第99話 戦神の血を引く者

※次回は今週土曜日に更新予定!



 ストリア大陸最大国家――フェルネンド王国。


「ようやく戻ってこられたな」


 ため息交じりにフェルネンド城内を歩くのは聖騎隊へと返り咲いたオルドネスであった。

 かつて軍を率いてセリウス王国にあるオーストンという町へ侵攻したが、たまたまその場に居合わせた八極のひとり――《伝説の勇者》と呼ばれたヴィクトールによって阻まれまさかの失敗。その責任を取る形で前線から離れ、ドーレス監獄へと左遷させられていた。

 そんな彼が王国聖騎隊の、しかも隊長職に復帰できたのには訳がある。


「これも俺が持ってきた情報のおかげだってことを忘れないでもらいたいね」


 オルドネスと並んで歩くのは元聖騎隊の一員であり、この度オルドネスとともに復帰を果たしたプレストンであった。


「心得ているさ、プレストンくん。だからこそ、君もこうして一緒に聖騎隊へ復帰させてあげたのではないか」

「つーか、俺なんか絶対に戻されないと思ったんだがな。よほど切羽詰まっているのかねぇ」

「人員不足というのもあるだろうが……気づいたか?」

「……ああ」


 プレストンはオルドネスの言葉の真意を汲み取って頷く。


「しばらく離れている間に、見慣れねぇ顔ぶればかりになったな」

「城内をうろついているということはそれなりに信用を得ている者たちということだが……おそらく、他国から来た者も多いだろう」

「随分と雑食になったもんだ」


 これまで聖騎隊への入隊資格にフェルネンド王国の国籍が必要であった。しかし、ふたりが聖騎隊を離れていた短期間にこれだけ新しい人材を大量に入れるということは、そのあたりの規制が緩和したことを指していた。


「なりふり構っていられないってことかね。ただ……不思議と追い詰められたって感じは漂ってこないのが気にかかるな」

「そこは大陸一の大国というプライドがあるのだろう。だが、誇り高き我らフェルネンドはこれ以上無様な戦いはできないと内心躍起になっているのさ」

「けっ、無駄なプライドだな。そのうちマジで足元すくわれちまうぞ」

「口を慎みたまえ、プレストンくん。その無駄なプライドがあるからこそ、我々は飯を食っていけるのだ」

「……確かに」


 兵士としては国が戦いを望むのであれば出番がある。それだけ給金も跳ね上がるというわけだ。

 以前のように大型魔獣ばかりを相手にする討伐任務は危険なうえに見返りが少ない仕事だったので、今の方がふたりにとって向いている方針といえた。


「そういえば、まだ君に伝えていなかったが、新しく隊を編制するにあたり、三名が我々の隊へ召集されることになった。そのうち二名は現在遠征に参加しているため、合流にはもう少し時間がかかるようだが、あとひとりはすでに私の部屋に招き入れてある」


 聖騎隊の隊長クラスには城内に専用の個室が用意される。隊長職に復帰したオルドネスにも当然与えられるので、新入りは先にそちらで待たせていたのだ。


「なら、そいつの顔はもう見たのか?」

「いやまだだ。……ただ、そいつは今年養成所を出たばかりのルーキーのようだ」

「世代的には俺のひとつ下ってわけか」

「養成所時代の成績には目を通したが、かなり優秀なヤツだぞ」

「そんな将来有望株をうちに預けて大丈夫なのか?」


 任務失敗をした男と勝手に隊を抜け出してチンピラになっていた男。

 オルドネスが見た成績通りの優秀な兵士であるなら、わざわざこんないわくつきの隊へ送り込むことなどありえない。

 その理由はオルドネスの口から語られた。


「我々の隊へはその新入りが希望して入隊するそうだ」

「はあ? なんでまた?」

「そのことなのだが……どうも君に原因があるようだ」

「俺に?」


 ますます謎が深まったとプレストンは混乱した。

 そもそも自分はしばらくの間、聖騎隊を抜けて港町パーベルでチンピラ同然の生活を送っていた。そこにトア・マクレイグが現れ、落ちこぼれのくせに可愛いエルフをつれていたものだから少しからかってやろうとした――が、実際は強烈なカウンターを食らう羽目になったのである。

 そんな自分を目当てにオルドネス隊へ入ろうという物好きがいる。

 その正体を知るため、オルドネスとプレストンは隊長室へと入った。


「彼女がそうか……女とは意外だったな」

「同感だぜ」


 隊長室に先乗りしていたのは――少女だった。

 入室してきたオルドネスとプレストンの存在に気づいて振り返り、挨拶をする。


「おはようございます。殺しますよ?」

「「!?」」


 開口一番そんな物騒なあいさつをくらわされたふたりは思わず固まった。


「申し訳ありません。殺意が溢れるあまり不適切な発言をしてしまいました」

「いや、不適切とかそれ以前の問題だろ……」


 プレストンはそう言って謝っていた少女の顔を見て再び固まる。

 少女の外見に秘密があった。


 褐色の肌に腰まで伸びた青い髪に鋭い眼光。


 少女はプレストンのよく知る同僚とよく似ていた。


「……おまえ、名前は?」

「ミリアです。ミリア・ストナーと申します」

「「! す、ストナーだと!?」」


 オルドネスとプレストンが驚くのも無理はない。ストナー家といえばフェルネンド国内にその名を轟かせる戦神と呼ばれる一族の名だ。そして何より、トアやエステルとともに王国聖騎隊から姿を消したクレイブ・ストナーと同じ名を持っている。


「おまえ……もしかしてクレイブの――」

「妹です」


 やはりか、とプレストンはため息を漏らす。そして続けざまに質問をぶつけた。


「おまえがこの部隊へ入るのに俺が関係していると聞いたが……そうなのか?」

「その通りです。プレストン先輩は私と標的にしている人物が一致しているという情報を得たので、指名しました」

「標的にしている人物だと? まさか――」

「お分かりいただけたようですね。……私の標的はトア・マクレイグです」


 クレイブの妹のミリアは、トアを標的として定めているため、同じ目的を持つプレストンがいるオルドネス隊への入隊を希望したのだという。

 

「なんでおまえはトアを目の敵にする? あいつはおまえの兄貴と仲良しだぞ?」

「そうです。聖騎隊の未来を担うはずだった私のお兄様をたぶらかし、聖騎隊から引っ張り出したあの男を許してはおけないのです……見つけ次第……ふふふ」


 瞳から光がスッと消え去り、ブツブツとトアへの恨みを語るミリア。だが、その言葉にはいくつか誤りがあるとプレストンは思った。しかし、その誤情報について訂正を許さない雰囲気を醸し出している。


「……あんなのがあとふたりも入るのか?」

「他のふたりはきっともっとマシだ。……たぶん」

「そうであることを切に祈るぜ」

「何をぶつくさ言っているのですか? 私たちに与えられた任務はトア・マクレイグの暗殺のはずです」

「違ぇよ! ……ああ、いや、違わねぇのか?」

「とりあえず彼女は君に任せるよ、プレストンくん。先輩として彼女に聖騎隊としての心得を伝授してやるといい」

「なっ!?」


 プレストンがオルドネスの方へ視線を向けるが、その動きを察知したかのようにパッと視界から姿を消す。気がつくと、オルドネスは部屋のドアから出るところであった。


「では私は彼女の入隊に関する報告をしてくるからあとは頼むぞ」


 そう言って、返事も待たずオルドネスは立ち去った。


「あの狸親父め……」


 ここまでのやりとりでミリアが大変に面倒な存在であることを悟ったオルドネスはとっととその身柄をプレストンに預けて逃げだしたのだ。優れた戦闘実績があるわけでもないのに隊長職に就いた彼の本領発揮といえる。


「何をしているのですか、先輩。すぐに出撃の準備をしてください」

「おい待て。まさかこれからトアの居場所に乗り込もうって言うんじゃないだろうな?」

「むしろそれ以外の選択肢がありますか?」

「それ以外の選択肢しかねぇんだけどな」


 とにもかくにも、まずはこのミリアにいろいろと常識というものを叩き込まなくてはいけないだろうとプレストンは思った。


「さあ、先輩! この私の部隊にいるからにはしっかりと戦力になってもらいますよ!」

「おまえの部隊になったわけじゃねぇよ!」


 先行きは不安であるが、トアへの復讐にはきっと欠かせない人材となるはず――プレストンはそう考え、ミリアとしっかりコミュニケーションをとっていこうと心に誓った。


 ここにオルドネスとプレストンは正式に聖騎隊へと復帰。

 そして、クレイブの妹であるミリアが打倒トアを掲げてプレストンからの情報を頼りにトアへと迫ろうとしていた。

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