第100話 トアの想いと神樹の謎
「……んあ?」
ある日の深夜。
要塞村の自室で就寝中だったトアの意識は突如覚醒した。
「妙な時間に目が覚めちゃったな……」
上半身だけを起こし、窓の方へ視線をやる。まだ夜の闇が辺りを覆い、空には星が瞬いていた。朝はまだ当分先のようだ。なのに、妙に寝起きの調子がよくあくびひとつ出ない。こうなると二度寝も難しそうだ。
「かといって今から仕事を始めたら周りに迷惑をかけちゃうしなぁ」
とりあえず起き上がって、昨日一日を振り返る。
露天風呂造りは順調に進み、あと数日で完成するだろう。今日の夜はその「完成打ち上げ会直前打ち上げ会」というよく分からない名目の宴会が行われた。ローザ曰く「大人は騒ぎたい理由が欲しいだけじゃよ」と語り、上機嫌なまま秘蔵のワインを楽しんでいた。
「……何か特別なことをしたってわけじゃないか」
それなのにこんな時間に目が覚めるとは。
やることも特にないので、トアは部屋の外へと出てみる。廊下は地下迷宮から持ち帰った発光石のおかげで深夜の時間帯でもほんのり明るく、進むのに苦労しない。最近はそれを当たり前になっているので忘れがちだが、いつも頑張ってモンスターを倒し、アイテムを持ち帰ってきてくれる冒険者の人たちに感謝しなければ、とトアは改めて思った。
「しかし……夜の要塞村か」
夜の要塞村――そのワードに好奇心を掻き立てられ、少し周辺を歩いて様子を観察してみようと進み始める。
さすがにこの時間では誰とも出くわさないだろうと思っていたトアだが、歩きだして五分と経たないうちに村人と遭遇する。
「む? トアではないか。こんな遅い時間にどうした?」
出会ったのは枯れ泉の魔女ローザ。そしてその横にはすっかり彼女の弟子として定着した幼馴染の姿があった。
「それはこっちのセリフですよ。エステルまでどうしたの?」
「私はローザさんと一緒に神樹の調査をしているのよ」
「神樹の調査? ……そういえば元々ローザさんは神樹の研究をしているんでしたね」
トアがベースの能力を使用したことをきっかけにしてその力を取り戻した神樹ヴェキラ。だが、未だにその多くは地下迷宮同様に謎のベールに包まれていた。
「それで、お主の方はこんな時間にこんなところで何をやっておるのじゃ?」
「実は変なタイミングで目が覚めちゃって」
「ふむぅ……ならばワシらの手伝いをせんか?」
「手伝い、ですか?」
とても興味深い誘いだった。この要塞村の村長であるトアとしても、神樹の謎は大変気になるところではあったからだ。
ローザとエステルの手伝いをすることになったトアは神樹の根がある地底湖へと向かう。その道のりの途中で、トアは最初に訪れた時のことを思い出した。
最初にここを歩いたのはクラーラとフォルのふたりとだ。
まだ廃墟同然だったこの無血要塞で、フォルに案内されてここを通った。壁も床も天井もボロボロでいつ崩れ落ちてもおかしくないくらいだったが、それが今ではトアのリペアとクラフトの能力で建てられたばかりではないかと見違えるほどに修繕されている。
これまでの軌跡を眺めながら進むと巨大な神樹の根と地底湖の広がる空間へと出る。
「ここへ来るのも随分久しぶりだな……」
複雑に絡み合い、地底湖にその根を沈める神樹ヴェキラ。
最近は忙しく、いつも地上からその姿は見ているが、ここまで来て根と地底湖を見るのは本当に久しぶりだった。
「ワシらはたまにこうして神樹の様子を見に来るんじゃよ――そろそろじゃな」
「そうですね」
「? 一体何が――」
トアがふたりの態度に疑問を覚えていると、次の瞬間、神樹ヴェキラの根の周辺に小さく淡い光の球体が姿を見せた。
「あれは……?」
それは徐々に数を増やし、トアたちの周囲にもふよふよと漂い始めた。
「魔力の粒子じゃ」
「小さな光だけど、そのひとつひとつには神樹の魔力が込められているの」
「分かるよ……小さいのに凄い力強さだ」
神樹から得られる魔力により、飛躍的に身体能力が向上して凄まじい強さを手に入れた。ドワーフのゴランを助けるためゴーレムに立ち向かった時も、港町パーベルで元同僚のプレストンと戦った時も、この淡い光をした魔力がトアに力を貸した。それ以外にも、さまざまな場面で神樹はトアに魔力を与え、助けた。それは実際にその加護を受けていたトア自身が一番よく分かっている。
「トアよ……ワシの仮説を聞いてはくれぬか」
幻想的な雰囲気の中、ローザが口を開く。
「お主は神樹が復活したのを自分のベースという能力が発端であると言ったな?」
「は、はい、そうだと思います」
正直、自身はなかった。
しかし、トアがベースを使用した翌日にフォルが現れ、そして神樹の影響が至るところで見られるようになった。終戦後、世界最高の魔法使いと評される枯れ泉の魔女ことローザ・バンテンシュタインが長きに渡り研究してもよみがえらせることのできなかった神樹が、ベースを使用した翌日に復活――トアだけでなくフォルもそのベースに秘密があるとずっと思っていたのだが、ローザの見解は違った。
「お主の能力について詳細な情報は未だ見つかっておらぬ。じゃが……ワシは神樹が復活した理由にベースという能力は関係ないのではないかと睨んでおる」
「え?」
これまでの考えを否定するローザの言葉にトアは固まる。
「とはいえ、ワシの考えも推測の域を出ないので強くは言えないのじゃが」
ローザはそう前置きを挟んで話を続けた。
「おそらく、そのベースという能力はリペアやクラフトといった能力を発動させるための場所を指定するためのものではないかと思っておる」
「トアが要塞以外でリペアもクラフトも使えないのは、ベースで定められた場所ではないからというのがその理由なの」
エステルも加わって、さらにローザの仮説は続く。
「神樹復活はベースの能力ではなく……お主という存在自体に起因しておるのではない?」
「俺の存在が?」
「まあ、小難しい話は置いておくとして、結論から言えば――お主は神樹に気に入られたということじゃ」
「へ?」
なんというか、あっけらかんとそう説明されて、トアは肩透かしを食らった気分になる。あの膨大な魔力を放つ神樹が復活した理由は、単純に神樹がトアを気に入ったからだから――にわかには信じられない理由だ。
「それってつまり……神樹は自身の意思で復活した、と?」
「可能性はあるかもしれぬ。まあ、それはおいおいゆっくりと調べていけばやがて分かることじゃろう」
「は、はあ……あっ」
トアは天井から漏れてくる日差しが湖面を照らして出していることに気づく。見ると、周りを浮遊していた魔力の粒子も消え去っていた。
「朝か……」
「も、もうそんな時間なの?」
「やれやれ、時が経つのは本当に早いのぅ。では、戻るとするか」
ローザが踵を返すと、地上からは銀狼族の遠吠えが聞こえてきた。
今日もまた要塞村に朝が来る。
多くの謎を残す神樹ヴェキラだが、トアはそこから得られる魔力に嫌な気配を感じてはいない。
――だから、これだけは信じている。
神樹はこれからも自分とともにあり、そしてこの要塞村を見守り続けてくれるだろう、と。
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