第402話 闇の儀式(健全)

 最近の要塞村ではある物が話題となっていた。

 それはヒノモトから伝わった「寄せ鍋」という名の料理。


 これが寒い日の食事にピッタリということで、ちょっとしたブームになっていたのである。

 村民だけでなく、市場に出店している舌の肥えた食品専門の商人たちをも唸らせたヒノモトの寄せ鍋――その味を再現すべく、要塞村の料理担当フォルは、最初に寄せ鍋を振る舞ったヒノモト関連のアイテムを売る商人キスケのもとを訪れ、レシピを教えてもらった。


 その後、調理場で再現に挑もうとするフォル。

 今回はお手伝いとしてクラーラとジャネットのふたりを呼んでいた。


「材料のほとんどはヒノモトでしか手に入らない物ばかりですね」

「うわっ! 何この黒い液体……これも使うの?」

「それは醤油という調味料らしいです。キスケさんから製造工程を聞いたんですけど……なんていうか、あの国は特に食糧事情に関して貪欲というか、研究熱心というか」


 マフレナとジャネットが見慣れない調味料に関心を持っている頃、フォルは空っぽの鍋を前に腕を組んで立ち尽くしていた。


「どうしたんですか、フォル」

「ジャネット様……いえ、少し昔を思い出して」

「昔? ヒノモトの寄せ鍋を知っていたの?」

「いえ、クラーラ様……厳密にいえば、それは料理ではないんです。かつて、帝国軍にはある恒例行事があって、それが寄せ鍋に似ているな、と」

「「軍の恒例行事と寄せ鍋?」」


 クラーラとジャネットは顔を見合わせて首を捻る。

 それだけの情報では、まったく関連性を見出せなかった。


「もうちょっと詳しく説明しなさいよ」

「……僕が知っているのは《ダーク・ポット》と呼ばれる物です」

「「ダーク・ポット?」」


 再びクラーラとジャネットの声が重なる。


「これは、主に軍へ入隊したばかりの新兵たちへ向けて行われた、一種の度胸試しですね」

「度胸試し……面白そうじゃない! 私もやってみたいわ!」


 度胸試しという言葉に反応するクラーラ。

 一方、ジャネットは冷静にフォルへ問う。


「ますますヒノモトの寄せ鍋からはイメージできませんね。そのダーク・ポットというのはどういったものなのですか?」

「やり方は至ってシンプルです。このような鍋にさまざまな具材を入れて煮込み、食すだけです」

「何それ。普通の寄せ鍋と変わらないじゃない。どこが度胸試しなのよ」

「問題は使用される具材にあります。ヒノモトの寄せ鍋は肉や野菜を入れ、ここにある調味料で味を整えますが、ダーク・ポットは一切そのようなことをしません」

「えっ? そ、それだと味が――」

「味など関係ないのです」


 そう語るフォルの口調には、どこか恐怖にも似た感情が込められているようだった。


「鍋にはさまざまな食材がぶち込まれます。しかも、食べる時は部屋を暗くし、自分が一体何を口にしようとしているかが分かりません。食べてからのお楽しみということです。――それでも、やりますか?」

「「…………」」


 ゴクリ、と唾を飲むふたり。

 だが、一度やると言った以上、クラーラとしては引き下がれない。ここで却下したら、フォルにいじられるのは目に見えていた。


「ク、クラーラさん、ここは退いた方が――」

「……いいえ! やってやるわ! その代わり……参加者を増やす」

「構いませんよ」


 フォルからOKをもらったクラーラは市場へと向かうと、休日を利用して訪れていたエドガーとクレイブのふたりに声をかけた。

 

「旧帝国の度胸試し? 面白そうじゃねぇか」

「うむ。挑戦させてもらおう」


 乗り気なふたりを連れて、クラーラは調理場へと戻る。

 すると、そこはあらゆる窓が封鎖され、完全に光が遮断された状態となっていた。


「ようこそおいでくださいました」


 暗闇の中に響き渡るフォルの声。


「具材を入れて調理をしておきました。――さあ、挑戦してみてください」

「「「…………」」」


 三人はおぼろげに見える鍋に近づくと、


「「「うおおおおおおおおおおっ!!!!」」」


 最初に手をつけた食材を勢いよく口へと頬張った。




 ――数時間後。




「えっ? クラーラとクレイブとエドガーが体調不良?」

「わふっ」

「変な物を食べたらしいけど……大丈夫かしら」


 マフレナとエステルを通して、宴会の準備をしていたトアのもとへ届いた報告。

 どうしたのだろうと純粋に心配する三人の後ろでは、「だからやめた方がいいって言ったのに……」と頭を抱えるジャネットの姿があった。


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