第12話 無血要塞の謎
トアたちは応接室に案内された。
豪勢な調度品の数々に囲まれたその部屋は、庶民派のトアや野生生活の長いジンとゼルエスには少々窮屈に感じる。
「ふ~む……良い香りじゃな。これは西方の最高級ガージリンティーか」
「その通りでございます!」
一方、ローザはこの雰囲気を楽しんでいる。
向かい側に座るチェイスは物腰低く、とても大陸で五指に入る大貴族の当主とは思えなかった。これも、ローザが《八極》の一人だからだろうか。
「それで、今日はどのようなご用件でしょうか。伝説の種族と称えられる銀狼族に王虎族の長と、それから……利発そうな若者を連れて」
トアへの褒め言葉が浮かばず、苦し紛れに出た言葉であるのは明白だった。
それはさておき、ティーカップをテーブルに置いたローザが早速本題をぶつける。
「単刀直入に言うぞ。この若者にディーフォルの所有権を移したい」
「ええっ!?」
さすがにこの提案には驚きを隠せない様子のチェイス。
「ろ、ローザ様のご推薦とあればこちらとしても異論はありませんが……」
明らかに嘘だった。
チェイスのトアを見る目は「本当にこんな小僧が?」という疑いの念で満ちている。それを感じ取ったのは、ローザが連れてきた二人の男だった。
「我ら銀狼族はトア殿によって一族全滅の危機を免れることができました。彼は人の上に立つに十分な資質を持った御方です」
「王虎族も同じです。彼の勇気ある決断がなければ、我ら一族は今頃どうなっていたか……」
「…………」
ジンとゼルエスの訴えかけを耳にしたチェイスの表情が変わった。
「銀狼族と王虎族の長にここまで言わせるか……」
チェイスは銀狼族と王虎族がどのような種族であるか知っている。気高い彼らは、己のプライドをねじ曲げてでも誰かに媚びを売るようなマネはしないだろう。そんな彼らが手放しにこの少年を褒めている。それがチェイスの心を動かした。
「トア・マクレイグと言ったか」
「は、はい!」
「ローザ様だけでなく、銀狼族と王虎族の長にも認められた君ならば……あるいはあの要塞の謎を解明できるかもしれん」
「謎……ですか?」
「ちょっと待っていてくれ。――ダグラス」
パンパンとチェイスが手を叩くと、執事のダグラスが部屋に入ってきた。
「お呼びですか、ご主人様」
「すぐに持ってきてもらいたい物があるのだが」
「すでに用意してあります」
「さすがはダグラスだ」
「いやいや、さすがに早すぎでしょ!」――とツッコミを入れようとしたが、話が逸れてしまうのでトアはグッと堪える。
超絶有能執事ダグラスが持ってきたのは大きな紙だった。それを、トアたちとチェイスを挟む形で置かれたテーブルの上に広げる。
「これは終戦後に帝国側の軍事施設から押収したディーフォルの全体図だ」
「! ディーフォルの!?」
思わず前のめりになるトア。
生活拠点となっている神樹近辺以外はほとんど謎に包まれているディーフォル。昨日からシニア組がいろいろと調査してくれているが、まだまだその全容を知るに至っていない。この設計図は今後の活動に大きく影響を及ぼす。
それによると、ディーフォルは巨大な十字型をした要塞であることが分かり、神樹ヴェキラはその中心部分にある――つまり、トアたちが生活の拠点としているのはちょうど要塞の中心部に当たる場所だ。さらに地下にも何やら巨大な空間がいくつかあることが分かった。
「あまり具体的な情報は載っておらんのじゃな」
「詳細な情報は機密扱いを受けていたものと思われ、敗戦が決定的になった際にすべて破棄したのでしょう。ですので、連合軍が接収した資料でもっともディーフォルの情報が多いのはこの全体図になります」
「でも、十字型をしていたり、地下にこれだけ空間が広がっているというのは知りませんでした」
新しく発覚したディーフォルの真実に、トアはワクワクする。もっとあの要塞についていろいろと調べてみたいという知的好奇心が溢れてくる。
だが、それと同時にある疑問が浮かんだ。
「こういった資料って軍事機密になるんじゃないですか? 勝手に持ち出したりしたらまずいのでは……」
「まあ、そうなのだが……正直言って、あの要塞は我らの手に余る代物だ」
チェイスは腕を組んで項垂れる。
その仕草から、あの要塞の扱いに心底困っているのだというのが伝わった。
「あらゆる国家があの要塞を調べようと兵を送ったが、ハイランクモンスターがうろついているあの危険地帯では満足な調査ができないとして次々と断念していった……そのうち、あの要塞へ関わろうとする者自体がいなくなり、すっかりお荷物となってしまったのだ」
「それはワシも同感じゃ。神樹の研究を長年続けているが……あそこは謎だらけの場所だという以外結論付けられなかった」
「しかし、それが今、一人の若者によって覆ろうとしている」
顔を上げたチェイスは真っ直ぐトアを見据えた。
「
ここで、チェイスは頭を深々と下げた。
大貴族であるファグナス家の当主が一般人の少年に頭を下げる――それはあまりに信じがたい光景であった。
「! あ、頭を上げてください!」
トアもまさか頭を下げると思っておらず、慌てて顔を上げるよう頼む。これにはジンやゼルエスだけでなく、ローザも驚いた。
「変わったのぅ……チェイス」
「それはあなたもですよ、ローザ殿。昔のあなたなら、神樹のある要塞に人が入り込んだら問答無用で追い出していたはず」
「確かにのぅ……最初はすぐさま追い出そうとしたのじゃが、この若者と活気溢れる彼らの生活ぶりを見ていたら、そんな気は失せてしまったわ」
「私も同じ気分ですよ。不思議だ……私としても、あの要塞は厄介だが手放すには相応の勇気がいると頭を悩ませていたのに、それがまるでバカらしいとさえ思えます。もっと早く彼がここを訪ねてくれていたら、私の毛髪はもっと豊かであったでしょうに」
「お主のそれは年じゃろう」
「いやはや、これは手厳しい」
冗談を交えながら、上機嫌に笑い合うローザとチェイス。
この雰囲気からするに、どうやら、当初の目的は達成できそうだ。
それから、ダグラスが持ってきた所有権譲渡の公的書類にサインをする。それから、交換条件――というわけではないが、要塞での生活の様子や新たに発覚した事実などを三十日に一度報告へ来るという取り決めを結び、最後にチェイスが印を押して手続きは完了した。
「これで今日からあの要塞は正式に君の物だ。好きにしてくれて構わない」
「は、はい!」
こうして、要塞ディーフォルは正式にトアの所有物となり、村長としてみんなをまとめていく大役を担うことになったのだった。
◇◇◇
村へ戻ったトアは早速、所有権譲渡の話を村人たちへ話す。
すると、大歓声が沸き起こり、その日は宴会が行われることになった。
領主であるファグナス家を通してローザから権利を譲渡されたわけだが、トアにはいまいち実感がなかった。
というのも、あまりに事があっさり運びすぎたからだ。
所有権譲渡の話だって、もっと盛大に反対されるかと思っていたら、割とすんなり進んで驚いた。
「あやつとしても、ここの処置を決めかねておったから、ちょうどいい貰い手ができたと思ったのじゃろう」
「でも、俺が悪用するかもしれないとか――」
「そんな裏のある人間に、銀狼族も王虎族もエルフも――何より、ワシがこうして一緒にいることを望んだりはせんさ」
ローザはグラスに注がれた酒(ローザの秘蔵酒)を飲み干すと、銀狼族伝統の踊りで盛り上がっている即席のステージに混ざっていった。フォルもぎこちない動きではあるが、踊りを楽しんでいるようだ。
「ほらほら、トアも踊ろうよ!」
その様子を眺めていたら、クラーラに腕を掴まれて引っ張られる。
「お、俺は踊りなんてできないよ」
「こういうのは感じ取って動くものよ! 自分が思うままに体を動かせばいいの!」
「自分が思うままに……」
なんだか、その言葉がやけに心に響いた。
自然と笑みがこぼれ、クラーラと一緒に踊り始めるトア。
楽しい夜はまだ終わらない。
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