
「わふっ! 早く入りましょう!」
「う、うん。……なんかふたりとも気合入ってない?」
「ふふ」
いきなりテンションが高くなったクラーラとマフレナにトアは驚くが、何となくその理由に見当がついているエステルは小さく笑うのだった。
◇◇◇
要塞村の新スポット露天風呂はすぐさま開放された。
露天風呂経験者であるシャウナから「夜に入るのがオツなんだ」というアドバイスを受けていたので、最初の入浴は日が暮れてから行われることに。
そして夜――開放された男湯にトアとフォルの姿があった。
「おぉ……」
「なるほど。シャウナ様が夜に入ることを勧めた理由が分かりましたね」
並んで湯船に浸かるトアとフォル。
その頭上には天井がなく、満天の星空が広がっている。
「裸になって外でお風呂なんて……最初聞いたときはびっくりしたけど、こうして実際に入ってみるといいね」
「まったくですね。女湯のみなさんもこの景色を満喫しているのでしょうか」
「そういえばフォル……お風呂ができた時、堂々と女湯の方に入っていったよね」
「その結果、僕の頭は見事男湯にいるマスターのところまで吹っ飛ばされました」
「そうだったなぁ。今回はちゃんと間違わず男湯に入れて何よりだよ」
「間違えたというか……僕は性別を超越した存在なのでどちらに入ってもまったく問題はないのですが」
豪語するフォルだが、一人称が「僕」でその声も明らかに男性のもの。いくら性別のない自律型甲冑兵とはいえ、さすがにこれで女湯へ行くというのは無理がある。
「しかしマスター」
「うん?」
「女性陣の成長ぶりをご報告するという重大任務を与えてくだされば村長の指示という大義名分のもとに女湯へ行けますが?」
「…………いやいや! ダメに決まってるだろ!」
「少し間がありましたね」
フォルがそう指摘をすると、そこへ筋骨隆々としたムキムキの男たちがやってくる。
「ここが露天風呂ですか!」
「いやぁ、実に開放感があって素晴らしい!」
「空を飛ぶのとはまた違った風情を感じますな!」
銀狼族のジン。
王虎族のゼルエス。
冥鳥族のエイデン。
それぞれの種族のまとめ役たちが、一糸纏わぬ姿で仁王立ちをしている。さらにその後ろから続々と肉体自慢の獣人族たちが入ってきた。
「…………」
「マスター……今からでも女湯へ行かれては? マスターだけならばきっと入れてくれると思いますよ?」
「行くわけないだろ!」
一瞬、心が揺らぎかけたとは口が裂けても言えないトアだった。
◇◇◇
同じ頃、女湯では一番風呂に入ろうとクラーラとマフレナが真っ先に服を脱いで脱衣所を出た。
「ふっふっふっ! 一番風呂は私たちがもらったわ!」
「わふふ!」
誰もいない露天風呂で腕を組み直立のふたり――だが、一番風呂はすでに別の人物の手によって達成されていた。
「うん? 誰かいる?」
湯煙の向こうに人影を発見したのはクラーラだった。
ゆっくりと湯煙が晴れて、その姿を確認したが――そこにいたのは見慣れない人間の成人女性であった。
「「!?」」
その美しさは思わずクラーラを見惚れさせ、大きな胸とくびれたウェストはマフレナのボディさえ凌駕するほどの迫力があった。
あまりにも唐突に現れたとてつもない美人に、クラーラとマフレナは思わず脱衣所へと猛ダッシュで引き返す。そこではエステルとジャネット、それにシャウナやメリッサ&ルイスの双子エルフなど要塞村に暮らす女性陣が着替えの真っ最中であった。
「どうしたの? そんなに慌てて」
クラーラが口をパクパクさせながら露天風呂の方を指さす。
「凄い美人がいたのよ!」
「凄く美人でした!」
「あと胸が大きい!」
「なのに腰はキュッと引き締まっています!」
「? え?」
「ちょっと何言っているか分かりませんね」
ふたりの拙すぎる説明にエステルは首を傾げ、ジャネットはメガネをクイッと指で押し上げてため息を漏らす。
そんな中、唯一ふたりの言葉の真意を汲み取った人物がいた。
「なるほど……そういうことか」
シャウナだった。
「君たちが目撃したという美人だが……実際に露天風呂に行けば正体が分かるだろう」
あえて核心には触れず、実際に見てこいというシャウナ。その言葉を受けたクラーラとマフレナが再び露天風呂を訪れると、そこにいたのはよく見知った魔法使いだった。
「なんじゃ、お主ら。風呂に入らず出て行ったりして」
「!? えっ!? ローザさん!?」
「わふっ!? なんで!?」
湯船に浸かっていたのはローザだった。十歳前後くらいにしか見えない幼い少女の姿をしているローザは、さっきまで露天風呂にはグラマラスな美女とは似ても似つかなかった――いや、一ヵ所だけ同じ部分があった。
「髪の毛が同じピンク色……それによく考えてみたらあの顔は……じゃあもしかして……さっきの人って――」
そう呟いたクラーラとマフレナの肩に、後から入ってきたシャウナがそっと手を置く。
「まあ……そういうことさ」
「「???」」
未だ状況を呑み込めていないふたりに、シャウナは提案する。
「細かいことは気にせず、今はこの新しい風呂を仲間たちと共に楽しもうじゃないか」
満面の笑顔でそんなことを言われたら、頷くしかなくなる。
こうして、男女風呂でそれぞれ夜の露天風呂を会場に宴会が始まったのだった。
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