第102話 迫るふたつの影
※次回は明後日の金曜日に投稿します!
フェルネンド王立図書館。
物音少ない静寂の中、プレストンは読書に勤しんでいた。そんな彼のもとをひとりの少女が訪れる。
「こんなところにいたのですね」
「ミリアか……」
視線は本に向けたまま、声色だけで相手を特定したプレストンがその名を呼ぶ。
ミリア・ストナー。
聖騎隊に復帰したオルドネス率いる小隊の一員となったルーキーで、トアの親友であるクレイブ・ストナーの妹だ。
ミリアは兄と同じ青色をした長髪をなびかせながらプレストンの対面側の席へ腰を下ろす。
「なんでここにいる? ルーキーは合同訓練の時間だろう?」
「私は特別に許可をいただいてパスしました」
「サボりか……兄貴の方はクソがつくほど生真面目だったのに、どうして妹の方はこうなっちまったんだか。大隊長の親父さんが聞いたら泣くぞ」
「私は自分にとって優先すべき事項を優先しているだけにすぎません」
「その優先事項がはなから間違っている気がするけどな」
「いちいち細かいことを気にしすぎですよ、先輩。それより、どうしてこんなところにいるのですか?」
腕を組み、不機嫌さを前面に押し出しながらミリアはプレストンへ詰め寄る。ミリアの読みとしては、自身の怨敵でもあるトア・マクレイグ打倒のために、このプレストンは利用価値のある人物だと思っていた。
あるルートを通じて彼がトア・マクレイグに敗北したことでセリウスの兵たちに追われる身となったことを聞いたミリアは、彼の性格からしてこのままやられっぱなしで引き下がるはずがないと読んだ。その読みはほぼ正解で、彼は隊長であるオルドネスからトア・マクレイグ捜索を命じられていた。
また、ミリアは聖騎隊上層部がトアを異常に目の敵としてその行方を追っているという情報も事前に入手していた。恐らく、プレストンはこの上層部の思惑に便乗して正規任務としてトアを追えるよう上に掛け合うはず――ミリアのこうした予想はすべて当たり、愛する兄を奪ったトアを倒し、兄をフェルネンドへ連れ帰るという野望の準備は整った。
だが、ここで予想外だったのはプレストンの動きだ。
ミリアはプレストンの養成所時代の姿を知っている。
短気で単純で怒りっぽい――だけど、こと戦闘に関しては抜群の才能を見せるというのがミリアのプレストン評であった。
しかし、同じ部隊に配属され、実際に行動を共にするようになると、養成所時代の姿から一変し、至って普通の男という印象となっていた。
今回のトア・マクレイグの件にしても、ミリアの知っている以前までのプレストンならば怒りに任せて居所を調べ、そこへ突進していくだろうと踏んでいたのに、とうとう図書館で読書するというこれまたイメージとかけ離れた姿を晒している。
「いつまで油を売っているつもりですか、先輩。とっととトア・マクレイグを狩りにいきましょうよ!」
「そうは言うがよ、おまえあいつがどこにいるのか分かっているのか?」
「先輩はパーベルで彼に会ったのでしょう? だったらその周辺をしらみつぶしに探していきましょう! お兄様をたぶらかした泥棒猫をこれ以上生かしておくなんて……」
ミリアの瞳から光が消えてブツブツとつぶやき始める。こうなるとなかなか戻ってこないんだよなぁと呆れつつ、プレストンは自分の考えを伝えた。
「あいつに会って捕まえようとしたところで無駄足に終わる可能性が高い」
「なぜですか!?」
大声をあげるミリアに図書館中の視線が注がれる。ここでは話しにくいと、プレストンは図書館を出て城にある自分たちの部隊の控室へ移動し、そこで続きを話すと告げて図書館をあとにした。
フェルネンド城にあるオルドネス隊控室にてプレストンは図書館での続きを語り始める。
「俺がトアと戦った時……確かに俺は油断をしていた。あいつには絶対に負けないという自信があった。それでも、結果は一撃で叩きのめされた――これが意味するところが分かるか?」
「先輩がクソ弱かったってことですか?」
「…………」
「冗談です。そんな怖い顔しないでください」
さすがにプレストンも怒り出しそうなので、ミリアは話題を少し変えることに。
「そういえばずっと気になっていたのですが……なぜ先輩は負けたのですか?」
「あ?」
「相手は《洋裁職人》で、こちらは《槍術士》……先輩は油断したと言いましたが、どう転んでも、あちらに勝ちの目はないと思うのです」
「……だから、調べていたんだ」
プレストンはひとつ息を吐いてから話しだす。
「あいつのジョブは《洋裁職人》ってことだったが……断言していい。あいつのジョブはそんなやわなモンじゃない」
「では、先輩は神官が誤ったジョブを発表したと?」
「俺はそう睨んでいる」
実際にトアと対峙したプレストンは経験している。
トアの全身から溢れ出る膨大な魔力。それはどう考えても《洋裁職人》が持つ魔力などではなかった。
「ヤツのジョブの秘密を解き明かさない限り、あの時の二の舞は避けられねぇ」
「……随分と慎重派ですね」
「俺は直接ヤツと戦ったから分かるんだよ。ともかく、そういうことだからしばらくは情報収集に徹しようと思っている」
プレストンはそう判断を下したが、ミリアは納得していない様子だった。
「パーベルの町にいたのなら、その近くに住んでいる可能性もありますよ!」
「それはそうかもしれんが……そもそもあそこはセリウス領土内だ。あの時の俺は聖騎隊所属ではなかったから問題なかったが、聖騎隊の一員として潜り込んだことがバレたら世界戦争勃発の引き金になりかねないぞ」
ただでさえ、フェルネンドの立場は厳しい。まともな手続きではセリウスへの入国は叶わないだろう。だからといって不法に入国をすれば余計な火種になる。
「では、どうすることもできない、と?」
「……いや、そうでもない」
それまでイスに座っていたプレストンはおもむろに立ち上がると本棚から一枚の書類を取り出した。
「? これは?」
「セリウス王国への入国許可証――もちろん、違法でもなんでもない正規品だ」
「! ど、どうしてそんなものが!?」
「悪いことはしておくものだ。……いろいろと伝手ができるんでね」
「なるほど! これがあれば聖騎隊の一員ではなく行商などと職を誤魔化していても、大手を振ってセリウスに潜入できますね!」
「ただし、こいつには一週間という滞在期限がある。それを過ぎて向こうの土地にいると、あっという間に兵士によって強制送還となる」
「闇雲に突っ込むわけにはいかない、と」
「そういうこった。パーベルにいたというのは確かだが、あそこへ偶然立ち寄った可能性もある。向こうへ乗り込んでいっていませんでしたじゃシャレにならねぇ」
一週間という限られた期限の間にトアを見つけだし、倒し、そしてフェルネンドへ連れ帰らなければならない。それには入念な準備がいるとプレストンは考えていた。
「トアを逃がさず捕えるためにも、準備は必要ってわけだ」
「……了解」
ここでようやく納得したのか、ミリアは大人しく従った。
「でも、槍術士である先輩を負かすほどのジョブってなんなんでしょうね」
「ヤツは素手で俺を倒した……魔力錬成タイプの類じゃなさそうだが、あれだけの膨大な魔力を纏っているとなると格闘系とも違うようだ」
「そもそも神官はどうして《洋裁職人》なんて言ったのでしょうか」
「そこなんだよ。何かを見間違えた可能性はあるが、それが一体なんなのか――うん?」
プレストンの目に飛び込んできたのは先ほどのセリウスへの入国許可証であった。
その瞬間、プレストンの頭の中でこんがらがっていたものが弾け飛ぶ。
「……そういえば、パーベルの近くには屍の森があったな」
「屍の森? あのハイランクモンスターがうようよいる危険地帯ですか?」
「そうだ。そしてあそこには旧帝国が造りあげた《無血要塞》がある」
「ああ、確か名前はディーフォルでしたっけ? それが一体どうしたというのですか?」
「気づかないか? 洋裁と要塞……」
「えっ!? ま、まさかっ!?」
読み間違え――そんなことがあるのかと疑うミリアだが、プレストンには確信があった。
「おまけにあそこには旧帝国が所有していた神樹ヴェキラってのがあったはずだ……あの時感じたヤツの膨大な魔力がその神樹の影響を受けたものなら……」
「い、いくらなんでも飛躍させすぎなのでは?」
「だが、あの周囲を調べてみる価値はありそうだ。よし、早速行動開始だ」
プレストンは意気揚々とした態度で再び立ち上がると、部屋を出ていこうとする。
「ま、待ってください! 私も行きます!」
その背中を、大慌てでミリアが追っていった。
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