第13話 要塞農業

「う~ん……」


 宴会の翌日。

 トアは朝から自室で唸っていた。

 原因は以前、フォルから提案された農業について。

 現状、この要塞村に住んでいるのはトア、クラーラ、フォル、ローザ、そしてジンを代表とする銀狼族と、ゼルエスを代表とする王虎族で、人数は合計四十六人である。

 その大半を占める銀狼族と王虎族は基本肉食なので、野菜を食べなくても平気なようであるが、人間やエルフはさすがにそろそろ野菜が恋しくなってきた。 

 季節的にも、今は温暖でこれからどんどん暑くなってくる。野菜を育てるには最適な時期でもあった。

 また、偶然にも銀狼族と王虎族の人の中に野菜の種子を保有している(観賞用として育てるらしい)人がいたので、それを元手に農園計画を進めていこうと立案した。

 しかし、その案はのっけから頓挫しかけている。

 一番のネックは成長するまでの時間。

 二番目のネックは育てる場所と人員だ。


「……最悪、人員はなんとかなるとして、問題は成長するまでの期間だよなぁ」


 トアの部屋のテーブルには集められた野菜の種子が転がっている。

 内訳としては次の通りだ。

 トマト。

 ナス。

 タマネギ。

 この三種類だ。

 

「ローザさんに相談してみようか」


《枯れ泉の魔女》といえど、元は人間。

 彼女も、野菜作りには賛成してくれるだろうし、協力もしてくれるはず。

 そう願いつつ、トアはローザの部屋を訪ねようとした――と、部屋の窓から外の様子が視界に映る。


「あれ?」


 要塞の外に二人の人物がいる。

 ローザとフォルだった。


「なんだ?」


 珍しい組み合わせに、トアは興味を抱いてこっそり近づき、聞き耳を立てた。


「ローザ様、あなたにお伺いしたいことがあります」

 

 まず切り出したのはフォルだった。


「あなたが前世界大戦で活躍された《枯れ泉の魔女》でしたら……僕の中の人について何か情報を持っていませんか?」


 フォルの中の人というのは、かつて、今のように自律型として成立していなかった頃に自分を普通の甲冑として愛用していた兵士のことらしい。

 フォルはこの人物のことをとても知りたがっており、帝国の最新魔法兵器として生み出された自分の過去を、帝国を滅亡させた連合軍に所属していた《八極》の一人であるローザならば何か知っているのではないかと思ったようだ。


「……すまんのぅ。お主のような自律型甲冑兵器の存在は耳にしておったが、お主の持ち主については何も知らん」

「そうですか……」


 しかし、そんなフォルの期待は打ち砕かれた。声色からして、かなり気落ちしているように思える。


「そう落ち込むな。ワシの方で情報を集めておいてやる。じゃが、もう百年も前のこと。当人は生きておらぬと思うが」

「情報だけで構いません。僕は知りたいのです。あの人のことを」

「そうか……分かった。心に留めておこう。――では、次はそこでこそこそと隠れながら聞き耳を立てておる我らが村長の相談に乗るとしようかのぅ」

「うっ……」


 ローザにはすべてお見通しのようだった。

 観念して二人の前に出てくるトア。


「マスター……」

「ごめん。盗み聞きなんてマネをして」

「いえ、別に聞かれてまずいことではないので」


 フォルは気にしていない様子だった。


「それで、お主の用件はなんじゃ?」

「実は……この村で農業を始めようと思うんです」

「農業か。――うむ。いいのぅ」


 狙い通り、ローザは興味を持った。そこで、トアは野菜の成長速度に関する悩みを打ち明ける。


「今から育てても、食べられるようになるにはかなり時間がかかるんです」

「じゃろうな。……ふむ。ワシとしても、肉ばかりの生活になるのは勘弁願いたい。木の実あるにしても、確かに野菜が恋しくなる――ならば、ヤツらに頼むしかないじゃろう」

「ヤツら?」

「うむ。トアよ、クラーラとマフレナを呼んでこい。ワシとお主とクラーラとマフレナの四人で森へ行くぞ」

「え? なんでクラーラとマフレナを?」

「いいからさっさと呼んでくるのじゃ。それと、ついでに武器も用意しておくこと」

「わ、分かりました」

「フォル、お主は要塞の警備に当たるのじゃ」

「かしこまりました」


 詳細な説明は省かれたまま、トアはクラーラとマフレナを呼びに戻った。



  ◇◇◇



 狩りに出る直前だったクラーラを急遽トア&ローザの野菜組に入れて、狩り組とは真逆の方向から森へと出発した。


「で、これはなんの集まりなの?」

「私もそれ知りたいです!」

「実は――」


 森を行く道中、トアは要塞で農業を始めることなど、ここまでの情報を掻い摘んでクラーラとマフレナへ説明する。


「確かにねぇ……」

「わふぅ……野菜は苦手です」


 両者それぞれ違った反応を見せる。

 だが、「野菜を育てる」というワードを耳にしたことで、これから自分たちがするべき行動を読み取ったようだった。


「じゃあ、私はあっちを探しみるわ」

「わふ! では私はこちらの方を!」

「? え? どうしたんだ、二人とも」

「そうだ。早く見つけた方が夕食のおかずを一品差し出すっていうのはどう?」

「わふぅ……上等です! その勝負、受けて立ちましょう!」

「ねえ、ちょっと」


 トアの追及を無視して、クラーラとマフレナは何かを探すため二手に分かれた。

 お互い、相当な実力者であるため、モンスターと遭遇しても大丈夫とは思うが、ポツンと一人残されたトアは状況を理解できず首を傾げる。


「マフレナはともかく、あのクラーラがすんなりこちら側の意図を呑み込めるとはのぅ」


 何気に失礼な感心の仕方をしつつ、ローザはその場にあった切株へ腰を下ろした。


「ワシらはここで気長に待つとしよう。出番はあの二人が《あやつら》を探し出してからになるじゃろうからな」

「一体誰を探しに行ったんですか?」

「秘密じゃ」


 意地悪な笑みを浮かべながらティータイムへと入るローザ。

 しかし、そのティータイムはわずか三分で中止となる。


「見つけましたよ!」


 トアたちのもとへ走ってきたのはマフレナだった。


「おお、思ったよりもずっと早かったのぅ。でかしたぞ」

「えへへ~」


 頭を撫でられながら褒められ、照れるマフレナ。

(見た目)幼女に褒められる犬耳少女の図――微笑ましい。


「やるわね、マフレナ」


 マフレナが先に見つけたことを知り、茂みからクラーラが出てきた――が、その手にはしっかりと獲物の姿が。


「クラーラ……その手にあるのは?」

「ああ、これ? アイスラビットっていって、この森に生息しているモンスターよ。吐息を浴びると瞬時に凍りついてしまうから、遭遇した時は気をつけてね。あ、こいつはもう血抜きまで終わっているから大丈夫だけど」

「そうじゃなくて……マフレナと勝負してなかった?」

「へ? …………っ!!!!」


 どうやら忘れていたらしい。


「わ、私としたことが……探し出してすぐに目の前をアイスラビットが横切ったから狩ろうと必死になって……」


 子どもが迷子になるメカニズムのような言い訳をするクラーラであった。


「まあ、そいつはあやつらへのいい手土産になる。でかしたぞ、クラーラ」

「え? そ、そう? ふふーん! さすが私ね!」


 ローザに褒められた途端に胸を張ってドヤ顔のクラーラ。これくらいの前向きさは必要だなと、トアは変に感心をしてしまった。


 気を取り直して、マフレナが発見したという《あやつら》へ会いに森の奥を進んでいくトアたち。しばらくすると、何やら声が聞こえてくる。


「? なんだろう……歌みたいだ」

「じきにわかるじゃろう。ほれ、あやつらの集落が見えたぞ」


 ローザが指さした方向――少し開けた空間には確かに家屋のようなものが点在していた。しかし、トアはある違和感を覚える。


「うん? あの家って……」


 近づいたことで違和感の正体が明らかになった。

 家は家だが、サイズが小さい。

 人間では腰をかがんでも入れそうにないほどであった。

 その家の持ち主はすぐそばにいた。


「「「「「「「「ランラーララーランラン♪」」」」」」」」


 声を合わせて楽しそうに歌いながら土をいじっているのは体長四十センチほどの小さな生物であった。一見すると人間の女の子だが、背中に透明な羽があったり、耳がエルフ族であるクラーラのようにとがっている。


「久しぶりじゃな、地の精霊たちよ」


 そんな小さな女の子たちに平然と近づいていくローザ。何気に、彼女たちの正体についても言及していた。


「精霊? あの子たちは精霊なのか?」

「はい!」

「そうよ。森の賢者であるエルフ族は昔から精霊族と懇意にしているわ。森で暮らす私たちは特に地の精霊と親しかったの」

「私たち銀狼族も古くからの付き合いがありますよ。たぶん、王虎族の方々も知っていると思います」

「そ、そうなんだ……」


 思い返してみたら、この場に人間はトアとローザ(カウントに入れるか微妙なところではあるが)しかいない。

 この上、精霊族まで増えるとなると……要塞村の多種族集落ぶりにますます拍車がかかってくる。

 

「トアよ。話をつけてきたぞ」

「わあっ!?」

「? 何をそんなに驚いておる?」

「い、いえ、何でもありませんよ。――って、話をつけたって?」

「精霊族は我らの要塞村へ移り住むことに同意してくれた。そこで畑仕事に精を出すと張り切っておるぞ?」

「ええっ!?」


 トアは飛び上がらんばかりの勢いで驚く。

 あまりにあっさりと運びすぎだ。


「ただ、いくつか条件があるようじゃから、それはお主の部屋で検討し合うとしよう」

「は、はあ……」


 こうして、条件付きとはいえ精霊族八名が要塞村の一員として加わった。

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