第234話 クラーラの母性

※次回投稿は日曜日の予定!






 クラーラ、ローザ、シャウナの三人が要塞村へ戻ってくる数時間前――




 屍の森で遭遇した赤いアリに先導されて、クラーラたちは進んでいく。


「ほ、本当に大丈夫かなぁ……」

「心配はいらん。ワシらがついておる」

「その通りだ。――っと、どうやら目的地へ着いたらしい」


 ローザとシャウナが足を止め、それにならうようにクラーラも立ち止まる。

 三人の前方数メートルの位置では、件の赤いアリが同じように動きを止めていた。


「あそこに何かあるようじゃな」

「行ってみるか」


 ローザとシャウナは臆することなく赤アリに近づいていく。遅れて、クラーラもついていくのだが、赤アリの居場所に違和感を覚えた。


「あれ……?」


 思わず首を傾げたクラーラ。

 その辺り一帯は不自然なほど草花が集まっていた。まるで、誰かが別の場所から摘んできてここを飾っているかのように感じる。

 さらに近づいていくと、その草花がまるでゆりかごのような形状に加工されていることに気づいたクラーラは、思わず歩を速めた。

 ひと足先にその場所へたどり着いていたローザとシャウナは、そのゆりかごのような場所を覗き込み、そして真剣な顔つきとなっている。


「な、何があったんです――かっ!?」


 話しながらその場所を覗き込むと、そこには生まれて間もない赤ん坊が小さく寝息を立てながら眠っていた。


「あ、赤ちゃん!?」

「しかも……ただの赤ん坊ではないな」


 シャウナの言葉を受けたクラーラは、もう一度赤ん坊をじっくりと眺めてみる。すると、その赤ん坊が人間ではないことを証明するいくつかの証拠が発見できた。


 まず、寝息に合わせて上下に揺れている二本の黒い触覚。

 そして、小さな背中に生えた羽。


 いずれも、昆虫でいうなら蝶に見られる特徴だ。だが、この赤ん坊が赤アリたちとは決定的に違うのは、昆虫的な特徴を有しているのがそのふたつだけ。草花のゆりかごで寝ている赤ん坊は一見すると普通の人間の赤ん坊にしか見えなかった。


「こ、この子って……」

「……のぅ、シャウナ」

「うむ。恐らく、私も君と同じことを思い出していたよ」


 謎の昆虫たちに守られていた赤ん坊の正体について、ローザとシャウナは何か心当たりを思い出したらしい。

 ちなみに、周辺にいたはずの赤アリや他の巨大アリたちはいつの間にか姿を消していた。そのことについても、ローザとシャウナは何かを知っているようだ。


「な、何か知っているんですか? あのアリたちや、この子について」

「確信的なことは言えんがのぅ……じゃが、それはトアにも報告する必要がありそうじゃ」

「そうだね。まずは要塞村へ戻るとしようか」

「えっ!? じゃ、じゃあ、この子は!?」


 赤ん坊を置いていこうとするふたりに、クラーラは思わず声を荒げた。


「村を襲った虫の子じゃからのぅ……」

「この先どれほど凶暴になるか分からないからね」

「そ、それは……」


 ふたりの言うことはもっともだ。

 それはクラーラも重々承知している。

 ――だが、それでも、見た目が限りなく人間に近いこの子を、森の中に放置しておくのは躊躇われた。


「まあ、仮に要塞村まで連れて帰るにしても、母親代わりになれる存在がいないことにはのぅ……」

「そうだね。あー、どこかにいないかな。こんな小さな赤ん坊の母親に名乗り出てくれるエルフ族の女の子は」

「…………」


 ニヤニヤしながらこちらを振り返るローザとシャウナ。

 そういうことか、とため息をつきながら、クラーラは赤ん坊を抱きあげるのだった。



  ◇◇◇



「そ、そんな経緯があったんですね……」


 村に戻ったクラーラたちは、集会場にて事の顛末をトアや集まった村民たちに告げた。


「そういうわけだから……この子の母親役には私が立候補するわ」

「ふむ。そうですね。クラーラ様が適任と思います」

 

 真っ先に賛成したのは意外にもフォルだった。


「エステル様には精霊女王アネス様が、マフレナ様には守護竜シロ様が、そしてジャネット様にはこの僕と、要塞村の若い女性たちには実子同然の存在がいます」

「ちょっと待ってください」


 アネスやシロと同列みたいな扱いになっているフォルへ、ジャネットが抗議をする。


「ジャネット様……いい加減、認知してください」

「しませんよ!」


 真っ向から拒否されてちょっと落ち込むフォル。だが、すぐに気を取り直してクラーラへと向き直る。


「ともかく、クラーラ様も素晴らしい母親になるに相応しい素質を秘めています」

「フォル……」


 正面から褒められて、さすがのクラーラも思わず照れる。


「みなさん、覚えていますか? クラーラ様だけなんですよ――正しい子づくりの方法を知っていたのは」

「……うん?」


 高らかと、誇らしげに、フォルはそう言い放つ。

 その場にいた全員がハッとなって思い出す。

子どもたちから「赤ちゃんはどうやってできるのか」という質問に対し、エステルはヘルミーナから誤った知識を授けられており、正しく教えられず、さらにマフレナとジャネットはそもそも知識がなかった。その場にいた中では、唯一、クラーラだけが正しい子どもの作り方を知っていたのである。

 そのことを思い出した村民たちは「言われてみれば」と納得顔だが、当のクラーラ本人は腑に落ちないといった感じに顔が強張っている。


「子づくりに詳しいクラーラ様ならば、きっと正しい子育ての方法もオーレムの森で伝授されているはずです。ただ、いくら子づくりに詳しいクラーラ様でも、実際に子どもを育てるのはこれが初体験。子づくりに詳しいといっても、やはり実践では勝手が違うもの。きっと、頭にある知識と赤ん坊の反応の違いに戸惑うことも出てくるでしょうが、そこはみなさんで協力をして、子づくりに詳しいクラーラ様を支えて――」

「『子づくりに詳しい』を連呼するなぁ!」


 耐えきれなくなったクラーラの右ストレートがフォルの頭を吹っ飛ばす。――と、


「きゃっきゃっ♪」


 それまで寝ていたはずの赤ん坊はいつの間にか起きていて、クラーラの見事な一撃を目の当たりにして楽しそうに笑っていた。


「わふっ! この子もクラーラちゃんのことを気に入ったみたいです!」

「よかったですね、クラーラさん」

「困ったことがあったらなんでも相談してね」

「あ、う、うん……」


 マフレナ、ジャネット、エステルからエールを送られ、赤ん坊にも好かれたクラーラだったが、なぜだか素直に喜べなかったのであった。




 そんなやりとりを遠目で眺めていたトアのもとへ、ローザとシャウナが近づく。


「トア村長、少しいいかい?」

「……あの赤ちゃんについてですね?」

「察しが良くて助かるのぅ」


 改めて、トアはふたりから詳しい事情を聞くことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る