第75話 昔話
要塞村へ戻ったトアは意気込みに満ちていた。
若くて経験の浅いレナードが見せた港町パーベルでの成長は、要塞村の村長であるトアにもいい刺激を与えていたのだ。
トアはこれまで以上に村の運営に力を注ぐようになっていた。その勢いは凄まじく、あまりにも働きすぎるのでローザから「労働禁止令」が下されるほどの熱の入れようだった。
「ヤル気があることはいいことじゃが、体も大事にしなくてはいかんぞ」
ハッと我に返ったトアは猛省し、「無理をしない」ことを前提に全力での作業を続けた。
なので、今日は大人しく自室で仕事をすることに。
ちょうど手掛けていた「ある物」の完成も急がなくてはいけなかったし、ちょうどいい機会だと前向きに捉えた。
「あとちょっとだし、すぐに仕上げちゃおう」
トアは以前、収穫祭で使う木彫りの人形を作るためジャネットに製作を依頼した彫刻刀を片手に、木材を削っていく。
そんな作業をしていると、自然と昔のことを思い出してしまう。
「そういえば……シスター・メリンカは元気にしているかな?」
作業のスピードを少し緩めて、トアは遠い昔の出来事を思い出していた。
……………………
…………………………
………………………………
故郷シトナ村が魔獣の襲撃を受けてから一週間後。
フェルネンド王国聖騎隊によって保護されたトアとエステルは、魔獣によって住む家や家族を失った子どもたちが集まる教会へと連れてこられた。
そこでトアたちに優しく接してくれたのがシスター・メリンカという女性だった。
緩やかなウェーブを描く綺麗な金髪に少し垂れた目元。修道服が似合い、トアやエステルの頭を撫でながらニッコリと微笑む。
「今日からここがあなたたちの家よ」
慈愛に満ちた笑顔でトアとエステルを教会へ案内するシスター・メリンカ。教会にはトアたち以外にも魔獣の襲撃によって家族や住む場所を失った子どもたちが二十人以上いたが、教会で遊ぶ誰もがそんな凄惨な過去を感じさせない晴れやかな表情をしていた。
「みんな……楽しそうですね」
「今は、ね。最初のうちは大変だったのよ? ……今のあなたたちと同じように」
シスター・メリンカは目を細めた。
その瞳はまるですべてを見透かしているかのように見えて、トアは思わず言葉を失ってしまう。
だが、自分たちに匹敵する悲しい過去を持つ子どもたちが、楽しそうに遊んでいるというのは紛れもない事実である。
「凄いね、エステル」
「…………」
目の前の光景に少し明るさが戻ったトア。だが、一方でエステルの方はまだ警戒しているのか表情が険しく、トアの腕をギュッと抱きしめて放そうとしない。
魔獣襲撃の後遺症がエステルに重くのしかかっていた。
魔獣によって両親や大勢の村人たちが目の前で殺されたことで心に深い傷を負ってしまったこと、さらに幼い頃のエステルは人見知りをする性格だったこともあり、教会での暮らしという大きく変化した生活環境になかなか馴染めずにいた。
そんなエステルを救ったのがトアだ。
トア自身も幼い身でありながら両親を失い、失意のどん底にいたが、「幼馴染のエステルを守らなければ」という強い意志がトアを立ち直らせ、それからはずっとエステルのそばで彼女を励まし続けた。
トアの献身的な支えもあり、教会へ来てから三ヶ月が経つ頃にはかなり元気を取り戻し、同じ教会の仲間たちと遊ぶようになっていた。
それからさらにしばらく経ち、トアたちが七歳になった頃、大きな転機がやってくる。
その日、シスター・メリンカの手伝いで王都を訪れたトアとエステルはある人物に出会う。
「やあ、こんにちは、シスター・メリンカ」
「御無沙汰しています」
「あら、こんにちは、フロイドさん。それにヘルミーナちゃんも」
若かりし頃のフロイド・ハーミッダと養成所を出て聖騎隊へ入隊したばかりのヘルミーナであった。
「ヘルミーナちゃん、この前のお見合いはうまくいった?」
「うまくいったも何も……まだ私には縁談など気が早すぎます。そもそも、まだ聖騎隊に入ったばかりだというのに。縁談など、黙っていたって向こうから来ますよ」
「そうかもしれんが、出会うなら早い方がいい。私も君くらいの年齢の時にはすでに妻と出会っていたしな」
「あ、そういえば、娘さんのネリスちゃんはこの子たちと同い年でしたね」
なんでもない世間話が繰り広げられる中、トアはヘルミーナをジッと見つめていた。
「ん? どうした少年、私の顔に何かついているか?」
「お姉さんは……どうして鎧をつけているんですか?」
「鎧? ああ、それは私が王国聖騎隊の一員だからだ」
「おうこくせいきたい?」
よく分からず聞き返すトアに、ヘルミーナは聖騎隊の役割を一から説明した。
魔獣を討伐するための精鋭部隊。
この言葉に、トアとエステルは惹きつけられた。
自分たちの両親や親切にしてくれた村人たちを殺したあの憎き魔獣を倒すことができる。
ここから、ふたりの将来へのビジョンは明確なものとなっていった。
翌日から早速ふたりは特訓を開始。
そんなふたりの夢を後押しするべく、シスター・メリンカは聖騎隊へ声をかけ、非番の日で時間がある者はふたりに稽古をつけるため教会を訪れるようになった。
それから一年後。
八歳になったトアとエステルに新たな出会いが訪れる。
いつものように剣術の稽古に勤しんでいると、聖騎隊のメンバーが指導に来てくれた。ところが、今日はそれだけではなく、特別ゲストもいた。
「クレイブ・ストナーだ。よろしく」
のちに親友となるクレイブだった。
クレイブはとても自分たちと同い年だとは思えないくらい落ち着き払った態度で稽古に挑んでおり、模擬試合をしたトアはまったく歯が立たなかった。
「凄いよ、クレイブくん!」
「クレイブでいい、トア」
「うん! 分かったよ、クレイブ!」
すぐに仲良くなったトアとクレイブ。
稽古が終わる頃には人見知りのエステルとも打ち解けていたようだった。
「またここへ来てもいいかな?」
「もちろんだよ!」
「また一緒に稽古をしましょう」
「ありがとう」
クレイブは爽やかな笑顔を浮かべると、握手を求めて手を差し伸べる。その手を、トアはすぐさま力強く握った。
「……君とは運命を感じるな」
「え?」
「いや、なんでもない。じゃあ、また今度」
それだけ言い残し、クレイブは同行していた聖騎隊の面々と共に帰っていった。
「なんだか変わった子だけど……友だちができてよかったね、エステル」
「…………」
「エステル?」
声をかけても無言のまま、エステルはトアの腕にしがみつく。
「? どうしたの、エステル? って、ちょっ!? 強い強い! エステル! 腕を掴む力が強いって!!!」
なぜかご立腹のエステルに腕を絡まれるトアの悲痛な叫びが、橙色に染まる空に虚しく響き渡るのだった。
……………………
…………………………
………………………………
「トア、いる?」
昔のことを考えながら作業をしていると、トアの部屋をエステルが訪ねてきた。
「何を作っているの?」
「釣り竿だよ。タイガやミュー、それにサンドラたちと一緒にやろうって話になってさ」
「ドワーフの人たちに頼まず自分で?」
「まあね」
「そういえば……養成所にいた頃、休みになるとクレイブくんやエドガーくんと一緒によく行っていたわね。私とネリスもついていったっけ」
懐かしそうに語るエステル。
そのままなんでもない話をしているうちに夕食の時間となった。
「マスター、エステル様、夕食の用意ができました」
「わっふぅ~! 今日は私が狩ってきた金牛のステーキですよ!」
フォルとマフレナに呼ばれたエステルはゆっくりと立ち上がり、トアへと手を差し出す。
「さあ、行きましょう、トア」
「うん」
エステルの手をしっかりと握り、トアは立ち上がった。
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