第401話 ローザの悩み
その日、要塞村図書館にはかつてないほどの緊張感が漂っていた。
「…………」
八極のひとりにして新婚(見た目)幼女のローザ・バンテンシュタインは、険しい表情で新聞を眺めていた。
「ロ、ローザさん……なんであんな鬼気迫る表情で新聞を読んでいるんでしょうか」
「わ、分かりません」
たまたま居合わせたジャネットとオークのメルビンは、その様子を心配そうに眺めていた。
しばらくすると、ローザは読んでいた新聞をもとの位置に戻すと、無言のまま図書館をあとにする。それを見届けてから、ジャネットとメルビンのふたりは新聞を持ち出し、目を通していたと思われる記事を見つける。
それは、
【経験者歓迎! セリウス王国魔法兵団の指導者募集!】
であった。
「魔法兵団の指導者!?」
「ロ、ローザさんが引き受けるとは思えないのですが」
「確かにそうですね……でも、もしかしたら、アレが関係しているかもしれません」
「アレ、というのは?」
「結婚ですよ」
浮遊大陸で偶然再会した恋人のヴィクトールから、突然すぎるプロポーズを受けて人妻となったローザ。
そのローザの結婚と魔法兵団指導者。
一見すると結びつきそうにないのだが、ジャネットの目にはそう映っていなかった。
「きっと、ローザさんは女性として経済的に甘えたくないと感じているのでしょう」
「えっ?」
「結婚しても自立した女性として輝きたい。その気持ちはよく分かります。……わ、私も、トアさんとけ、けけ、結婚しても、工房で働きたいと思っていますし」
「あ、あの、ジャネットさん?」
妄想が行きすぎてまったくメルビンの話を聞いていないジャネット。
だが、ハッと我に返って――
「そうだ! こうしてはいられません! すぐにみなさんに報告しなくては!」
いなかった。
暴走を続けたまま、ジャネットは新聞片手にトアのいる村長室へ向かって走りだす。
メルビンがそれを止める暇は一秒もなかった。
◇◇◇
「えっ!? ローザさんが要塞村を離れる!?」
村長室にはトアの他、クラーラにマフレナにエステル、そして同じ八極のひとりであるシャウナの姿もあった。
「それは信じがたい話だな」
早速シャウナが異を唱えた。
「ですが、かなり険しい表情でこの新聞の記事を眺めていたんです」
「ふーむ……」
シャウナはジャネットから証拠だという新聞を受け取る。そこにある魔法兵団の指導者募集の項目を発見するが、やはり、要塞村の面々よりも一緒にいる期間が長く、ローザ・バンテンシュタインという女性をよく知る彼女の目には違和感しかなかった。
だが、ローザが険しい表情で新聞記事を眺めていたというジャネットの証言も間違っていないと思う。この場でそのような嘘をつく理由がつかないからだ。
きっと何かの勘違いだろうと新聞を見渡していたシャウナは、
「あ」
やがて事の真相を知る。
「? シャウナさん、どうかしましたか?」
「あ、いや、その……どうということはないのだが……」
「そんなことよりトアさん! 早くローザさんを説得しましょう!」
「そうだったな。よし! 行こう、みんな!」
トアは女性陣を引き連れて村長室をあとにする。
目的はローザを発見して追及するつもりなのだろうが、
「やれやれ……まあ、この記事をどう説明するのか、見ものではあるね」
そう言って、シャウナは苦笑いを浮かべるのだった。
ちなみに、その記事のタイトルは、
【新婚夫婦に警鐘! 百年の恋も冷めるNG行動集!(夜の営み編)】
であった。
――当然、ローザに要塞村を出ていく意思などあるはずもなく、だからといってどの記事を読んでいたのか説明できるはずもない。そのため、この件はトアたちにとって長らく解決不能の謎として残り続けるのだった。
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