第11話 権利譲渡
「ワオーン!!!」
要塞の一日は銀狼族の遠吠えから始まる。
これは銀狼族特有のしきたりのようなもので、当番制となっている。長であるジンからの提案で行われるようになったが、今ではこの要塞で暮らす人々に朝の訪れを知らせる大切な役割を担っている。
「ふあぁ~……朝か」
要塞生活も三週間目に突入した。
トアは窓から差し込む朝陽を浴びるように伸びをしてからテーブルを見る。
そこには昨日、要塞内を探索したシニア組からの報告書が置かれていた。
曰く、一日だけではとても回りきれないほど広大な敷地面積があるとのことで、彼らは今日も活動範囲を広げてさらなる調査に挑むという。
部屋のドアを開けると、すでに多くの銀狼族と王虎族が目覚めており、要塞内は活気に満ちていた。
この頃になると、狩りや警備に当たる者は、森での活動を考慮して動きやすい獣の姿で活動し、戻ってきて要塞内の生活になると人間の姿で過ごす者がほとんどになる。
さらに、子ども同士の交流も目立つようになる。
元々、お互いの存在を知り、接触することもあったが、ほとんどが大人同士によるものであった。おまけに、新しい生活環境に変化したという点もあり、なかなか両種族の子どもたちは親から離れようとしなかった。
だが、それも徐々に改善されつつある。
すでに子ども同士でのコミュニティも出来上がっているようだ。
「これでは普通の村となんら変わらんのぅ」
あくびを交えながらそう言ったのは《枯れ泉の魔女》ことローザであった。
「お主の呼び名もトアさんから村長に変更した方がよいのではないか?」
「そ、村長って……」
「ここは村と呼んで過言ではない規模にまで成長しておるから問題ないじゃろ。差し詰め、ここは要塞村といったところか」
「は、はあ……」
「まあ、このくたびれ要塞がこれだけ快適な空間になったのもトアのおかげだしね」
「僕は異論ありません」
どこからともなく湧いてきたクラーラとフォルが同意する。
「でも、俺の柄じゃないよ」
「そうは思わんがのぅ。ここに住む者たちは皆お主を慕っておる。じゃから、ワシもお主らがここへ住むことを許したのじゃ。仮に、お主とまったく同じ能力を持った者が現れたとしてもワシが気に入らんかったら問答無用で追い出しておったわ」
豪快に笑い飛ばしながら言うローザ。
そこへ通りかかりって話を聞いていた銀狼族と王虎族それぞれの長――ジンとゼルエスも割って入る。
「我ら銀狼族はトア殿が村長になることに異論ありません」
「王虎族も同じ意見です」
二人の厳つい大男に迫られて、トアはいよいよ決断を迫られた。
「村長、か……」
賑やかな要塞内の様子に目を細めるトア。
できることなら、ここでずっと今みたいな生活を続けていきたい。これまで、両親や村のみんなの仇を取るという「復讐」が生きるすべてであったトアにとって、この村で過ごす、ゆったりとした時間はすべてが新鮮なものであった。
だから――自分でも驚くくらいにあっさりと考えがひっくり返った。
「……分かりました。僕が村長をやります」
高らかに宣言すると、周りからは拍手と歓声が起こった。
皆、口にはしなかったが、トアが代表として村を引っ張っていってくれることを期待していたようだ。
「さて、そんな新村長に朗報がある」
「なんでしょう?」
「お主の能力について多少分かったことがある」
「もうですか!?」
「うむ。今から五百年ほど前に、お主と同じジョブを持った者があったようじゃ」
あまりの仕事の速さに驚きを禁じ得ないトア。
クラーラとフォルも興味津々で耳を傾けている。
「まず、フォルが指摘した通り、正しくは《要塞職人》という適性じゃ。まず、拠点としたい建物に手を触れてベースと唱える――それがすべての始まりの合図らしい」
「ベース……確かに僕はそう言いました」
「なら、ここはもうお主の拠点。じゃから、この無血要塞で眠っていた神樹は目を覚ましたのじゃろう。新たな主人の登場に奮起して」
「そ、そうだったんですね」
未だに実感の湧かないトアを尻目に、ローザはさらに説明を続けた。
「リペアやクラフトは能力に付随する追加効果のようなものじゃな」
「その追加効果のおかげでとても住みやすい場所になったわよね」
「ええ。戦う場所ではなく、人々の暮らす場所としては最適となりました」
トアの功績を知るクラーラとフォルは感慨深げに呟いていた。
だが、説明役担当のローザはあまり表情が冴えない。
疑問があった。
なぜ、《要塞職人》というジョブは五百年もの間、一度として現れたなかったのか。そしてさらに不可解なのが――なぜ、トア・マクレイグがその能力を与えられたか、だ。
「……まあ、それについてはおいおい調べていけばよいか」
「え? 何か言いましたか?」
まだどこか浮かれている表情のトアが尋ねてくる。
「何でもない。――おっと、忘れるところじゃった。正式に村としてここを運営していくのなら……一つやらなければならぬことがある」
「やらなければいけないこと?」
「うむ。……お主にこの要塞の所有権を譲渡することじゃ」
神樹の警備と研究を行うため、この「屍の森」のある土地を治めているファグナス家から正式な手続きをもって要塞の所有権を認められているのはローザである。
今後、この要塞を「村」として運営し、その長としてトアが就任するとなれば、当然、その村となる要塞の所有権を移しておいた方がいいとローザは考えており、また、トアも同じ考えであった。
「ファグナス家に出向き、現当主から正式に所有権の譲渡を認める証明書を作成してもらうことができればここも安泰じゃろう」
「で、でも、認めてくれるでしょうかね」
「何、ワシが直接あの髭ジジイに言えば首を縦に振るわざるを得ん」
トアは半信半疑であったが、ローザの方は自信満々であった。
「ワシを誰じゃと思っておる?」
トアの心境を察したのか、「ふふん」と鼻を鳴らしたローザが平たい胸を張る。
忘れていた。
目の前にいる少女は世界戦力と名高い《八極》の一人――《枯れ泉の魔女》ローザ・バンテンシュタイン。彼女が味方についていてくれるのだ。例え大貴族のファグナス家であってもその願いを無下に扱ったりはしないだろう。
「大船に乗ったつもりでおるがいい。……ただ、ワシの名で無理矢理変更させるというよりもあやつにお主の力を認めさせた方が今後のためじゃな」
何やらぶつくさ言っているローザは、王虎族の長であるゼルエスと銀狼族の長でジンに、ファグナス家へ同行するよう依頼する。留守中はクラーラとフォルに代理で村長を務めてもらうことにした。
「準備も整ったことじゃし、そろそろ行こうかの」
「はい。――て、ローザさん、それは?」
「ああ。ワシはこいつに乗って一足先に行っておる」
そう言って、ローザはいつの間にか手にしていた箒に跨る。すると、ふわっと箒が浮き上がり、空高く舞い上がった。
「お主はジンかゼルエスの背に乗って来るがいい。その方が早く着くぞ。では、森の出口で待っておるからな」
それだけ言い残して、ローザはピューっと北の方向へと飛んでいった。
「ま、まずい! こっちも急がないと!」
「村長! 私の背に乗ってください!」
狼の姿になっていたジンの背に乗ったトアは、大急ぎでローザの後を追った。
要塞を出てからおよそ三十分。
トア、ジン、ゼルエスの三人は森の出口へ到着した。
「お? 思ったよりも早かったのぅ」
どっから持ってきたのかは不明だが、白塗りの高そうなイスとテーブルに紅茶とクッキーという組み合わせ――ローザは優雅なティータイム中であった。
「相変わらず自由ですね」
「褒め言葉としてもらっておこう。さ、目標のファグナス家の屋敷はもう目と鼻の先じゃ」
ローザの案内で森を抜けた先にある道を真っ直ぐに進む。すると、五分とかからず目的地が姿を現した。
「おおぉ……ここが、ファグナス家の屋敷」
ファグナス家といえば大陸でも五指に入る大貴族だ。
その屋敷ともなればかなり豪華なものだろうと予想はしていたが、実際に目にしたそこはトアの想像を遥かに超越していた。
ジンとゼルエスも大豪邸を前に言葉が出ない様子。
「ほれ、ボサッとしとらんで行くぞ」
三人とは対照的にいつものペースでスタスタと屋敷へと歩いていくローザ。
またしても置いていかれないよう、トアたちは急いでその小さな背中を追うのだった。
◇◇◇
ファグナス家当主チェイス・ファグナスは私室で書類とにらめっこをしていた。
「ふーむ……やはり予算的には厳しいか」
顎に蓄えた白い髭を撫でながら職務に勤しんでいると、部屋のドアをノックする音がした。
「ご主人様、少しよろしいでしょうか」
「ダグラスか。入れ」
ノックをしたのは長年この屋敷に仕えるベテラン執事のダグラスであった。
「実は来客がありまして」
「来客だと?」
本来、このファグナス家を来訪する際にはアポイントを取ることが必須とされている。突然の来訪に応対するとなれば、自分に匹敵する大貴族か王族の関係者だが。
「で、訪ねてきたのは誰だ?」
「そ、それが、その……」
執事のダグラスは何か言い辛そうにしていた。
「多忙の身であるこの私がわざわざ会わなければならない相手か? ハッキリ言え」
「わ、分かりました。……枯れ泉の魔女様にございます」
「!?」
あまりの衝撃に、チェイスはイスから転げ落ちた。
「ご、ご主人様!?」
「ば、バカ者! 何をしている! は、早くお通ししろ!」
「あ、は、はい。あの、お連れの方は?」
「全員だ! ローザ殿が連れている関係者もまとめて屋敷内へご案内しろ! それとお茶の準備もだ! 銘柄は最高級品を用意しろ!」
「か、かしこまりました」
チェイスからの命を受けた執事ダグラスは大急ぎで準備に取りかかった。
――一方、屋敷の門前で待機しているトアたちはのんびりと当主からの返事を待っていた。
「ほ、本当に大丈夫なんですか?」
「ダメと言ったら無理矢理入る。それが礼儀というものじゃ」
「……絶対に違うと思います」
というようなやり取りがあったが、結局、すぐさま屋敷内へと案内されることになったのであった。
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